エピソード2-3
翌朝。猫の食べられるものを探しに、レギウスは市場へ出た。
猫もついてきた。というより、扉を開けた瞬間には、もう先に廊下へ出ていた。
「……おまえ、ついてくる気まんまんだね」
猫は尻尾をぴんと立てて、ひと足先に階段を下りていった。
朝の市場は、にぎやかだった。魚屋が声を張り上げ、八百屋が客を呼び、焼きたてのパンの匂いが、そのぜんぶの上を流れていく。
レギウスはまず、魚屋の屋台の前に立った。
「あの。猫が食べられそうな魚をください」
「あいよ! そこの干した小魚なんざどうだい。猫はみんな目の色を変えるよ。ひと束で銅貨二枚だ」
「銅貨……銅貨……」
レギウスは財布を開けた。しばらく覗き込み、小さいほうの貨幣をつまんで差し出した。
屋台の親父が、ぴたりと固まった。
「……坊や。こりゃ、小金貨だよ」
「それしかなくて……」
「小魚ひと束に金貨を出す子がいるかよ! これ一枚ありゃ、うちの屋台ごと買えちまうよ!」
「え……そ、そんなに?」
周りの屋台から、どっと笑い声が上がった。魚屋の親父は金貨をレギウスの手に押し返すと、指を四本立てた。
「いいかい。銅貨、銀貨、小金貨、大金貨。町の買い物は、たいてい銅貨で足りる。ああもう、しょうがないねえ。両替してあげるから、小金貨をひとつ出しな」
かくして、レギウスの財布はじゃらじゃらと重くなり、小魚の束にはおまけがついた。
「まいど! ああ坊や、財布の口は締めときな。街にゃ悪いのもいるからね」
「はい。ありがとうございます!」
お姫さま育ちを、これほど恥ずかしいと思ったことはない。レギウスは自分で買い物をしたことなど、生まれてから一度もなかったのだ。
足元では猫が、前足でごしごしと自分の顔を洗っていた。なんだか、見ていられないものを見た、という仕草だった。
「……なに、その顔」
「にゃ」
帰り道、蜂蜜菓子の屋台の前で、足が勝手に止まった。
焼き型から外したばかりの、小さな丸い菓子。湯気といっしょに、甘い匂いが立ちのぼっている。
(ひとつだけ。いや、ふたつ)
「おじさん。これ、みっつください」
「あいよ。銅貨で頼むよ、坊主。魚屋の親父から聞いてるんでな」
「もう広まってるの!?」
(この街の情報網、早すぎる)
焼きたての菓子は、歩きながらかじると、格別だった。城にいたときなら、はしたないと侍女に叱られているところだ。
猫があきれた目で見上げてくる気がしたが、気にしないことにした。甘い物だけはやめられないのだ。
その、角を曲がったときだった。
通りの先で、地鳴りのような音がした。
◇
建てかけの家の、足場が崩れていた。
組んだ丸太が斜めに折り重なり、砂煙のなかから、うめき声がいくつも聞こえる。落ちた男。下敷きの男。無事だった男たちが、仲間の名前を叫んでいる。
レギウスは、買ったばかりの包みを放り出して駆け出していた。
「動かさないで、そのまま! 神聖術士です、診せてください!」
砂まみれの男たちが、わっと道を空けた。
折れた腕、裂けた額、血だらけの足に手のひらをかざすたび、白い光が傷を閉じていく。ひとり、ふたり、三人。
「兄ちゃん、こっちだ! 親方が梁の下に……!」
男たちが丸太を持ち上げた下に、大柄な男が横たわっていた。折れた足場板が、胸の下へ深々と突き刺さっている。見るからに一番危ない状況だ。土気色の顔で、それでも男は笑ってみせた。
「……なんでえ、ちっこい術士さんだな。俺ぁ大丈夫だ。先に、若いのを診てやってくんな」
レギウスは答えず、男の顔を覗き込んだ。
笑っている口元。そのわりに、目の焦点が合っていない。強がりの声は、語尾が消えかけている。板を押さえる指は、震えることさえ、もうやめていた。
(この人、自分はもう助からないって思ってる。神聖術じゃ間に合わない)
「若い人は、みんな診ました」
「な、に……」
「あなたが最後で、それに重傷だ。だから、動かないでください」
男の手をそっとどけて、板ごと、傷の上に手のひらを重ねる。
(もうすこしだけ頑張って。必ず僕が助ける……勇者のスキルで!)
「《超治癒術》」
眩しい白い光が、手のひらから傷へ流れ込んだ。
刺さっていた板が押し出され、つぶれた胸が、ふくらみを取り戻していく。まわりの男たちは、驚愕して声も出せずに見つめていた。
そして。
その傷をつくった衝撃のすべてが、代金のように、レギウスへ支払われた。
潰される痛み。折れる痛み。板が刺さる痛み。どこにも傷はないのに、身体の内側だけが、順番にそれを味わっていく。
声は、出さなかった。出さないと、決めている。
光が消えた。
親方が自分の胸を見下ろして、目をむいた。まわりで歓声が上がる。
その歓声が、急にくぐもって、遠ざかった。
視界のふちが白い。立ち上がりかけた膝が、砂の上へ崩れる。
(ああ……また、こう、なる……)
「おい、坊主!? どうした!」
誰かの声。
その頭上で、めき、と嫌な音がした。
崩れ残っていた足場の柱が、折れたのだ。組まれたままの丸太の束が、ゆっくりと傾いて、うずくまる勇者の真上へ倒れてくる。
「逃げろっ、坊主ぅーッ!」
逃げられない。足が、動かない。
レギウスは、迫ってくる丸太の影をぼんやりと見上げて――そこで、意識が途切れた。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」2-3を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




