8-1 だから、なんで、そうなるんだ その2
源一郎は、少し顔を曇らせ、明星に尋ねた。
「舞はどこまで気づいているのだ?」
源一郎は、こう見えて子煩悩である。
徹の話題に触れるということは、どうしても避けては通れない問題を考えなければならない。それが、源一郎の心に陰を落としていた。
窓の外に見える公社の半月型ビルをぼんやりと眺めながら、源一郎は胸の奥に重いものを抱えていた。
明星も源一郎の気持ちを理解しているのだろう。少し表情を硬くし、猫髭が震えた。
玲華の髭袋よりも大きくしっかりとした猫袋から生えた髭が、小刻みに揺れる。ちなみに、玲華の猫髭は左右3本ずつである。
「そうですね。舞様は、徹様が18歳になってからほとんど肉体年齢が変わっていないことを、薄々感じ取っているようです。舞様の観察眼は源一郎様譲りですので、かなり鋭い感覚をお持ちかと思います」
「そうか・・・」
源一郎が小さく頷く。その横顔には、父親としての複雑な感情が滲んでいた。
「それと、徹様自身も、肉体年齢の成長が止まっており、自分が長く生きるだろうことを理解しているように見受けられます。さらに舞様は、徹様が長い時を生きるためのパートナーとしてミゥを開発し、育てているということも理解していらっしゃるようです。これはあくまでも推測ですが、おそらくそのことについては、舞様と徹様は多少言葉を交わされていると思います」
それを聞いた源一郎は、より表情を曇らせた。
「そうか・・・あいつの恋愛は実らないのかもしれんな・・・」
明星が、少し驚いたように声をあげた。
「えっ?それは大丈夫でございましょう。徹様が歳を取らないからといっても、子を為せないわけではありません。子を作り、血を子孫につなぎ、徹様の側にお控えになることはできるかと思います。それに、徹様ほどではありませんが、私も玲華も、その子も人の倍以上長く生きることができるでしょう。代々までお仕えさせていただきたいと思います」
その言葉に、源一郎は少しだけ笑みを浮かべた。
「いかにも獣人である君らしい考え方だな。その時はお願いするとしよう」
そして話題を変えるように、源一郎が尋ねた。
「ところで、あの男はどこまで自分のことを知っておるのだ?」
明星が静かに答える。
「残念ながら分かりかねます。徹様の頭の中のあのオーパーツは、何かしらの知識を徹様に伝達していると思われます」
「それは彼らでもわからんのか?」
源一郎が続けて問う。
「守り手たちですね」
源一郎が頷く。
「そうだ。確かあの男が借りているアパートの管理人だったか・・・フローラインだったな」
「はい。そうでございます」
「その者は何と言っておるのだ?」
明星が小さく息を吐き、返答した。
「確かに我々は守り手の存在に気付き、彼らにコンタクトを取ることに成功しました。そして、徹様の遺伝子を保存するためのいかなる協力も惜しまないという旨を伝え、一定の協力関係にこぎつけることができました。しかし、彼らには彼らの目的があり、全面的に手を組むには至っていないのです」
「なるほどな」
源一郎が続きを促すように視線を向ける。
「彼らと手を組むことによって得た情報の中で、最も重要度が高いものは・・・これは既に報告をあげさせていただいています」
「ああ。そうだったな。たしか・・・」
源一郎の言葉を明星が引き取り、先を続けた。
相変わらず明星は優秀である。遺伝子の話をするのであれば、この優秀さは玲華には遺伝しなかったのだろうか・・・と源一郎は一瞬だけ思った。
話を戻そう。
「徹様は、はるか悠久の時の彼方、今の科学文明とは違った別の技術体系を持つ新しい文明の礎となる技術を開発する・・・ということです。だからこそ、その時まで徹様の遺伝子を絶やしてはならない、というのが彼らの目的です」
「そうだったな。それは、子孫ではなく、あくまでも遺伝子ということなのだな」
「そうです。子孫ではなく遺伝子です。舞様が徹様との子を為せば、血を絶やさぬ限り後世までその血は脈々と受け継がれていくでしょう。しかしながら、彼らが求めているのはそれとは別のベクトルのものです。あくまでも徹様本人の遺伝子となります」
悠久の時の彼方、守り手の存在、そして徹の遺伝子の保存。
あまりにもSFめいた話である。
あまりの飛躍に、さすがの源一郎も怪訝そうな顔で聞き返した。
「しかしなぁ・・・いくらあの男が歳を取らないといっても限界はあるだろう?」
明星も同意見のようだった。いくらなんでも話が大きすぎる。
「それは現在では分かりかねます」
自身の感想も混じった、素直な返答だった。
「そもそも歳を取らん理由は何なんだ?そういう種族として遺伝子調整をされたわけでもないのだろう?」
「はい。種族的な差は遺伝子的には見られません。それは間違いありません。おそらくではありますが、彼が歳を取らない理由は、あの左肩に埋め込まれた水晶体が何らかの作用を及ぼしているのだと思います」
「あれか・・・」
源一郎が思い出すように目を瞑った。
窓の外の光が、彼の横顔に淡く影を落とした。




