8-1 だから、なんで、そうなるんだ その3
明星は、源一郎が目を開けるのを待って話を再開した。
「詳しい原理はわかっておりません。あの水晶体が徹様を不死にしているのかと言えば、それは違うでしょう。あくまでも現在の医療技術で判断した結果ではありますが、徹様は実際に歳をとっていないのではないとのことです。正確には、歳をとってもそれが身体に現れる前に、高度な生体調整が施されている結果であるというのが見解のようです」
「つまり、あの水晶体があの男の身体に、それほど高度な生体調整を長期間施しているということだな」
源一郎が確認する。
「そうなります」
「エビデンスはあるのか?」
源一郎は、基本的に証拠のないものは信じない。だからこそ財閥を大きくしてこられたのだ。
「確実とは言えませんが、一応あります」
「話してみろ」
「はい。源一郎様は、ご記憶があるでしょうか・・・まだ徹様が源一郎様のお屋敷にお住まいだった頃のお話でございます」
源一郎が手で続きを促す。
「舞様の早朝の薙刀の鍛錬に立ち会いまして、手首を骨折されたことがあったと思うのですが」
源一郎が思い出すように唸る。
「うむ・・・確かにそんなことがあったな。あの頃は、あの男にはほとんど興味を持っていなかったので、かなりうろ覚えではあるのだが」
「簡単にご説明申し上げますと・・・舞様が薙刀の鍛錬をされている様子を見た徹様が、
『それだけ激しく動いているのに、胸がちっとも揺れないね』
と言うセクハラ発言をされまして・・・それを聞いた舞様が激怒され、手を打ちつけたところ、手首の骨を複雑骨折された、というものです」
「あの男は、わしとは趣味が違うのだな」
源一郎がニヤリと笑う。なぜか別方向に反応しているようだ。獣人萌え、しかも猫型の獣人に特に萌えているこの男。そう、猫型獣人はスレンダーなのだ。
明星が、この部屋で報告を始めてから初めて、明確にキツい視線を向けた。
その瞬間、明星の耳がピクリと動き、尻尾がわずかに逆立つ。髭も細かく震え、明らかに警戒の色を帯びていた。
源一郎が咳払いをした。こころなしか額に脂汗が浮かんでいる。
「あ、ああ。覚えておる・・・あの時の舞は大変だった。自分のせいで天才科学者になるかもしれない男のキーボードを叩く手を壊してしまったと・・・ものすごい大騒ぎをしてな。何とかしてくれと何度も泣きつかれたものだ」
その話を聞くと、明星は睨んでいた視線を少し柔らかくし、
「確かに、懐かしいですね」
と微笑みを浮かべた。
源一郎が何度かため息をつく。
「まあ今の医療技術を持ってすれば、骨を元に戻すことはできるがな。寸分違わずというわけではないし、場合によっては一部分は機械の補助を借りなければならなかったかもしれないが、まあ生活には支障がないだろう」
「それは確かにそうでございます。しかし、実際には徹様の手には簡易的な治療を施したのみであり、形成の段階に入る前に骨が修復を始めたのです。徹様もそれをわかっていらっしゃったのか、我々には一定以上の治療をさせませんでした」
「ふむ。それも例の頭の中のオーパーツがあの男に伝えた知識だというのか?」
明星は素直に頭を左右に振る。
「分かりかねますが、しかし、そう推測されます」
「なるほどな。で?」
「はい。確か2週間程度だったかと思います。そんな短い期間で徹様の手首の骨は完全に元に戻られたのです。治療の経過を医師に確認してもらったところ、
『治ったのではなく、数分違わぬ全く同じ形状に骨が形成され、その周囲の筋肉、組織、肉などが全く同じに元に戻った』
とのことでした」
「なるほど。それがエビデンスというわけか」
「はい。現代の再生医療でもありえない技術だそうです。その結果からの推測ですが、徹様の肉体はある定めた時に常に戻っているのだと思われます。もちろん、それでも細胞の分裂には限界があります。長い時を生きるでしょうが、必ず終わりが来るはずです」
源一郎が、先程とは違う笑みを浮かべた。
伊那笠財閥の会長としての笑みだった。
「そうか。だからこその守り手たちなのだな」
明星の耳がわずかに伏せられ、尻尾が静かに揺れた。
その動きには、協力者でありながら目的の見えない存在への、獣人としての本能的な警戒が滲んでいた。
「はい、そうでございます」
「しかし、先程の再生医療と同じように、現在の医療技術を用いても完全なクローン体を作ることは不可能であったはずだ。細胞の分裂周期であるテロメアを抑える方法がなく、確か老化の速度がかなり早まってしまうのではなかったか?」
さすが複合業態を率いる財閥の長である。最先端の技術には精通していた。
「そうでございます。現在の技術を用いても完全なクローン体の用意は難しいかと存じます」
「それではどうするのだ。どうやってあの男の遺伝子を持った人を完全な形で残すのだ?」
当然の疑問である。
「だからこそ、守り手たちの技術でございます。我々が知らない技術を持っているそうです。それは、遺伝子から完全な複製体を、しかも培養槽の中で誕生させることができるようでございます」
源一郎の目が光る。
「なるほど。我々が彼らに協力していれば、その技術の一端を得ることができるというわけだな」
「はい。そこに関しては既に合意がなされております」
源一郎が嬉しそうに頷いた。舞同様に、頭の中で皮算用モードが発動したのだろう。
「そうか。ご苦労であった。あの男は本当に金の卵を産む存在であるのだな」
「はい」
「話はわかった。それも含めてあの男は合格というわけだな」
話が元に戻った。
「私の娘の遺伝子提供者としても、舞様の伴侶としても申し分ないかと思います」
「そうか。よくわかった。その件もご苦労であった。下がれ」
明星は源一郎に深々と頭を下げ、退室した。
退室する明星の背中を見て、源一郎はため息と笑顔、そして苦しみともつかない複雑な表情を浮かべるのだった。




