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コインの表と裏2

「最近はAIでナレーターもできるし、歌も歌ったりするからねー。ベテランの声優さんだってドラマやCMに出ているんだから」


 プロデューサーの言葉に凍りつく。


 どんどん人気が高くなって母数は増えているけど、稼げる人の数は増えていない。それどころか目覚ましい技術革新で駆け出しの新人や大御所以外は仕事を奪われ、食べていけなくなるかもしれないと言われているのだ。


「舞台俳優をやったところで、もうかるわけじゃない。きらびやかに見えるが小さな舞台に立つ、名前の知られていない人間の演技を見に来るのは、ほとんど身内だけ。エキストラに至ってはプロの演技を見られる特典があっても普通にアルバイトをしたほうが、ましレベルだ」


「そんなことは、ありませんよ。ほかの先輩方が耳にしたら大変です」


 本当は「失礼なことを言わないでください……! あなたにそんなことを言われたくありません!」と啖呵を切りたかった。


 もし、そんなことをしたら、どうなるか予測がついていたから曖昧な笑みを浮かべる。


 だけど本当は、高熱を出したみたいに全身が熱かった。心臓が苦しくなり、手足も、声も震え、ひどい吐き気と、めまいに襲われる。 


「大丈夫だよ、ほかの人間なんていないから」と耳もとで、のどを鳴らしながら笑った。


 事実、近くに人の気配がない。話し声や足音が、ぼくの耳に入ることはなかった。


 異様なくらい顔が近くて、いやだなって思うのに身動きができなかった。


 苦手なニコチンのにおいとメンソールのすっとした香りに鼻が曲がりそうで、頬の筋肉が引きつる。


「俳優って言線もあるけど子役として未就学児のときから芸能界にいるわけでもなし。雑誌のオーディションは受けてないし、読者モデルもやってない。スタントマンだったら少しは希望も持てるかもしれないけど、アメリカのハリウッドにでも出るのと桁が違う。命がけの演技をするのに」


 すると鷺ノ宮プロデューサーは、ぼくの肩に置いてあった手をどけた。


「信濃くんは、そこまでやらないか」


「えっと……あくまで声優として、がんばりたいので」


「昔の大御所声優さんって俳優として仕事をもらえないから声の演技でもいいからって必死だったんだよ。最近の子は、そんなことも知らないかあ」と、おどけた口調で背中を強く叩かれる。「たとえエキストラって言っても音楽以外、勉強がダメなきみじゃ日本でも、海外でも、どっちにしろやってけないか!」


 ――完全に、この間の仕返しだ。


 ぼくが、「はい」と返事をしてパーティーに参加しなかった。


 だからプロデューサーは気さく声をかけるふりをしながら、いやみや皮肉で応対してくるのだと察する。


 これくらい、お父さんや、お母さんだって会社で受けたこともある。


 社会人になったら普通のこと。就職したら、どこでもあることで、長い人生を生きていけば当たり前になることなんだから……。


「そう、ですね。プロデューサーの言う通りです! 今のままのバカなぼくじゃ、ダメダメだ」


 笑いたくない。涙をボロボロこぼして小さな子どもみたいに泣きたい。


 でも、こんな人の前で、そんなこと絶対にしたくなかったぼくは自分を鼓舞するように腹の底から笑ってみた。


「母や幼なじみにも心配されたんですよー。プロデューサーは大人で、この業界も長いですから、きっといろんな方を見てきたんですね。不勉強なぼくのためにご教授いただき、感謝しています。勉強になりました。ありがとうございます!」


 口角を無理やり上げていれば、プロデューサーが真顔になった。一秒、二秒経つと、いつもの何を考えているのか読めない笑顔になった。


「それなら、よかったよ。でも、きみのところマネージャーや社長は、あまりいい噂を聞かないよ」


「そうですか。いろんな方がいるので、考え方も千人いれば千人違うと思うんです。少なくともぼくは、いつもお世話になっています。ただ、この通りのチャランポランなので、むしろ城島先輩や、ほかの活躍している方々の意見が参考になりますよ」


「そっか、こちらの取り越し苦労だったみたいだ。でも――シッポを振る相手は考えないと、ね」


 まるで暗闇の中にひとりでいるような恐ろしさと心細さを感じながら、「ご助言、恐縮です。お疲れ様でした」と挨拶をして、その場を立ち去った。


 階段を降りて外に出る。


 人通りの多い道を歩きながら、大きくため息をついて、左の額のあたりを指先で擦った。


 クラクションが鳴り、思わず飛び上がる。


 後ろに白い乗用車がいて、なんだろうと心臓が大きく音を立てる。


 開いた黒っぽい窓の向こうには、敬愛している憧れの人がいた。


「渉くん」


「三上さん! どうして、ここに!?」と興奮しながら車の近くへ駆け寄った。


「近くの貸しビルで会議があってね、その帰り。ちょっと寄ってみたんだ。運よく会えたね」


「そうですね。こんなところで会えるなんて奇遇です」


 自然と頬がほころぶのを感じながら、ダンディーな渋い声に思わず聞き惚れてしまう。


「よかったら乗ってかない? 池袋の駅まで送ってくよ」


「いいんですか!? じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」

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