じゃーん、わたしのお庭です 1
「鍵があるから……やっぱり鍵穴もあるよね……でもでも、驚いたなあ」
わたしはてっきり、この鍵が使える鍵穴をこの世界で探すものだと思っていた。
まさか、扉ごと目の前までやって来るとはね。サービスいいな、さすがはジャパニーズおもてなしクオリティ。
試しに首に下げた鍵から手を離してみると、扉は消えた。
でもって、寝室の中央あたり(この部屋は広くて、二十畳くらいあるのだ)に移動して鍵を手に持ち、鍵穴に差す動作をすると、そこに再び扉が現れた。
「……よし、行ってみよう」
これはお稲荷さんの加護なのだから、わたしにとって危険なものではないはずだ。
というわけで、わたしはレトロなドアノブのところにある鍵穴に鍵を差し込んで、ぐるりと回した。金属音がしたので、鍵を抜いてドアノブをつかんで、回す。
ゆっくりと扉を開けると……。
「え、ここはうちの庭?」
土砂崩れで埋まったはずの庭がルニアーナ国に来ている……いや、似てるけど違うな。花壇には植物がまったくないし、木も植ってない。
「す、すまなかったのじゃあっ!」
「はい?」
足元から声がしたので視線を落とすと、いつの間にか現れた子狐が土下座していた。
あらやだ可愛い。柔らかそうなもふもふだよ。
わたしは狐に心を奪われつつ、あたりを見回した。
「ここはうちの庭にそっくりだけど、うちじゃないね。家の代わりに小屋があるし、周りが竹の生垣に囲まれているものね」
うちの生垣はツヤツヤした緑の葉っぱのイヌマキだったもんね。ここは低い竹垣で敷地の周囲をぐるっと囲まれていているけど……その外にはなにも見えない。
王宮の寝室に謎の扉が出ているのが見つかるとまずいので、後ろ手にドアを閉めた。これでたぶん、あっちからは見えなくなるんじゃないかな? そしてわたしは丸くうずくまる子狐を抱き上げぷらーんとさせてから、顔を覗き込んだ。
「お狐ちゃんだよね?」
完全に狐の姿になっているが、どう考えてもこの子は顔見知りのお狐ちゃんだ。
わたしの本能とふわっふわの手触りが、そう伝えてくるのである。
子狐はこくこくと頷いた。
「そうじゃ、我は理衣沙をこの世界に送ってしまった、稲荷大明神の眷族狐じゃ……誠にすまぬ! しゅまなかった……」
顔を合わせて気まずいのか前脚で顔を隠している。しかも言葉を噛むという凶悪さが加わった。
あざといまでに可愛い!
これはヤバい、狐が可愛すぎて他のことはどうでもよくなったよ!
「うん、許す!」
おなかに顔を突っ込みたい。だが、幼女のおなかにそんなことをするのは、あまりにも変態くさい……いや待て、今の姿は狐だからセーフなのかな?
「ふえっ? おぬしは怒っておらんのか?」
表情豊かな子狐は、驚いた顔をした。
ううう、お鼻にちゅーしてもいいですか? え、変態度がアップしてる?
「こんなにも可愛い狐っ子に怒れるわけがないじゃーん。わたしはここでなんとか生きてるし、お狐ちゃんに悪気はなかったんだから、全部水に流す! だから、もう謝らなくていいよ……それよりちょっともふらせて」
「お、おう。少しだけなら良かろう」
もふもふもふもふ。
子狐の毛並みは最高だ!
「はあ、至福……」
お詫びのつもりか、お狐ちゃんはおとなしくもふらせてくれたので、わたしは思う存分もふりを堪能して満足した。
「可愛いよお狐ちゃん、可愛いよ、これから一緒に仲良く暮らそうね、ずっと一緒だね、そして毎日もふらせて」
思わずプロポーズしてしまう。
え、ディアライトさんという婚約者がいる?
ふふふ、わたしはイケメンよりももふもふを選ぶのだ!
だが、お狐ちゃんは尻尾を左右に振りながら言った。
「そっ、それは困るのじゃ! 我は眷族としての務めがあるゆえ、理衣沙とほのぼの暮らすわけにはいかぬ」
「ええ、まさかのお断り?……そっか。そうなんだね……この、魔物とか瘴気とか恐ろしいものが存在する異世界に手違いで送られちゃったわたしは、もふもふとした癒しも得られないまま、危険に怯えながら暮らしていかないといけないんだね……」
わたしは土の上にお狐ちゃんをそっと下ろした。ふかふかしたいい土だ。ここに腐葉土とか肥料とかをすき込んだら、野菜でも花でもよく育ちそうだ。
よし、庭を潰して畑にしよう。異世界に遭難(?)してしまった今必要なのは、花ではなく野菜だ。
じっと土を観察するわたしの様子を誤解して、お狐ちゃんはくるっととんぼ返りをすると幼女の姿になり、わたしに抱きついた。
「いや、共に暮らせなくても、理衣沙のことは我が面倒をみるぞ! ほれ、このふっさふさの尻尾にも触れさせてやるゆえ、充分に憩うがよい」
幼女が後ろを向いて、尻尾を揺らした。
「あ、いいんですか?」
遠慮なく、幼女狐の尻尾を触らせていただく。自分が女子でよかったよ、これはギリギリセーフ、犯罪じゃないよ。
もふもふ、もふもふ、もふもふ。
これは憩う。憩うぞ。
「……貴重な経験をありがとうございます、充分憩いました。ぜひまたよろしくお願いいたします」
「うむ」
落ち着いたところで、この不思議な庭(農地になる予定)についての説明をしてもらうこととなった。
「ここは世界の狭間にある理衣沙専用の庭じゃ。地球とこの世界と両方に属しているゆえ、我もこのように顕現することが可能なのじゃ。稲荷大明神の加護があるので、植物がよく育つぞ。とりあえずは中峰家の庭を元にして作ってみたが、どうじゃ?」
「全部畑にして、野菜を育ててもいいですか?」
「うむ、良いぞ。理衣沙の好きに使って良い。そして、手をかけているうちにレベルが上がって様々な恩恵が受けられるようになる」
「それは素晴らしいですね!」
ちょっとワクワクしてきたよ。
「理衣沙が不在の時に管理する者を、この世界から呼んでおいた。土の精霊、ノームよ。こちらに来るが良いぞ」
お狐ちゃんが手招きすると、竹垣をすり抜けて、三角帽子をかぶり、金髪に緑の瞳をした小さな男の子がやって来た。
白雪姫の七人の小人かな?
「こんにちは、リーサ。ノームだよ。僕はリーサのノームだよ。お名前をつけて欲しいんだよ」
お狐ちゃんと同い年くらいの男の子が、あどけない声で言った。
「えっ、この子が精霊なの?」
「そうだよ、僕は土の精霊だよ。土に関することが得意だよ。お名前欲しいよ」
「名前ね、ええと、カッコいいのがいいよね、うーん」
ワクワクしながら待っているノームの男の子の前で、わたしは腕組みして名前を考えたが……。
「ノムリン、でいい?」
「カッコいい名前だよ! 僕はノムリンだよ、嬉しいよ!」
ノームのノムリンはとても喜んでいるが、遠い目をしたお狐ちゃんに「理衣沙、そなたのネーミングセンスは酷いものじゃのう……」と呆れられてしまった。
「ここを全部、畑にするって、さっき言ってたよ」
「うん、そうするつもり」
「僕が耕すよ!」
ノムリンはポケットに手を突っ込むと、中から大きなスコップを取り出した。どう見てもノムリンの身長よりも大きいスコップなんだけど……大丈夫かな。
「まずは土を掘るよ! 全部掘るよ! リーサはあっちの小屋で休んでいるといいよ!」
「お任せしちゃっていいの?」
「いいよ、僕は土を掘るのが大好きだよ! とても幸せな気持ちになるよ! 掘ったら森の中から栄養たっぷりの腐葉土と、よく発酵した肥料を持って来て混ぜ込むよ! すごく楽しいよ!」
興奮して緑の瞳をキラキラさせる幼児が可愛すぎて、思わず抱っこしてしまいそうになる。
「理衣沙よ、ノームとはそういう存在であるからして、気にせずに任せるが良いぞ。ささ、小屋の中でお茶にしよう」
「……わかった。ノムリン、よろしくね」
「よろしくするよ! 楽しみで仕方ないよ!」」
すでにざっくざっくと庭を掘り返し始めたノムリンは、身体全体から幸福感を放っているから……ま、いいか。
「そういえば、わたしは薬草の種を持っているんだ。ノムリン、あとで一緒に蒔こうね」
「うわあい、ノムリンはリーサと一緒に種まきするよ! 楽しみだよ!」
その場で飛び上がって喜ぶノムリンが、可愛すぎて辛いよ!




