エピソード1-4
「ミルカっ!」
ブレイジールの腕から飛び降りて、レギウスは駆け出した。
村長だった魔族は、身をひるがえして村の外へ走り出していた。馬でも追いつけない速さ。逃がした、と誰もが思った。
勇者の従者だけは、慌てなかった。
「――お嬢に、爪を向けやしたね」
金色の目から、笑みが消えていた。すっと、右の手のひらを前に突き出す。
「結界ってのは、本来、守るための術なんでやすがね。閉じ込めて――」
夜の畑を走る魔族を、金色の光がまるごと包んだ。
「潰すのにも使えるんでさ」
ブレイジールが手を握りしめる。光の球が縮んで、消えた。魔族の絶叫は、一瞬だった。
レギウスは、ミルカのそばに膝をついていた。
胸から腹にかけて、深い爪傷。血の気の引いた小さな顔。息が細い。
「ミルカ、聞こえる? 大丈夫。……大丈夫だから」
レギウスは、少女の傷の上に、そっと手のひらを重ねた。
(僕の持っている、たったひとつの勇者のスキル)
「《超治癒術》」
手のひらが、白く光った。
村人たちが息をのむのがわかった。裂けた皮膚が、光に溶けるようにふさがっていく。奇跡を見るように、誰も声を出せずにいる。
そして、その傷を作ったすべてのダメージが、レギウスに流れ込んできた。
(僕が、その痛みを代わりに受けるから……)
口のなかに、血の味が広がる。傷はどこにもない。ないのに、身体の内側がまとめて悲鳴を上げた。視界が白く濁って、世界が傾く。
(ああ、倒れる)
地面にぶつかる衝撃は、来なかった。
「――お嬢」
聞き慣れた声が、すぐ耳元でした。抱き留めた腕が、ほんのすこしだけ、震えていた。
◇
目が覚めると、三日が経っていた。
村で一番上等だという客間の枕元で、金色の猫が丸くなっていた。
「……おまえの看病って、寝てるだけ?」
「にゃ」
猫はのびをひとつして、次の瞬きの間には、窓辺に腰かける美青年に戻っていた。
「三日ぶりでやすね、お嬢。あっしを拾ったときも、ちょうど三日、寝てなすった」
「そうだっけ……ミルカは!?」
跳ね起きた拍子に、視界がぐらりと揺れる。
「生きてまさあ。傷痕ひとつ、残っちゃおりやせん。今朝はかゆを、おかわりしたそうで。……立派な命拾いでさ。お嬢のおかげだ」
「よかった……」
レギウスは、枕に沈み直した。しばらく天井を眺めて、ぽつりとこぼす。
「ねえ、ブレイジール。僕は、治すことしかできないのに……こんな僕が勇者でいいのかな?」
「さあ。魔族のあっしにゃ、勇者のことはわかりやせん」
ブレイジールはあくびをひとつして、愉快そうに続ける。
「ただ、“人に化けている魔族”を見破る魔道具。あれ、ただの玩具でやすよね? あの状況であんなでまかせ――」
思い出したのか、ブレイジールは吹き出した。
「それに、このあっしが仕えてるんですぜ? お嬢が、はずれの勇者のわけがありやせん」
「……なにそれ」
笑って――それから、ひとつ聞きたかったことを思い出した。
「あの夜。どうして、自分から正体を明かしたの。黙ってれば、切り抜けようは、いくらでもあったのに」
「ああ――」
ブレイジールは、さも重要なことのように言った。
「村の連中が刃物を持ってやした」
「それで?」
「万が一、お嬢が怪我でもしたら、大変なことになりやす。あっしにはお嬢の傷を治せないんでね」
(それで、自分が焼かれそうになるなんて……)
「ばかだ、おまえは」
「へえ。それ褒め言葉でやすか?」
午後、村人たちが列を成して詫びに来た。年寄りが板の間に額をつけようとするのを、レギウスは慌てて止めた。
「顔を上げてください。もう、いいですから」
「いいえ、いいえ……従者さまを罪人あつかいしたうえ、あわや焼き殺すところじゃった……なんとお詫びを申し上げてよいか……」
「ブレイジールが悪い魔族じゃないって、わかってもらえただけで、充分です。でも、ブレイジールが魔族だってことは、ここだけの内緒にしておいてください」
「わかりました。村の者全員に忘れさせます。それにしても、勇者さまは、まだこんなにお若い少年じゃというのに、なんとお心の広い……ほんに、真の勇者であらせられますじゃ」
「――少年じゃない」
レギウスは、すこしだけ不機嫌な声で言った。
「レギウス・ソフィア・トロワール。……言っておくけど、僕は女だよ」
村人たちが、固まった。
「え……お、おんな……? 女の、勇者さま……!?」
「だから、お嬢なんでさ」
ブレイジールが、さも当たり前のことのようにつぶやいた。
(それ、なんの説明にもなってないから)
村人たちが、真っ白になって平伏し直す。ああでもない、こうでもないと、詫びの言葉が倍になって降ってきた。
◇
翌朝、ふたりは村を発った。
見送りの人垣の一番前で、すっかり元気になったミルカが、ちぎれるほど手を振っていた。
「ゆうしゃさまー! ミルカも、おっきくなったら、おんなの勇者さまになるからー!」
言い返そうとして、やめた。レギウスは、大きく手を振り返した。
その後ろでは村の娘たちが、名残惜しそうにブレイジールへ手を振っている。
村が見えなくなると、ブレイジールは瞬きをひとつして、瞳を金色に戻した。
「にぎやかな村でやしたねえ」
「……そうだね」
「次の村じゃあ、焼かれずにすむといいんでやすがね」
「なら、目の色くらい、ずっと変えておきなよ」
「それじゃあ、肩が凝りやす」
(そういえば)
街道を歩きながら、レギウスは、ふと思った。
(ブレイジールは、初めて会ったときから、一度も僕を男と間違えなかったな……)
隣を見上げる。従者は素知らぬ顔で、金色の目を細め、朝の光に長い髪を透かしていた。
のちに勇者レギウスは、七人の従者とともに、爆炎の魔王アノンを討ち滅ぼすことになる。
だがそれは、まだ、ずっと先の話である――。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」1-4を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




