エピソード5-1
レギウスはブレイジールを連れて、ドワンテロ大公国の首都ウォルツまでやってきた。同じ勇者ガリウスの子孫である、この国の大公子セリウスを従者にするためだ。
その城は、街のどこからでも見えた。丘の上にそびえる灰色の城と、通りという通りにひるがえる橙色の旗。旗にはどれも、翼を広げたグリフォンが縫い取られている。
門をくぐってから城に着くまでに、レギウスはグリフォンを三十まで数えて、あきらめた。
謁見の間で、ドワンテロ大公は、白いものが混じったひげをなでていた。
「大公子が戦えるなら、勇者の従者として旅に出るのが、ガリウスの血を引く者の務めのはずです」
レギウスは、まっすぐに大公を見上げた。
「どうか一度だけでも、大公子に会わせてください」
「務めは、承知しておる」
大公は、ゆっくりと首を横に振った。
「だが、あれは誰とも会わぬのだ。父親のわしでさえ、ここ何年かは、扉越しに声を聞くばかりでな」
(扉越しって……親子なのに?)
大公は、疲れたように玉座の背にもたれた。
「それに、あれは剣など握ったこともない。本ばかり読んでおる子だ。勇者殿の旅の役には立つまい」
(剣が役に立たないのは、僕も同じなんだけど)
それきり、大公は息子の話をやめ、代わりに表情をやわらげた。
「長旅で疲れたであろう。今宵は城で休まれよ。客間を用意させてある」
通された豪華な客間の窓辺で、レギウスは指を折って日にちを数えた。魔王アノンが火の森にあらわれるまで、もう三か月を切っている。従者は、まだひとりしかいない。
そのひとりは、主より先に長椅子に寝そべって、すっかりくつろいでいた。
「荷物を運んでくれたじいさんの話じゃ、坊ちゃんの部屋は、夜じゅう明かりが消えねえそうでさ」
「夜じゅう?」
「本の虫だそうで。引きこもりってのは、夜更かしと相場が決まってやす」
(おまえは、毎日お昼まで寝てるけどね)
ドワンテロの大公子セリウスは、もう何年も城の外に出たことがない――ウォルツの人間なら、誰に聞いてもそう答えるという。
レギウスは窓の外を眺めた。丘の下に、ウォルツの街並みが広がっている。
「……僕、ちょっと街を見学してくる」
「見学、でやすか」
「勇者として、街のようすを知っておくのは大事なことだよ」
ブレイジールは、のっそりと長椅子から身を起こした。
「へえ。甘い物の屋台なら、城下の広場に出てるそうで」
(……なんで知ってるの)
◇
城下の広場では、どこかの屋台が、甘い匂いを惜しげもなく振りまいていた。
屋台の看板には『グリフォンの卵』とある。卵ほどの大きさに丸めた揚げ菓子に蜂蜜をからめ、粉砂糖をたっぷりまぶしたものだ。
「ふたつ」
ブレイジールが、主の財布から銅貨をつまみ出す。
レギウスがかじると、外はさくりと香ばしく、なかから温かいりんごの蜜があふれてくる。ひとつ目をあっという間に平らげ、ふたつ目は紙に包んで、大事そうに胸に抱えた。
「そっちは、どうなさるんで?」
「明日の分」
(でも、これ揚げたてが一番、美味しいよね……)
十歩も歩かないうちに、包みは開かれていた。
「……明日は、ずいぶん早く来やしたね」
「ウォルツの明日は、早いんだよ」
そのとき、広場の甘い匂いを押しのけて、花かごをひっくり返したような香水が漂ってきた。
毛皮の襟巻きに、白いレースの手袋。その手袋の上から、いくつもの指輪を光らせた女が、まっすぐこちらへ歩いてくる。後ろからは、荷物を山のように抱えた若い侍女が、よろけながらついてくる。
女は、ブレイジールの前で足を止めた。
「あなた、いい顔をしているわね。うちの護衛にならない?」
(また始まった)
返事も待たずに、女は小袋を差し出した。じゃらり、と金貨が鳴る。
「お給金は、いまの何倍でも払うわ。こんな小さな子のお守りより、ずっといい暮らしをさせてあげる」
女の目が、レギウスの頭のてっぺんからつま先までをなぞって、鼻で笑った。
(小さな子で、悪かったね)
「ありがてえお話でやすが」
ブレイジールは、金貨の袋を指一本で、女のほうへ押し戻した。
「あっしは、こちらのお嬢ひとりで手いっぱいでやしてね」
女の顔から、笑みが消えた。
まわりで見ていた人々の間から、くすくすと笑い声が漏れる。女の唇が震え、その目が、自分の後ろへ向いた。
荷物の陰から、侍女の目が、ブレイジールに吸い寄せられている。
「……どこを見ているの」
びくりとした侍女の腕から、包みがひとつ落ちた。
「そういえば、今朝から、わたくしのお気に入りの青い石の指輪が見当たらないのよ。……おまえね」
「ち、ちがいます、奥さま。わたし、そんな――」
また、あの奥さまだよ――と、人垣のどこかで、誰かが小声で言った。けれど、前に出る者はいない。
そばかすの残る、十五、六の娘だった。縮こまった肩の下で、袖口から手首が覗いている。そこには、古いあざがいくつも重なっていた。
(あのあざ……今日が、初めてじゃない)
女が、レースの手袋をはめた手を振り上げた。
気がつくと、レギウスは侍女の前に飛び出していた。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」5-1を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




