エピソード5-5
その声が響ききるより早く、首筋の冷たさが消えた。
気づくと、レギウスは金色の球のなかにいた。球の内側が白く曇って、外はなにも見えない。
かつん、と、なにかが石の床に落ちる音がした。短い悲鳴が上がり、途中で、ぷつりと途切れる。
それきり、墓所は静まり返った。
曇りが晴れると、モルグレインの姿は、どこにもなかった。宙に浮かんでいた小さな金色の球がひとつ、ぱちんとはじけて消える。
ブレイジールが、こちらを振り返った。
「お怪我は、ありやせんか」
レギウスは首筋に手をやった。針の跡は、どこにもない。
「……うん。モルグレインは?」
「ご心配なく。もうこの世から消えやした」
球のなかで、屍兵たちが、糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
レギウスは鉄格子の奥へ駆け寄った。トビは、冷たい床に横たわったままだ。唇は青く、閉じた目は動かない。
顔を寄せると、その唇の間から、かすかに白い息が漏れた。
(……生きてる)
レギウスは、トビの胸に手のひらを当てた。
「《超治癒術》」
白い光が、小さな胸へ流れ込んでいく。青かった唇に、すこしずつ赤みが戻ってきた。
かわりに、レギウスの舌の上に、苦い味が広がった。せき込んだ口元を押さえると、指の間が赤く濡れる。
トビが、薄く目を開けた。その目が、なにもない左の手首で止まる。
レギウスは懐から黄色いリボンを取り出して、細い手首に結んだ。トビは、リボンをじっと見つめていた。
「お嬢。もしかして全員助けるつもりで?」
「後で、いくらでも寝るから!」
ブレイジールが、球をひとつずつ消していく。エプロンの若者にも、白髪のおばあさんにも、レギウスは同じ光を注いだ。そのたびに、口のなかに血の味がした。
暗がりから這い出てきた人たちだけは、光を当てても、二度と目を開けなかった。
しばらくして、地上へ続く階段から、いくつもの明かりが下りてきた。先頭で、あの衛兵隊長が大あくびをした。
「詰所に、誰かが地図を投げ込んでいったんだ。……まったく、こんな夜中に」
(地図……?)
衛兵たちが下りてきた階段を上がると、そこは町はずれの古い礼拝堂だった。
施療院では、グレイン先生と呼ばれていた白い上着の男が、椅子に座ったまま動かなくなっていたと衛兵隊長から聞いた。
その夜、隊長は本当に忙しかった。
夜が明けるころ、運び出された人たちは、詰所の前に敷いた毛布の上にいた。
通りの向こうから、リタが駆けてきた。知らせを聞いて、そのまま飛び出してきたのだろう。髪のリボンが、ほどけかけている。
「トビ……!」
毛布の上で、トビが身体を起こした。リボンを巻いた手首を、姉のほうへ掲げてみせる。
「……姉ちゃん、腹へった」
リタは、泣いているのか笑っているのかわからない顔で、弟を抱きしめた。
それを見届けたとたん、レギウスの膝から力が抜けた。石畳に倒れる前に、ブレイジールの腕が主を抱き留める。
「……ようやく、寝てくれやすね」
言い返そうとしたけれど、もう声にならなかった。
◇
目を覚ますと、窓の外は夕暮れの色に染まっていた。城の客間の、大きな寝台の上にいる。丸一日、眠っていたらしい。
長椅子に、ブレイジールの姿はなかった。
(また、どこかに出歩いてる……)
扉を叩く音がして、金髪の少年が入ってきた。年は、レギウスとそう変わらない。その青い目が、まっすぐにレギウスをとらえた。
少年は、たたんだハンカチを差し出した。洗ってあるが、獅子の刺しゅうの縁には、うっすらと赤い色が残っている。左の袖口から、白い布が覗いた。
「あの晩の……」
「……ドワンテロ大公の息子、セリウスだ」
レギウスは、ハンカチを受け取った。
「近づくなと言ったはずだ」
「医者には、近づいてないよ。あれは、医者じゃなかったから」
セリウスの口の端が、わずかに動く。
「下水道の印も、詰所の地図も、きみでしょ」
「さあな」
セリウスは、窓の外へ目をやった。
「大公さまは、きみが剣も握ったことがないって言ってたけど」
レギウスは小さく笑って、身を乗り出す。
「僕の従者に――」
「断る」
セリウスは、レギウスに視線を戻した。
「魔王が三か月後にあらわれると聞いた。俺はそのころ、もう生きていない」
(もう生きていない……?)
レギウスが言葉を探しているうちに、セリウスは扉へ向かう。
「ハンカチ、助かった」
扉が、静かに閉まった。
しばらくして、ふたたび扉が開き、ブレイジールが顔を出した。
「廊下で、金髪の坊ちゃんとすれ違いやしたよ」
「また、断られた……」
ブレイジールは寝台の端に腰を下ろし、懐から紙の包みを取り出した。包みのなかには、『グリフォンの卵』がひとつ。
「あ、揚げたて……」
「こないだ、お嬢が買ったのを見て、食べてみたくなりやして。これはあっしの分でさ」
レギウスは黙ってその揚げ菓子を取り上げると、半分に割って、片方を従者の手に押しつけた。
「おまえの分」
ブレイジールは、手のなかの半分と、主の手のなかの半分を見比べた。
「……お嬢。そっちのほうが、大きかありやせんか」
「気のせいだよ」
のちに勇者レギウスは、七人の従者とともに、爆炎の魔王アノンを討ち滅ぼすことになる。
だがそれは、まだ、ずっと先の話である――。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」5-5を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




