エピソード5-2
振り下ろされた手は、レギウスの鼻先で止まった。
――ごん。
鈍い音がして、女が手首を押さえ、その場にうずくまる。レギウスと女の間には、なにもない。少なくとも、目に見えるものは。
女の肩越しに、ブレイジールが、ひらひらと手を振ってみせた。
(……手は、振らなくていいから)
「な、なによ、いまの……!」
レギウスは、わざと心配そうな顔をして、首をかしげた。
「どうしたの? 怪我なら、僕が治してあげようか?」
人垣のあちこちで、こらえきれない笑いが吹き出した。女の顔が、みるみるうちに赤くなる。
「ぶ、無礼な! わたくしを誰だと――」
レギウスは、もう女の顔を見ていなかった。見ていたのは、その手だ。
手袋の上で光る指輪は、右手に三つ、左手に四つ。どれにも大粒の宝石がついている。ただ、左手の薬指にだけ、なにもはめていない。そのかわり、そこだけレースが、小さな輪の形にふくらんでいた。
「その手袋、外してみて」
「な、なんですって?」
「外してみなよ、奥さま」
人垣のなかから、声が飛んだ。
近くの果物屋のおかみも、腰に手を当てて声を上げた。
「今朝、うちの店先で見せびらかしてたじゃないか。亡くなった旦那さまの形見だっていう、青い石の指輪をさ」
「い、いいわよ。外せばいいんでしょう! ほら、なにも――」
女は、左手の手袋を力まかせに引き抜いた。
手袋の上にはめていた指輪が、いっしょに抜けて、ばらばらと石畳に散らばる。
後に残ったのは、剥き出しの白い手と、その薬指で光る青い石の指輪だけだった。
広場が、しんとなった。
次の瞬間、笑い声が爆発した。
女は真っ赤な顔で指輪をかき集めると、毛皮の襟巻きをひるがえし、人垣を突き飛ばすようにして逃げていく。花かごの香水だけが、しばらく広場に居残っていた。
(逃げ足だけは、速いんだ)
侍女は、その場に立ちつくしている。果物屋のおかみが歩み寄って、その背中を、ぽんと叩いた。
「よく辛抱したね、あんた」
侍女は、おかみとレギウスを見比べて、何度も腰を折る。
「あの……ありがとうございました。わたし、リタっていいます」
頭を下げた拍子に、袖口がずれて、手首のあざが覗いた。
レギウスは、その手をそっと取った。
「ちょっと、じっとしてて」
あざの上に、手のひらをかざす。
「創造神ソラよ。この者に御身の慈悲を」
手のひらから、柔らかな白い光がこぼれた。重なっていたあざが、端のほうから薄れていく。
リタが、息をのんだ。
「神聖術……? あの、わたし、お代なんて……」
「いらないよ」
レギウスは、リタの袖口をそっと戻した。
「あの人のところへ、戻るの?」
「……ほかに、雇ってくれるところがないんです」
おかみが、リタの肩を抱き寄せた。
「この子はね、弟がいなくなってから、ひとりで頑張ってるんだよ」
「弟?」
「トビっていいます。ひと月前に、薬をもらいに出かけたきり、帰ってこなくて……」
リタは、エプロンの裾をぎゅっと握りしめた。おかみが、苦い顔で首を振る。
「下町じゃ、このところ、ほかにも何人かいなくなっててね。靴屋の見習いも、洗濯場のばあさんも。衛兵に言っても、取り合っちゃくれないのさ」
ブレイジールが、レギウスの耳元に身をかがめてくる。
「お嬢。あっしらの用は、大公子のほうでやすよ」
「わかってる。でも、セリウスは今日は会ってくれないんでしょ。だったら、時間はある」
ブレイジールは肩をすくめて、石畳の隅に光っていた指輪をひとつ、拾い上げた。奥さまが、かき集めそこねたものらしい。
「……へえ。なら、ついでにこいつも届けやしょう。奥さまの落とし物でさ」
詰所へ向かう道すがら、ブレイジールは指輪を陽にかざして、しげしげと眺めていた。
「いい石でやすねえ」
「届けるんだからね」
「へえ、へえ」
(……本当に届ける気、あるのかな)
「ねえ、リタ。トビは、どこへ薬をもらいに行ったの?」
「下町の施療院です。グレイン先生っていう、貧しい者からはお代を取らない、いい先生がいて……。先生も、トビは薬をもらって、すぐに帰ったって」
詰所は、広場の外れにあった。リタを連れて三人で入っていくと、奥の机で、衛兵隊長が口ひげの先を指でひねっている。机の上には、食べかけの腸詰めが転がっていた。
指輪を見せたとたん、隊長は椅子から身を乗り出した。
「ほう、あの奥さまの指輪か。それは、わたしが責任を持ってお届けしよう」
指輪は、隊長の上着の内側へ、あっという間に消えた。
ところが、トビの話になると、隊長はとたんに大あくびをした。
「施療院へ行った小僧が、帰ってこない? どうせ、どこかで遊んでるんだろう」
リタの指先が、エプロンの裾をもう一度つかんだ。
「ほかにも、いなくなった人がいるって聞いたよ。靴屋の見習いも、洗濯場のおばあさんも」
隊長は、面倒くさそうに手を振った。
「わたしは忙しいんだ。用事が済んだなら、早く帰れ」
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」5-2を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
もし、この小説を読んで、すこしでも面白いと思っていただけたら
【☆☆☆☆☆】をタップして、★をいただけると嬉しいです!
ブックマークで応援していただけると、とてもとても嬉しいです!!
あなた様の応援が、何よりの原動力です。よろしくお願いいたします!!
※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




