「A Boy」
こちらはサイドストーリーとなります。
本筋には直接関係ありませんが、世界観の理解を深められると思います。
お好きな方は是非。
ストリートに生まれたからには何か一発、でかい花火を打ち上げなくてはならない。
漠然とそう思っていた。
このネオ・フランシスコの最下層じゃ、ただ息をしているだけでも金と命が削られていく。
昨日まで肩を組んで笑い合っていた奴が、次の日には路地裏の掃き溜めに詰め込まれていたりする。
誰も気にも留めない。
NFPDだってハエを払うような顔で処理して終わりだ。
誰の記憶にも残らず、ただゴミとして消えていくのは御免だった。
それがストリート共通の夢で、みんなそう思っているもんだって考えてた。
俺だって十五になる。
もう子供じゃない。
かといって、大人でもない。
ここらで一つ伝説にならないと、薄汚い大人に後ろ指でバカにされたままだ。
安いドラッグの運び屋や、日雇いの危険な仕事で、毎日食って凌ぐのがやっとの現実に終止符を打たなきゃ。
決意を固めた暗い裏通り。
火を着け、タバコを吹かしながらそこに影を落とす。
次第にどこからか、安っぽいラジオの音が鮮明に耳に聞こえてきた。
いつもなら無視するような出来事、だがふいにその声に聞き入ってしまった。
『よぉ、お前ら!今日も“The Happy Ending”の時間だぜ!下からこんにちは!お相手はこの俺、Mr.Happyだ!』
くだらないDJだ。
ガキの考えた下ネタネームかよ。
どこにでもいるんだよな、こういうサムい奴。
『また一週間、くたばれずにダラダラと生き延びちまったな。お疲れさん!』
確かにその通りだ。
それをお前に言われる筋合いもないけど。
『だがなんだって最近のテレビってのは超ツマンネーんだろうな?とにかく目を引くための卑猥なコマーシャルに、品の無ぇ笑い。それだけならまだしも、派手なアクションだけでなんのメッセージ性も無い映画が公開中ときた!……しかーし!そんな世の中でも、この周波数に合わせれば、お前に新鮮な笑いと幸せをお届けしてやれるってワケ!』
テレビなんてほぼ観ない。
だけどつまらないのは本当だ。
聞いている限り、これもそれを超えてくるとは思えない。
『っし!じゃあ、まず初め!景気づけに1曲!King Fusicで“HOPE”だ!』
元は重低音の響くものであろう曲が、路地裏のコンクリートをほんのわずか震わせる。
ラジオの質のせいか、海賊電波のせいか、軽い音が辺りを少し賑やかす。
何の感情の揺れもないまま、ほんの数分でその曲が終わる。
どこにでもありそうな、ヒップホップの典型みたいな歌詞だった。
『実はさっきの曲、許可が降りてんだ。久しぶりの公式配信、海賊放送らしからぬ配慮だ!許可サンキューなKing Fusic!お前も地獄から聞いといてくれよ!』
死人に口なしをこれほどまでに体現したものも珍しい。
まぁただ、酷い曲であったことは確かだ。
好みじゃない。
『さて、今日の話題だけど。……また最近、派手な事件が増えてきたよな?1年前のあの事件以降、こんなんばっかりだ!』
まさにそうだ。
大人達はどこでもこぞってその話ばかりする。
だからそのヴェンデッタを目指してひと暴れする。
見下してきた奴らを見返してやる。
俺だってやれば出来る。
口から燻らす煙と共にボルテージも上がってくる。
今に見てろよ。
『最近じゃその男“The Vendetta”が旧ハリソン本社でカメラに向かって中指立ててる姿が出回ってるらしい!フェイクだって噂もあるから鵜呑みには出来ねぇけど、1年経つ今でもそうやって盛り上がってるわけだ!偉大だねぇ、あの男は』
俺だってその映像を見た。
メガコープに向かって牙を剥く姿は、どうしようもなく痛快だった。
あの男みたいになれば、誰も俺を無視できないはず。
『巷じゃ“The Mordred”だなんて呼ばれてたりもするけど、俺はあの事件は怪しいと見てるね。なんだってストリート生まれのフリーと大企業の社長なんて垣根を超えた親友同士が争わなきゃならねぇ!?あれには裏がある!俺が言うんだ、間違いないぜ。よくあんだろ?別れたカップルが相手を殺して、よくよく聞いてみたらただのすれ違いで、戻れないとこまで来てました!ってなやつ。その匂いを感じるぜ』
くだらない。
裏があるとか、すれ違いとか、そんなの知ったことか。
大人の事情なんてどうでもいい。
親友がクソだったから殺した。
結果的にそいつは頂点に立った、それが全てだ。
馬鹿どもには分からない。
『奴さんは今、何を思ってんのかねぇ。噂じゃよく出入りしているバーがあるらしいけど、会員制なんだよそこ!しかも最近審査が厳しくなったんだと。カーッ!そうじゃなきゃすぐにでも会いに行ってやるのになぁ!』
ナカトミってところだ。
一流のフリー共が集まる場所。
数年前まではそんなことも無かったけど、今じゃお高く留まってそんな感じ。
会員制のバーみたいに審査があるけど、最近はそれも厳しくなってもう全く通らない。
もちろん俺もダメだった。
だが今にでかい顔して、あそこでふんぞり返ってやる。
『ただこの際はっきり言っておいてやる!』
……急に声を荒らげやがって。
お前みたいに暇で電波乗っ取ってラジオDJやってるやつの説教なんか誰が聞くかよ。
『アレに追従して名を上げようとドンパチやってるフリーのマヌケ共!そう、お前らだ!お前らは何の信念もないただの犯罪者だぜ!そんなんじゃ何も解決しねぇ。自分だけのハッピーを見つけろ!マスをかいてた方がよっぽど有意義ってもんだ!ヘッヘッヘ』
カチンときて、思わず拳を握り込む。
マヌケだと?信念がない?
この俺が?
ふざけるな。
お前らとは違う。
いつも夢を諦めて傷を舐めあって昼間から酒に溺れているのはお前ら大人達だ。
あぁやって何もしないでただ生きているだけ、みたいなやつの方がよっぽど信念がない。
何故だかこいつの話は無性に腹が立つ。
『確かに人生は大変だ。俺だって何度殺されかけたか分からない!クソみたいなヤク中とか、ゴミみてぇなグループに何の理由もなく命を落としたヤツも沢山いる。そいつらの分までとは言うつもりも、俺は無ぇ!』
そりゃそうさ。
こんな街で安全になんか生きられない。
俺の友達だってこの街で命を落としてる。
だからこそ、そいつらの分まで自分の命をただのゴミにしないで、伝説になるんじゃないか。
徐々にタバコの長さが減っていく。
もう半分も残っちゃいない。
『でも、考えてみてくれよ。この世界がモノポリーで、俺らが盤上でせっせこ動いてるとするだろ?危険があるからって最初から出し惜しみして、無難な人生を生きようって考えるか?あぁ、そうさ。そんな奴はいない!冒険結構!だがそれはセントチャールズ・プレースとコネチカット通りの間さえ避けてればの話だ!』
何を言っているかは分からないが、多少は理解出来る。
他のやつらと同じで、ぬるま湯みたいな幸せを掴めとでも言いたいんだろ?
危険は出来るだけ避けて、良い所だけ掠め取れって?
それこそ犯罪者みたいな生き方だ。
蛆虫じゃないんだ。
やる時はもっと堂々とするべきだ。
『つまり何事もバランスってこった。幸せってのは挑戦と休憩がバッチシ良い具合で、頑張り過ぎずサボり過ぎない。そんな丁度いい時が、お前らを一番ハッピーにしてくれるんだ。少なくとも俺はそう思う』
詭弁。
バランスだの休憩だの、そんな余裕がこの街のどこにある。
立ち止まれば食いっぱぐれるだけだ。
この男が食い扶持を保証してくれるわけじゃない。
『最近はそのバランスが分からねぇヤツが多すぎる!なんの真実も知らねぇ癖にお前らは、そいつをやれ英雄だのやれ社長殺しだって持て囃すだろ?……そりゃ、確かに俺だって気にはなるさ!』
そうだ、英雄だ。
それ以外に何がある?
彼は成し遂げた。
それに憧れながらただ見てるだけの大人共と俺は違うって言ってるんだ。
『だけどどうだ。我関せずの割にゃ、他人の生き様をこき使ってエンタメとして消費する?それ、お前らの大嫌いなお偉いさんがお前らの人生を消費してるのと同じじゃねぇか?ちぃーっと自分の事、鏡で見直してみた方がいいぜ』
企業人と同じ……だって?
いいや、違う。
だからこうして行動するんじゃないか!
彼の行動を無駄にしない為にも、こうやって伝説を継いでいくんだろ!
『俺?俺はいいんだよ!ラジオDJなんだぜ?適当なこと言って、視聴率さえ上がりゃ嘘だって吐くさ!』
ほら、みろ。
大人なんて所詮……。
ふざけた話を真面目に聞いたせいでなんだかやる気も削がれた。
もういいや、馬鹿らしい。
『こんなところで、最初のコーナーは――』
小さな吸殻を指先で弾き飛ばして、ゴミに紛れたラジオに当てる。
僅かな振動で、それはもう動かなくなった。
その程度の衝撃で動かなくなるほど安っぽい言葉だった。
呆れた。
……なんなんだよ。
雑音が消え、耳鳴りの静寂が落ちてきた。
遠くの通りを走る車の音や、上空を飛ぶドローンの羽音がやけに鼓膜を叩いた。
当初の決意がまるで水の泡だ。
胸の辺りを大きく貫かれた気分。
不快な音と不快な気持ちが今、心地よく跳ね踊っている。
先程までの自分と何が変わってしまったのか。
心の中にあった大切なモノがゆっくりと消えたようだった。
そこには何か別の、無力な残骸や瓦礫が敷き詰められていく感覚になる。
こんな路地裏、さっさと出よう。
暗い話と暗い道じゃこっちの気だって滅入るってもんさ。
俺はこんなゴミ山と一緒にくたばっていい存在じゃない。
そう思って歩き出した。
いつもより重い足の裏に嘘をついて、地面を蹴り続けた。
ポケットに手を突っ込んでも、今は冷たく感じる。
タバコのせいか気分のせいか、血液が身体の隅まで行き渡っていない気がした。
口の中もやけに苦い。
このどんよりと垂れ込んだ曇り空。
陽の光を遮る重苦しい雲と冷たい街がこちらを窮屈に挟み、そのまま押し潰そうとしている。
それから逃げるように歩き、大通りとぶつかるその先。
突如視界に白黒のストリートには似合わないモノが入ってきた。
あれは――。
――花だ。
コンクリートとアスファルトの隙間を上手く縫ってよく生えた花だ。
何故だか俺は、少し立ち止まってその花を見続けてしまった。
名前も知らない花だが、それが赤い色で、綺麗に咲いているということだけは俺にも分かる。
捨てられた注射器とガムの横で、健気に咲く。
スキンも、銃も、MODSすらない、ただの薄っぺらい花びらだ。
だがその自然な赤色は、今にも崩れ落ちてきそうな空に向かって狂ったように真っ直ぐに伸びていた。
この街を支配する巨大なビル群のどんなネオンよりも、よっぽど暴力的で美しかった。
ただ自分がそこに在るということだけを、たった一輪で、このクソみたいな世界に叩きつけている。
誰に見せびらかすわけでもなく。
誰の記憶に残らなくたって。
……あのDJの言うことも間違いじゃない。
少しだけそう思って、そこを抜けた。




