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コインの表と裏3

 車が来ないよう左右を確認し、助手席のドアを開け、乗り込んだ。


 重い金属のドアを閉めてシートベルトをする。


「安全運転で行くからね」


「はい!」


 そうして三上さんは車を滑らせるように走らせたのだ。


 三上さんの隣にいられる、それだけでなく運転してもらえるなんて、すごく幸運だよなと思いながら前を向く。


 ヒューマン・トランスフォーマーじゃなかったら、きっとこんな日は永遠に来なかった。


 犬になれる人間でよかったと、うれしく思う日が来るなんて、夢みたいだ。


「隼人の犬になりたい」と強く願いながらも同時に「普通の人間」でないことを悩んでいた。


 ただの人間なら、犬に変身する人間だと知られる苦労は最初からない。犬になったり、人間に戻るところを一般の人見られて「化物」と石を投げられる心配をしなくていいんだから。


 高坂さんたちが、どんなにやさしい人たちでも、フィクションの世界に出てくるような「動物に変態する人間」が現実世界にいると知ったら、どんな反応をするかなんて予測がつかない。今までのように接してくれる保証なんかないんだ。


 隼人に嫌われるのが怖い。


 でも、それ以上に、ヒューマン・トランスフォーマーの存在を否定され、受け入れてもらえないほうが恐ろしい。


 そしたら極秘幹部の人たちがどこからともなくやってきて、魔法みたいにヒューマン・トランスフォーマーと接した関係者でない人たちの記憶を、すべて消してしまう。


 あいつの中からぼくの存在――赤ちゃんのときからの腐れ縁である幼なじみの犬伏渉――が、まっさらになくなってしまうのだ。


 老朽化し、主のいない家屋が取り壊され、更地になるみたいに。長年、建物を目にしてきたはずの地元の人々が、「ここに何があったんだっけ?」と一度は首をかしげるも、以後は気に留めない。そんな存在になってしまうんだ。


「健太と仮契約をして二週間になるけど、どうかな?」


 赤信号で車が止まる。


 ぼくは顔を右に向け、微笑する三上さんの顔を見つめた。


「すごく助かっています。頻繁に犬に変身することが少なくなりました」


「よかったよ。茶色くて、フワフワのポメラニアンくんは?」


「茶々丸です。健太くんがつけてくれた犬のぼくの名前になります」


「そうか。茶々くんは、なんだって?」と質問されたところで信号が青に切り替わる。三上さんは前へ目線をやり、車を発進させた。


「すごく喜んでます。『健太くん、遊んで、遊んで!』って、お腹を見せるし、大好きなボール遊びのときも、はしゃいでますから」


「渉くんは、どう?」


「かわいい弟ができたみたいで、ぼくもテンションが上がっています。それに、健太くんがそばにいてくれると心がすごく落ち着くんです」


「それじゃあ、このまま本契約に進む形でいいかな?」


 そこで、ぼくは表情が、かたまった。口をつぐみ、カサカサになった唇を濡らす。


「どうしたの?」と三上さんが、やさしい声色で話しかけてくれても返事を返せない。


 鷺ノ宮プロデューサーに逆襲されたときは、作り笑顔で話を無理やり合わせられた。


 それなのに三上さんには、プロデューサーのときのような対応ができない。


「あいつと本契約をするのは、いや?」


「『いや』なわけありません! ただ、ぼくが、わがままなんです」


「いったい、どういうことかな?」


 素直に話したら、きっと健太くんの父親である彼は、ぼくに対して怒りをあらわにするだろう。


 真実をまぜて上手に嘘をついたほうが、ときには人間関係をスムーズにする。


 真っ正直に本当のことをしゃべって相手にいやな思いをさせたり、不快感を与えることだってあるんだ。


 それでも、ずっと尊敬していた人に、嘘をつきたくないと思ってしまった。


「本当は、この体質になったときからマスターになってほしい人がいるんです。だけど、その人は代々マスターやガーディアンの家柄じゃないからヒューマン・トランスフォーマーのことを一切、知りません」


「でも渉くんは、その人と契約を結びたいんだね」


 首を立てに振って目をつむる。


 オーディションの結果を待つときのように心臓が早鐘を打つ。握りしめた両手は、じっとりと汗ばんだ。


「相手は恋人?」


 即座に三上さんが質問してきた。


 てっきり「何を考えているんだ?」と詰められることを想像していたので面食らいながら目を開ける。


「いっ、いえ、そんなんじゃないです」と、どもりながら答えた。


「それじゃあ――家族以上に仲のいい親友や尊敬できる先生とか?」


「そうでもなく、ただの幼なじみです。いつも喧嘩ばかりしている同い年」


「もしかして、その子が好きなのかな」


 言いあてられたぼくは、まるで宿題をサボったのが先生にバレたり、赤点のテスト用紙をお母さんに見つけられた小学生にでも戻ったかのような錯覚を覚えた。


「……そう、です」


「恋、恋か、恋ね」


 黒いハンドルを握りしめた三上さんが、どんな表情をしているのか気になり、そろそろと視線を横にやる。


 彼は、どこか遠くを見ているような眼差で微笑んでいた。

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