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THE SCRAP DREAM【第4章完結】  作者: Mr.G
第5章-Avenger-

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第73話「Hangsober」

 

 有象無象の視線を肌に感じながら、見慣れたバーに入っていく。

 入口のスキャンを難なく通過し、いつものカウンターに座った。


「よぉ、ヴェンデッタ。今日は随分と早ぇな」

「……あんたにまでそう呼ばれちゃ、そろそろ本名を忘れちまうな」


 ふざけたロブが挨拶代わりのジョークをぶち込む。

 昨日までのアルコールが頭に残っている状態で、俺は上手くそれを躱した。


「ガハハハハ!冗談だよ、何にする?」

「いつもの」

「あいよ」


 そう伝えるだけで彼の手際は良い。

 ここ最近は、俺の顔を見るためだけにやって来る命知らずの野次馬も減り、この辺の居心地も悪くない。


「最近、1人じゃねぇの」

「ん?……あぁ、まぁね」


 手元にアンバーの液体が注がれたグラスが滑ってくる。


「嫁と上手くいってねぇのか?」

「まさか。やめろよ、そんなわけないだろ。あいつらも忙しいんだって」


 まぁ、それでも健全とは言い難い。

 奴らとはあれからずっと一定の距離を保つようになった。


 街を歩くだけで絡まれるような人間とは一緒に行動しない方が、あっちにとっても都合がいいだろう。


 そうやって自分を納得させる設定をいつまでも考え続けている。

 救いようのないことは自分でよく分かっている。


「つったって、あいつらも金あんだろ?お前だって、ふざけたでけぇアパート住みやがってよ」

「いや、まぁそれはハンナのためでもあるから」


 アートの残した財産のお陰で、俺とハンナはセキュリティの強固なコンドミニアムの高層階に住んでいる。


 エドワード達の支配下に置かれないように、その建物がメガコープの資本でないことは確認済みだし、何より管理者がとんでもない地主で大企業嫌いなのが功を奏してる。


 快適な暮らしだ。

 ほんと、魂が抜けたように。


「へぇ。家庭持ってお前だけ牙抜かれちまったって事か。嬢ちゃんは週1くらいで奴らと会ってんのによ」

「……はぁ。かもね。でも彼女には彼女の意思もあるから、そこは俺には関係ないよ」


 相変わらず、聞かれたくないところをバンバン聞いてくるオッサンだ。

 隠してる訳でもないがバツが悪い。


 少し多めにウイスキーを煽る。


「……あっそ。にしたって、エミリーのやつも最近全然出勤しねぇよ。お前らに会わせたのが運の尽きだぜ、ったく」

「あんな美人、遅かれ早かれすぐ居なくなるよ。こんな所に居たら尚更」


 周りを見渡しながら答える。

 あれぐらいの美人がいた方が酒も進む。

 今はそれに当たる人物はいないようだ。


「ま、そりゃ言えてらぁ!ガッハッハッ!」


 忙しいんだか、忙しくないんだか。

 従業員が欲しいならさっさと雇えばいい。


 儲けるためにここを運営してるわけでもないだろうし、酔狂な男だ。


「ところでおめぇ、ちょっと鍛えたか?」

「え?いや、まさか」


 こちらの上半身を舐めるように見て、鋭い目で睨みつける。

 実際のところ、当たらずとも遠からずというのが正解だ。


「ふぅん。ならパーツでも弄ったか」

「まぁ、そりゃちょいちょいね」


 彼なりの配慮に期待しよう。

 最低限の空気は読める。

 これくらい濁せばズケズケとは聞いてこない。


「……」


 やはりそうだ。

 最終的には黙ってくれる。

 有難いことに。


 しかし、今までとは違って急にこちらに構ってくると変に疑わざるを得ない。


「なんだよ。意味分からない質問ばっかして。なんか企んでるだろ」

「世間話ってやつだよ」


 嘘だ。

 これは100%確信が持てる。


「んなタイプじゃないだろ」

「口の減らねぇ野郎だ」


 お互い多くは語りたくないらしい。

 凡そ奴ら、ハンナとかエミリーとかに俺の本音を探ってほしいみたいに頼まれて渋々引き受けたんだろう。


 ……だとするとこのままだと可哀想だ。

 いつもの礼だ。

 手土産ぐらいは持たせてやろう。


「……まぁ。牙は抜かれたかもしれないけど、俺は元気だよ」

「……そうかい。ならいい」

「うん」


 腑抜けた笑みを浮かべ、何とかその場を凌ぎ切った。


「ま、あのハリソンの坊主も、お前らが無事であるのを一番に願うだろうしな。何も暴れて生きてくこたぁねぇ。なんせ、俺だってこんなに大人しくなったんだ!」

「大人しくなったんならバーで喧嘩してる時に殴りかかるのだけはやめてくれない?あれ痛すぎるから」


「先に暴れてるお前らが悪い。無理な相談だ」

「ハハッ。だろうな」


 いつもの軽口に調子が戻った。


 腹に一物抱えてるのはお互い様だ。

 “大人”なら、お互い詮索はしない方が幸せなこともある。


 大抵の場合はそうだし、この場合もそうだ。


 ロブは余ったグラスを拭き終え、他の客を相手にし始める。

 それを横目に、一人でしんみりとグラスを傾ける。


 毎日の光景だ。


 こうして一人で飲んでいると考えない日はない。


 あれから――。


 ……アートが死んで、エドワードの口から真相が語られてから、もう、一年が経とうとしている。


 自分たちが盤上の駒に過ぎないという残酷な事実を知ったあの日。


 語れることは多くない。

 どれだけ進んだかも分からない。


 それでもビル達は何とか辿り着こうとしている。

 見えない壁に何度も血の滲む拳を叩きつけ、一年経った今も、懸命に突き進んでる。


 なのに俺はこうして一人でおずおずと座り込んでるだけだ。


「ロブ、ボトルでくれ」

「……あいよ」


 目の前に置かれた瓶の中身を大きく一口流し込む。


 ……今はこうするしかない。

 何もかも朦朧とさせて、思考を遮断するんだ。


 アートの無念や姉さんの想い、ジュニアの苦悩を考えると、胸が張り裂けそうになる。

 それを何とか必死に収めて、丸ごと飲み込む。


 そうすることで平静を保てる。

 俺が俺でいられる。


 まともに直視すれば、狂い出したくなる。

 今すぐこの街を火の海にしてやりたい衝動を麻痺させて、ようやく普通になれる。


 街と己の輪郭は日に日にぼやけていくが、黒い太陽(ブラックサン)がこちらを睨んでるうちはそれで構わない。


 今に見ていろ。


 あと数歩だ。

 あと数歩で辿り着いてやる。


 イカロスよりも高みへ、バベルの塔よりも上空へ、いつか悪しき太陽を撃ち落とすんだ。


 だんだんと明瞭さが消えてゆく心の内で、確かにそう決意する。

 数秒後には忘れるとも、その度に同じ結論に帰結する。


 そうしていくうちに、俺の意識は徐々に薄くなり、最後には飛んでいった。



 ***



「……ト!……ウト!……ユウト!起きて!」

「……んー」


 ハンナの声だ。

 また俺はナカトミで寝落ちしたのか。


 サイバーアイのHUDに記された時刻によれば、いつの間にか外では西日が出ている頃だ。

 昼過ぎにここに来たはずなのに、また時間を無駄にした。


「……おはよ」


 眠い目を擦って声の方を振り向く。


「おはよじゃないの!ロブさんが『また変なのに絡まれる前に連れて帰ってくれ』って連絡くれたのよ。ほら、帰るよ」

「……サンキュ、愛してる」


 やはり愛しの嫁がここに来ていた。

 毎度の事ながら感謝してもしきれない。

 それが身重なら、殊更に。


「はいはい。私もよ」

「俺が、抱えて帰ろうか?」


 お礼にこちらが足になろうと提案する。


「そんなこと出来る身体じゃないでしょ。迷惑だから行きますよ。はい、立って」

「あい」


 もちろん断られるわけで、こうなれば諦めてしっかりと立ち上がる。

 彼女に微塵でも体重を預けるわけにはいかない。


 出口に向かう前に、ロブに向けて手を振る。


「……じゃあな、ロブ」

「お騒がせしました」


「あいよ、お幸せに」


 そこからどう帰ったかは覚えてない。

 何か恥ずかしい事を言い続けていたような、いないような。


 気がつくと自宅のソファで水を飲んでいた。


 幾分か酔いも覚めて、心地の良い感情だけが血液とともに巡っている。


 髪の毛をかきあげて、もう一杯水を飲むと、キッチンから水音が聞こえてくるのが分かる。

 立ち上がると無意識にそちらに足が運ばれてゆく。


「なーにしてんの?」


 彼女の顔を確認し、後ろへ回り込み覗き込む。


「スプーンを洗ってるんですぅ、邪魔しないでください」

「えー、いいじゃん。俺もスプーン(後ろからハグ)しちゃおっと」


 呆れたように笑いながらも抵抗もしない彼女の優しさに甘えることにする。


「あ、もう。ちょっと。危ないでしょ?」

「水だけじゃん。危なくないって」


「いつまで経っても子供ね」

「男なんてそんなもんだよ」


 こういう話は大体主語を大きくすればなあなあで終わる。

 どれだけ暴論でも表面上はそういうもんかと納得する。


「ってかやっぱ大変でしょ。アンドロイド買おうよ。2体でも3体でも買えるよ?」

「何度も言ってるでしょ?私がやりたいからやっているの。ほっといてください」

「俺は君と一緒にいる時間を少しでも長くしたいの」


 俺は抱きしめる力を強めた。


「私は貴方のために少しでも手ずから家のことをしていたいの。なんで分からないの?」

「今時婆さんでもそんなこと言わないよ」

「ふん。じゃあ、お婆さんで結構です」


 酔いに任せすぎて機嫌を損ねさせたらしい。

 婆さんってのは確かに余計だった。

 だけど俺にだって心配な事がある。


 それを全部分かってくれとは言わないが、少しくらいはこちらの想いを汲み取って欲しいと考えなくもない。

 わがままこの上ないが。


「……ま、もし家事が出来なくなってもマイケルとかエミリーに頼めばいいか」


 何となく発した一言に、失言が混じっていることに気づいた。

 ハッとした時には、もう遅い。


「え?何言ってるの!私が入院したらちょっとくらい自分で家事やってください!」

「あ、いやぁ。ハハハ、そうだよな!ごめんごめん、ついな」


 下手くそな誤魔化し方だが、それが逆に上手くいったようで何とか事なきを得る。

 今、こんなくだらないことで本心を探られるわけにはいかない。


 隠し事が出来ない質なのに、ハンナの前だからついつい気が緩む。

 シャキッとしなければ。


「ホント、意外とお調子者なんだから」

「……こいつにはクールな奴でいて欲しいな」

「フフフ、本当ね」


 俺は彼女の大きくなったお腹を撫でる。


 その部分をスキャンして、中の様子を見ても素人目にはよく分からない。

 熱源とバイタル数値の分かる塊という印象だ。


 だがそれでも、この手のひらに伝わる温もりは、生命の奇跡という安っぽい言葉が正鵠を得ているのだと実感させてくれるから不思議だ。


「やーめた」

「え?」

「さ、行きましょ?」


 急にそう言うと彼女は手を拭き、強引に俺の手を引く。

 リビングに連れていかれ、ソファに座らされる。


 彼女は隣に座ると、お気に入りのクイズ番組を付け始めた。


 それを観て、二人であぁでもないこうでもないと盛り上がった。

 少し場が熱を帯びてショーの音がガヤに感じ始めた時、ハンナは身体を預けてくる。

 頭は俺の肩に乗っかっていた。


「ねぇ、あなた」

「なに?」


 艶かしい。

 それでいて暖かいような。

 これが夫婦の距離感なのかもしれないと思った。


「……このまま、何もかも無くなって、2人で溶け合ってしまえればいいのに、ね」


 俺達は元は一人の人間で、それが分かたれその半身同士が出会ったのだ。

 そう錯覚するくらい同じことを考えている。


 だが、悲しいかな。

 これに同調することは、今の俺には何よりも難しい。


 俺はただ肯定と取れるように彼女の頭を撫で続けた。

 ハンナが何を受け取るにしろ、これが今の精一杯だ。


「……今日もね。ビル達に会ってきたわ」

「うん」


「皆、あなたと一緒だったらいいのに、ってずっと言ってる」

「うん」


「もちろん、私もそう思ってる」

「……うん」


 分かってる。

 俺だって同じ気持ちだ。


 だから今、こうしてる。


 顔は見えないが、ハンナの決意を感じる。

 彼女の肩が僅かに震える。


「だから、あなたも――」


 彼女は途中で口ごもり、それっきりだった。

 言葉を無理やり飲み込み、彼女の切なる願いが音もなく散ってゆく気配がした。


「――ううん、なんでもない」


 彼女は勇気を出した。

 俺にやはり作戦に加わってくれと言いたかったのだ。


 また断られると知り、また空気が冷えると知りながらも。

 誘わずにはいられなかった。


 だが変わらずその答えが俺の口から語られることはない。

 それがどれほど、もどかしいか。


 しばらく気まずい時が続いた。

 その間も俺は彼女の肩や頭に手を置くことしか出来なかった。


 突如彼女は体を起こし、手を前に出す。


「あ、この答えなら分かるわ!」


 大きなテレビ画面を指し、輝く笑顔で彼女が俺を見つめた。


 ――俺にはその答えは分からなかった。


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