エピソード4-4
轟音が、すぐそこまで迫っていた。
耳の貝から、声が返った。
『……言われなくても、戻しやすよ』
球が、止まった。
流れに逆らって、川上へ動き出す。
そして川を離れ、崖の上まで引き上げられたところで、金色の光が消えた。
ベンは、地面に手をついて、咳き込んでいた。
レギウスは、その隣に座り込んで、荒い息を吐いている。両腕は肩まで濡れ、髪の先から水が滴っていた。
ブレイジールが、慌ててレギウスに駆け寄ってきた。
「お嬢、ずぶ濡れだ。風邪でもひいたら大変なことになりやす。さっさと宿屋に戻って着替えやしょう」
「大丈夫だよ、ブレイジール。結界を引き上げてくれて、ありがとう」
「……泳げもしねえのに川へ入るのは、これっきりにしてくだせえ」
「入ってないよ。腕だけ」
しばらくすると、咳の止まったベンが、身を起こした。
「……冒険者だった父ちゃんは、まだ俺が小さいころに死んじまって、母ちゃんが女手ひとつで育ててくれたんだ。貧乏だったけど、なんとかふたりでやってこれた。……でも、無理がたたったのか母ちゃんも三年前に死んじまって、俺は村を出た」
茶色い目が、レギウスを見た。
「困ってる奴を助けろが父ちゃんの口癖だったって、ずっと聞かされてきたのに、俺は……なんでこんなになっちまったんだろ」
よろけそうになりながらレギウスが立ち上がると、土に刺さった剣は、まだそこにあった。
レギウスは、柄に手をかける。
持ち上げると、白い刀身が、なんの抵抗もなく土から滑るように抜けた。
(なんで、僕なんだよ……)
小さなため息をついて、レギウスはベンを振り返った。
「本気で変わろうと思ったら、人は変われるよ」
「……勇者さま」
男は膝をそろえ、額が地面につくほど頭を下げた。
レギウスは剣を強く握りしめた。濡れた髪から、水が一滴、落ちた。
◇
三人が山を下りると、街の門には、衛兵が待っていた。
ベンは自分から、両手を差し出す。
縄をかけられながら、一度だけこちらを見たが、口は開かなかった。
レギウスも、黙っていた。
衛兵に連れられていくベンを、ブレイジールが眺めている。
「……最後は逃げやせんでしたね、あの男」
「うん」
◇
翌朝、オスカドの街を出発し、街道をしばらく行ったところで、ブレイジールが足を止めた。
「お嬢」
声が、低かった。
街道の先に、黒い燕尾服を着た背の高い男が立っていた。
長い黒髪。まっすぐにこちらを見ている、その瞳は――金色だった。
ブレイジールが、レギウスの前に出た。
空気が、張り詰める。
男は、身構えもしなかった。それどころか、右手を胸に当て、深々と頭を下げた。
「人族の勇者殿とお見受けするであります」
優雅な声だった。
「我は魔王国アルージュの第十八魔将、マルバンと申します。我が主の使いとして参ったのであります」
「……使い?」
レギウスが、従者の背中越しに言った。ブレイジールの肩が、わずかに動く。
「へえ。魔王の使いが、勇者になんの用で」
「手短に申し上げるであります」
マルバンと名乗った男は、姿勢を戻して、前髪をかき上げた。
「我が主、爆炎の魔王アノンは、三か月の後、火の森にご出現なされます」
風が、街道の草を鳴らした。
「我が主は、人界に単身で来られると仰せなのであります。もちろん、勇者殿は、軍を率いていただいても構わないのであります」
「……なぜ」
レギウスは、従者の肩に手をかけて、前に出た。ブレイジールは、止めなかった。
「なぜ、そんなことを、わざわざ」
マルバンは、眉ひとつ動かさずに答えた。
「我が主は、勇者殿と剣を交えることを、なにより楽しみにしておられるのであります。功を焦った我が魔王国の魔将が、勇者殿の生命を狙うやもしれません。くれぐれも気をつけていただきたいのであります」
(剣で戦ったら、僕なんか一瞬で終わるのに……)
男は、もう一度、一礼した。
「では、三か月の後に」
くるりと背を向けて、街道を歩き出す。
黒い燕尾服が、道の向こうに小さくなって、消えた。
街道に、ふたりだけが残された。
レギウスは、その場に座り込んだ。
「……三か月」
声が、震えていた。
「たったの三か月じゃ……」
(まだ、従者は、ひとりしかいない)
「……間に合わない……」
声が、崩れた。
膝を抱えて、レギウスは泣いた。声を殺さなかった。街道には、誰もいなかった――たったひとりの従者のほかには。
ブレイジールは、立ったまま、それを見ていた。
やがて、しゃがみ込むと、金色の瞳を主の目の高さに合わせた。
「……お嬢」
軽口は、なかった。
「あっしといっしょに、逃げやすか?」
顔を上げたレギウスの頬は、涙で濡れていた。
従者の目をまっすぐに見つめたまま、袖で顔をぬぐう。
「逃げない」
「……へえ」
「僕が逃げたら、たくさんの人が死ぬ」
少女は立ち上がった。膝はまだ震えていた。
腰の白い剣に手を当てて、レギウスは街道の先を見た。
「……行こう」
「へえ」
ブレイジールも腰を上げ、小さな主といっしょに歩きはじめた。
「お嬢、そんな顔して歩かれやすと、あっしが泣かせたと思われやす」
「うるさい」
言い返したとたん、隣を歩いていた長身が、ふっと見えなくなった。
足元で、金色の猫が、澄ました顔でこちらを見上げている。
「……ずるい」
レギウスは猫を抱き上げて、柔らかな毛並みに顔を埋めた。
腕のなかで、猫が小さく「にゃ」と鳴いた。
のちに勇者レギウスは、七人の従者とともに、爆炎の魔王アノンを討ち滅ぼすことになる。
だがそれは、まだ、ずっと先の話である――。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」4-4を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




