8-1 だから、なんで、そうなるんだ その4
人工太陽により彩られた夕日が差し込む、伊那笠財閥マルチビジネスタワーの最上階、その会長室で、会長である伊那笠 源一郎は、椅子に深く身体を沈めた。
そして、今しがた会長室を後にした、伊那笠家のメイド長であり、また源一郎個人の情報収集を手伝う隠密としての任についている董 明星が、例の『守り手』と呼ばれる組織と密談をした報告書を手に取るのだった。
源一郎は隅々まで読み終えると、軽く息を吐き、会長デスクの上に無造作に放り出してあったダイコンを装着し、
「アレンにつないでくれ」
そう音声入力を行った。
ダイコンの発信ランプがチカチカ光ったかと思うと、すぐに緑色の点灯に変わる。同時に、ダイコンのバイザー部分にアレンの立体映像が浮かび上がる。
アレンは深く腰を折り、手をお腹の前で重ねて添えた。
先程の明星も同じ仕草をしていたが、明星は女性なので左手を上にして右手を下に重ねており、アレンは男性であるため右手を上にして左手を下に重ねていた。
こんな指先の細かいところまで行き届いている2人。さすがである。
「アレン。お前は、惑星Maleenの話は聞いているか?」
アレンが姿勢を戻し、静かに頷いた。
その目元には、執事としての礼節の奥に、長年仕えてきた主へ向ける“友としての柔らかさ”がわずかに滲んでいた。
「はい。資料では拝見しております。確か、
『人類のコロニー外の居住空間の創出計画』
通称OASISだったかと記憶しております」
源一郎が満足そうに頷く。
「そうだ。Off‑world Advanced Settlement Initiative Systemの頭文字を取って、OASIS計画だ」
「ありがとうございます。その正式名称までは知りませんでした。直訳すると、
『地球外先進定住化推進システム』
ですか。随分と皮肉のこもった名称ですね」
源一郎が片眉をあげた。
「まあ、そう言うな。実際に今までのどの惑星でもテラフォーミングは上手くいっておらぬのだ。だからこその『先進』なのだ」
「ある意味ではそうなのかもしれませんね」
アレンも苦笑いを浮かべた。
その笑みは、執事としての距離を保ちながらも、旧友として源一郎の肩の力をそっと抜かせるような柔らかさを帯びていた。
「あの男、そう江藤 徹が開発したアンドロイドの人工頭脳のシステムは、機械がその場で柔軟な判断をしながら開発を進めるのに、最大の効果をあげているのだ。そのおかげで、私の財閥がノクフェラリオンのやつらよりもイニシアチブを取れている」
「確かに、何が起こるかわからない惑星開発では、どうしてもアンドロイドの投入が必要になるのでしょうね。ただ、今までのAIでは指示されたこと以外はほとんど対応ができず、都度人が状況を確認して指示を与えなければならないため、一向に開発が進まなかったと聞いています」
源一郎が重々しく頷く。
「その通りだ。それに対して江藤が開発した人工頭脳は、一定の知識さえ与えておけば勝手に学習し、しかも自分で情報の取捨選択をして、その場に最適な工程を見出して作業をしてくれる。複数台で役割分担までしていると報告を受けている」
アレンが驚いたように目を丸くする。
「それほどですか」
「ああ。それほどだ。江藤が求めているような感情は必要ないが、今のままで十分に人の代替労働力になっている。いや、むしろ感情がないぶん余計な不満も言わぬし、要求もしない。理想的な労働力と言えるな」
「はは。アンドロイドの権利擁護団体が聞いたら、大変に非難を浴びるような発言ですね。特にアンドロイドに人格を宿らせようとしている徹様には聞かれない方がいいでしょうね」
アレンが力なく笑った。
その笑いには、主の不用意な発言をやんわりとたしなめる、旧友としての親しみが混じっていた。
「わかっておる。あの男、いや江藤 徹には、十分に投資をして夢を追わせてやれ。それはそれで一向にかまわん。その過程で次々と金を生んでくれているのだ。むしろ礼を言わねばならんだろうな」
「旦那様。一度、お会いになってはいかがですか?」
アレンがそう提案すると、
「今会ったら、舞のことで冷静ではいられないだろうな。また機会を見るとしよう」
そう苦笑いを浮かべた。
「旦那様も、やはり親というわけですね」
アレンは優しい笑みを浮かべるのだった。
その笑みは、長年寄り添ってきた者にしか見せない、温度のあるものだった。
「それでだ、アレン。いよいよ財閥は、OASIS計画に本腰を入れようと思っておる」
「そうですか。それで舞様たちには何をしていただくのですか?」
源一郎が身体を前に起こし、ソファから身を離して机の上で手を組んだ。
「渡辺の支社には、そのままコロニー間の宅配業務と、それに加えてシュワーツ内の宅配も担当してもらう。代わりに、舞たちには惑星Maleenへの物資を運んでもらおうと思っている」
「そうですか。私はどうすればよろしいのですか?」
「舞たちに付き添ってくれ。あの惑星は第1次の入植計画のあと、環境の維持ができずにほとんど開発が進まないまま放置されてしまった。人が住んでいるプラントもまだ生きてはいるが、居住者は100名にも満たないだろう。代わりに、ノクフェラリオンの馬鹿どもが各コロニーで無計画に増やした失敗作のキメラの廃棄場にもなってしまっておる」
アレンが少し怪訝そうな声で聞き返す。
「キメラとは?幻想愛好家たちが集っているコロニーにいるような、ファンタジーな生き物でしょうか?」
「そうだな。ただ、初期のキメラたちは生殖機能も備えており、まったく人の指示を受け付けなかった。かといって命あるものを処分するわけにもいかない。それをやってしまえば、命をいじるキメラ技術自身が糾弾されてしまうからだ。そうなれば、生体医療、再生医療、遺伝子融合医療で財を成しているノクフェラリオン財閥は、その立場を失ってしまう。やつらは、テラフォーミングが中途半端とは言え、大気組成が我々の環境に近く整えられており、広大な大地をもつ惑星Maleenであれば、命を奪わずともキメラたちが生きて、そして子をなし、生活することすら可能だというお題目を唱えて、それらのキメラも惑星に入植させたのだ」
さすがにアレンが眉をひそめた。
「それは、随分と・・・」
源一郎も頷く。
「そうだ。だから、人が移住できなくなったのだ」
「そんな惑星で舞様たちに何を?」
「うむ。キメラたちの中には、知性のある個体もおる」
話がきな臭くなってきている。アレンは敏感に感じ、目を細めた。
「そう、私を責めるなアレン。舞たちには、まずはテラフォーミングの継続をするための物資を運んでもらうだけだ。あいつがもっているSWAN号は幸い貨物船タイプだし、あのアンドロイドがいればコンテナ船も簡単に牽引できるだろう。それに、艦自体の武装も財閥のどの艦艇よりも強力だ」
「知っておられましたか」
源一郎が呆れたように小さく息を吐く。
「明星がいるのだ。そして、あれでいて玲華も優秀なのだ」
「そうですか」
玲華と聞いて、アレンが少しだけ笑みを浮かべた。
「まあ、玲華であれば、舞様、徹様によく尽くしてくれると思います」
源一郎が面白そうな顔をする。
「明星から聞いておる。玲華にも頑張るように伝えてくれ」
「良いのですか?きっと暴走しますよ」
「そのぐらいが、今のあやつらにはちょうどいいだろう」
2人は、そのまま笑いあった。
その笑いには、会長と執事という立場を越えた、長い年月を共にした者同士の温度があった。
「旦那様。それでは失礼いたします」
「うむ。舞にはこちらから正式に仕事として指示を出しておく」
「かしこまりました」
アレンは立体映像のまま深く頭を下げ、源一郎が回線を切るのを待った。
「回線を切ってくれ」
源一郎の言葉で、アレンとの回線が切れた。
源一郎は手に持っていた明星からの報告書を机の上に投げると、再びソファに深く身体を任せるのだった。




