錬金術のお仕事 3
錬金術省は忙しい場所なので、騒ぎはすぐに収まり、皆さんはそれぞれのお仕事に戻って行った。
というわけで、職場見学である。
回復薬を作っている錬金工房は、豪華な理科実験室といった雰囲気だった。錬金台は木製で、強化加工をされているとのことでツヤツヤ光っている。台の中央には錬金釜という大きなお鍋がはめ込まれていた。その中におたまのようなものを突っ込んで、エプロンを付けた人々がかき混ぜている。
その脇に控えた人が、釜の中を見ながら根っこのついた草を投入している。
また、部屋の向こう側には出来上がった薬を瓶に詰めている係の人もいる。
ディアライトさんが、作業についての説明をしてくれた。
「錬金窯に聖水……神殿で聖別という処置をした水を入れて、そこに薬草を調合している」
「加熱はしてないんですか?」
「していない。錬金の力を用いて、聖水に薬草を溶かし込んでいくのだ」
「なんか、すごいですね。錬金の力がない人にはできないんですか?」
「魔力を持っているものなら調合することが可能だが、気の遠くなるような時間がかかる。そして、無理に調合を行うと魔力の枯渇が起こって倒れる羽目になるので、あまりお勧めできないな」
「なるほど……」
聖水の中に薬草を入れると、少しずつ溶けていくのが見える。でも、すべて溶け終えても水は透明なままなのが不思議だ。
「今は繁忙期ではないので、十台ある錬金釜のうち、六台だけが稼働している。それぞれに三名から四名が付いて、交互に釜の中に魔力を送り込んで回復薬を作成するのだ」
繁忙期になると、ブラックな職場になるんですね。
「わたしたちでもかなりの魔力を使わないと、回復薬にならないんですよ」
大きなお鍋のような錬金釜の中を、かき混ぜ棒でぐるぐるとかき混ぜながら、若い女の人が言った。
「錬金の才を持つ者でないとこの作業は難しいんです。ディアライト師長は強大な魔力をお持ちなので、調子の良い時にはひとりでひと釜の回復薬を仕上げることもありますが、普通は最低でも二人がかりでないと作れません……お願いします」
「了解です」
かき混ぜ係のお姉さんたちが交代した。
「こんな感じで、協力しながら作っていきます」
「大変そうですね」
お姉さんは、微妙な笑顔で「普段はまあ、それほどでもありませんわ」と答えた。
それにしてもさすがはディアライトさん、他の人の二〜三倍の力をお持ちのようである。
お隣で薬草の補充をしているお兄さんも、親切に説明をしてくれる。
「こうやって、生の薬草をひとつずつ加えて、完全に溶ける直前に次を入れていきます。薬草の出来によっても作成速度が変わってくるんですよ。上質な薬草だと、少ない量の薬草で出来上がります。こうして充分観察しながら、薬の出来上がる瞬間を待ちます……はい、光った」
透明だった水がほのかに光り、淡い緑色に変化したので、わたしは「わあ、びっくりしました。綺麗ですね」と、グリーンの光を放つお鍋を見た。
「これで出来上がりなので、もうこれ以上の魔力は込めません」
お兄さんがレバーを引くと、お鍋が台から持ち上がった。そのまま台の上を滑らせて、カートに乗せると瓶詰めしている場所に運ばれて、次のお鍋……じゃなくて、錬金釜がセットされた。
「今度は僕が調合します」
見ると、最初にお鍋をかき混ぜていたお姉さんは瓶詰め係りに変わったらしい。新たなお兄さんが、薬草投入をしにやって来た。こうしてローテーションしながら交代で調合していくらしい。
「師長、本日は薬草が多めに納入されています」
「そうか。それなら……リーサ、わたしと一緒にひとつ作ってみるか?」
「ええっ、いいんですか? わたしに魔力があるのかな……」
「いや、魔力はないのだが」
ディアライトさんが耳元で「神力がある。試してくれないか?」と囁いたので、くすぐったくて「ひゃっ」と変な声を出してしまった。
「いきなりやめてくださいよ、もう」
耳を押さえて、わたしは文句を言った。
神聖な職場でこんなことをしていたら、わたしの印象が悪くなってしまうではないか……あれ? なんで皆さん、にまにましながらこっちを見てるの?
そんなことをしていたら、ディアライトさんが慣れた手つきで錬金釜をセットしてくれた。台の上にはまだみずみずしい薬草の束が乗せられる。
小さな蕾が付いているけれど、どんな花が咲くのかな?
わたしが気になって蕾に触っていると、ディアライトさんが「花が開いて一日で種ができてしまい、そうなると薬草として使えなくなるのだ。興味があるなら研究用の種があるから、持っていって鉢にでも植えてみるといい。可愛らしい花が咲くぞ」と言ってくれたので、絶対に貰おうと思う。
ディアライトさんが釜の中に聖水の瓶の中身をこぽこぽと注ぎ込んで、わたしにかき混ぜ用のおたまを渡した。恐る恐る釜の中に入れて水をかき混ぜると、ディアライトさんが薬草を入れた。すると、まるで砂糖菓子でできているように、しゅわしゅわと泡をたてて薬草が溶けてしまった。
「面白いですね」
ディアライトさんが、無言で次の薬草を入れる。
すっかり溶ける。
素早く入れる。
調子良く溶ける。
うわあ、めっちゃ楽しいわ、これ!
「よく効くお薬になーれ」
おまじないを唱えながらおたまをくるくる回すと、薬草が綺麗に消えていく。ディアライトさんが両手で薬草を持って、次々と投入してくる。まるでわんこそばである。食べたことはないけど、テレビでやってたやつにそっくりだ。
「くるくる、くるくるお薬になーれ! あっ、光った!」
わたしは混ぜるのをやめた。
おかしいな……あっという間にできた気がするんだけど……。
周りを見ると、注目を浴びているのに気づいた。
「なにあれ……」
「とんでもないことが起きたぞ……」
「本物の天使さまだった、ってことかしら?」
ディアライトさんの顔を見ると、彼は「これも瓶に詰めてくれ。鑑定したら、品質の良い回復薬だった」と、レバーを引いてお釜を台から出した。
「リーサ、気分が悪くはないか? めまいは?」
「いえ、全然なんともありません」
「……もう少し調合してもらえるか?」
「もちろん、いいですよ。面白いし!」
そしてわたしは、台から台へと移動しておたまを引き継ぎ、くるくる回して薬草を溶かした。ちゃんと「よく効くお薬になーれ」のおまじないも忘れない。
そうこうしているうちに、午前中のノルマが終わったらしい。
「よし、もうこれで昼休憩に入っていい。たまにはゆっくり休んでくれ」
ディアライトさんがそう言うと、錬金術師の皆さんは「やったー、まさかの長時間休憩!」「天使さま、ありがとうございました!」「天使さま、錬金の天使さま、今後もぜひ錬金術省をご贔屓にお願いいたします」とわたしを拝み始めてしまった。
薬草の種をお土産にもらって自分の部屋に戻り、ディアライトさんとランチを食べた。
「体調は悪くなさそうだが、午後は休むといい」
彼はナオミさんにわたしを託すと、仕事に戻っていった。
「驚きましたわ、リーサさまのお力はすごいですね。でも、念のためにベッドでお昼寝をなさってください」
「えー、全然眠くないんですけど」
「美味しいおやつを用意して起こしに参りますわね」
「いい子でおやすみなさいします!」
わたしはおとなしく寝室に引っ込んだ。そしてベッドに腰をかけて、首に下がった鍵を思い出した。
「この鍵、誰にも見えていないっぽいんだよね」
わたしにしか触れないという不思議な鍵は、認識もされないようなのだ。首から外そうとしても、紐がつかめない。鍵には触れる。鍵を引っ張ると、紐も伸びる。
「これ、一生ぶら下げておくやつかな」
まあ、いいか。他の人には見えないのだから、ファッション的にも問題ないよね。
わたしは鍵を持って、前につき出した。
「うぇっ!?」
すると、目の前に、突然扉が現れた!




