エピソード5-4
ブレイジールの言葉に、レギウスは眉を寄せた。
「得体の知れないって?」
「暗いなかで、座ったまま、ぴくりとも動きやせん。……息も、してやせんでした」
(息を、してない……?)
「お嬢、今夜はここまでにしやしょう。城へ戻りやすよ」
「さっきの酔っぱらいの人は?」
「へえ?」
「なかに、あの先生しかいなかったなら、あの人はどこへ連れていかれたの?」
ブレイジールがため息をついた。
「どこかに、抜け道がある。いま行かないと、あの人も帰ってこなくなる。……命令だよ」
ブレイジールは、閉ざされた裏口とレギウスの顔を、何度か見比べた。
「……なら、今度はあっしのそばを離れねえでくだせえ」
裏口の戸には、鍵もかかっていなかった。
暗い部屋の奥で、椅子に座ったグレインが顔を上げ、昼間と同じ穏やかな笑みを浮かべた。
ブレイジールが手のひらを向けた。金色の光がグレインを包み、椅子ごと閉じ込める。グレインはその笑みのまま、なにも言わなかった。
レギウスは棚の前に立ち、薬草の束から黄色いリボンをほどいて、懐にしまった。
ふと床に目を落とすと、土間に二本の筋がある。かかとを引きずったような跡は、部屋の隅の大きな石臼の下で途切れた。
「ブレイジール、これ」
ブレイジールが石臼に手をかけ、軽々と脇へずらした。その下から、四角い木の戸があらわれる。持ち上げると、水の流れる音と、腐った水の臭いが、下から上がってきた。
石の階段を下りきると、街の下水道に出た。ふたりは奥に向かって歩き出した。
分かれ道に来るたびに、壁に白い印があった。指でなぞると、まだ粉が落ちる。
「誰かが、先に来てる」
印をたどって、ふたりは進んだ。
やがて、下水道の壁が古い石積みに変わった。短い階段を上がると、天井の低い、広い部屋に出る。壁一面に棺を納める棚が並ぶ、どこかの地下墓所らしい。
ひどく冷えて、レギウスの吐く息が白くなった。
部屋の奥を仕切る鉄格子の向こうに、人がうずくまっている。革のエプロンをつけた若者。白髪のおばあさん。そして、そばかすの男の子。左の手首には、なにも巻かれていない。
(トビ……!)
鉄格子の手前の台には、さっきの酔っぱらいが寝かされていた。
「ようこそ、勇者さま」
闇のなかから、男があらわれた。痩せた長身に、黒い長衣。壁ぎわのランプの明かりを受けて、両眼が金色に光る。
「魔王国デノワールの第九魔将、モルグレインと申します」
モルグレインは、台の酔っぱらいのそばに立った。
「下町の施療院では、お代をいただかずに薬をお分けしております。まあ、私特製の毒を薄めたものですがね」
魔将は楽しげに笑った。
「あの薬草を受け取っていただけたら、いまごろは勇者さまも、あちらに並んでおられたのですが」
(あれも、毒……)
モルグレインが、薬で黒く染まった長い指で、針をつまみ上げた。
「《偽りの蘇生》」
レギウスが声を上げるより早く、針が酔っぱらいの首筋に深々と刺さった。
男の身体が、大きく跳ねた。一度、二度。それきり動かなくなったかと思うと、ぎこちなく起き上がる。開いた目に、灰色の濁りが広がっていく。
「ほら、濃くすれば、このとおり」
モルグレインは満足げに目を細めた。
「毒が身体の隅々に届くまでは、まだ人間です。引き返すこともできる。……届いてしまえば、私の屍兵だ」
鉄格子の奥の暗がりで、いくつもの影がうごめいた。
「魔将の序列は、生まれ持った強さで決まる。だが私は、自分で作った強さで上へ行く」
モルグレインが指を鳴らすと、鉄格子の扉が一斉に開いた。うずくまっていた人々が、ぎこちなく立ち上がる。その奥からも、這うように人が出てきた。動かないのは、トビだけだった。
「さあ、私の最高傑作たちです。あなたたちに殺せますか?」
屍兵が一斉に押し寄せてくる。
レギウスのまわりに金色の結界が張られた。屍兵たちの爪が光の壁を引っかく。よく見ると、襲ってくるエプロンの若者とおばあさんの口元から、白い息が漏れていた。
(息を、してる……)
「まだ生きてる。ブレイジール、閉じ込めて。ひとりずつ!」
「お嬢、そいつは――」
「早く!」
レギウスを包んでいた光が消え、そのぶんの光が金色の球になって、屍兵をひとりずつ包んでいく。十を超える球が、墓所の宙に浮かんだ。
モルグレインが球の群れを見上げた。
「お見事。人の姿をしておられるが……これだけの数を、一度に。高位の魔将とお見受けする」
薄い唇が笑みの形にゆがんだ。
「それが、人族の飼い猫とは」
「……ブレイジールは、飼い猫なんかじゃない」
「ほう」
次の瞬間、モルグレインの姿が、目の前から消えた。
「では、飼い主から、先にいただきましょう」
耳元で穏やかな声がした。
首筋に、針の先が冷たく触れた。
「――お嬢から、離れろ!」
ブレイジールの怒声が墓所に響いた。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」5-4を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




