エピソード3-6
白い光が、球のなかを満たした。
開いた腹の穴が、内側から縫い上げられるようにふさがっていく。
そして、そこを貫いた力が、そっくりそのまま、レギウスの身体へ移ってきた。
息が、詰まる。腹の底から胸へ、焼けた棒を通されるような熱が走り抜けた。
(まだだ。まだ、倒れない……)
膝が、崩れた。
その肩を、後ろから支えられた。
「無茶をなさる」
「……うるさい」
その、すぐそばで。
若者が、ごほごほ、と大きく咳き込んだ。
「……い、たた……」
「……レェル」
「あれ……おれ、なんで……」
若者は腹をさすった。それから、崩れ落ちた城の上で吠えている巨大な黒い影を見上げて、顔色を変えた。
「主ぃっ! もういいですって! おれ、生きてますってばーっ!」
その声が、夜に響いた。
竜が、動きを止めた。
巨大な首が、地面へ下りてくる。燃えるオレンジ色の目が、瓦礫の上に座り込んでいる若者を映した。
竜の喉の奥から、低い音が長く漏れた。
それは、どうやら、盛大な安堵のため息だった。
◇
夜が明けるころには、あらかたの片付けがついていた。
城は瓦礫の山になったが、下敷きになった者はいなかった。城の兵たちは竜が暴れだした時点で我先に逃げ出していたし、地下にいた者は、ひとり残らず金色の球のなかにいた。
ミレーヌの術が解けたカナン名誉男爵は、瓦礫の上で泣き崩れていた。レギウスは勇者の名で書状をしたため、彼の身柄と奴隷取引を記録した帳簿のいっさいを、ドワンテロ大公家に預けることにした。
夜に連れていかれた娘たちは、とうとう見つからなかった。
子供たちと娘たちは、村へ帰される。
テオが、レギウスの裾を引っ張った。
「お兄ちゃん……じゃなくて、勇者さま。ほんとに女の人だったの?」
「そうだよ。よく男と間違われるけど」
「ううん、かっこよかったよ! 助けてくれて、ありがとう。男でも女でも、勇者さまは勇者さまだよ!」
テオの後ろで、姉が深く頭を下げた。
「……ありがとう、勇者さま」
姉に手を引かれたテオは、見えなくなるまで手を振っていた。
人の輪が引けたころ、瓦礫のわきに、大きな影がふたつ立った。
人の姿に戻ったストークと、その従者だ。腹の傷はきれいにふさがっているのに、レェルはまだしきりに自分の腹をさすっていた。
「まだ痛むの?」
「いや……痛くは、ないんだが。なんとなく」
「世話になった」
ストークは、レギウスの前にやってきた。
「わしは、ガーディアン ナンバーⅢ。竜王ストーク・バルシアンと呼ばれておる」
「竜王って、あの伝説の!?」
レギウスは、目をぱちくりとさせた。
(でも、ガーディアンってなんだ?)
「竜神ドラクに創られ、光の神々とともに魔神と戦ったという八大竜王のひとりでやすか……」
「竜は恩を忘れん。……どうしても助けが必要になったときには、呼べ。どこにいようと、聞こえる」
「あの、それなら」
レギウスは、思わず身を乗り出した。
「僕の従者に――」
「ならん」
「即答!?」
「魔王との戦いには、加われん。わしの神に禁じられておる」
ストークは、すこし目を細めた。
「だが、それ以外のことなら大丈夫だ。困ったら呼べ、勇者殿」
「いつから気づいてたの? 僕、牢では勇者だと名乗ってないよ」
「金の髪に、紅い目。人族の勇者の印くらい、わしでも知っておる」
「最初から!?」
(寝たふりして、ずっと見てたんだ、この人……)
「それなら、本当はあの城に魔族がいることにも、気がついていたんでしょ?」
「ああ」
「なら、なぜあの魔族を止めなかったの? 貴方には止められるだけの力があるのに!」
竜王は、慈愛に満ちた琥珀色の目で、小さな勇者を見下ろした。
「おぬしが勇者であるように、それぞれに神から定められた役割があるのだ。わしらは、人族と魔族の争いに関わることはできん」
「貴方の役割って、いったいなんなの?」
ストークは、その質問には答えず、従者を振り返った。
「レェル。乗れ」
「はい、主」
黒い肌の上を、鱗が駆け上がった。
今度は、ゆっくりだった。角が伸び、背が裂け、翼が開き、巨体がふくれ上がっていく。離れたところから、子供たちが、口を開けて見上げていた。誰も、逃げなかった。
黒い竜が、大きな翼を打った。
風がレギウスとブレイジールの衣服の裾を巻き上げた。
竜は一度だけ、崩れた城の上を大きく旋回して、それから南の空へ、みるみるうちに小さくなっていった。
「行っちゃった……」
レギウスは、へなへなとその場に座り込んだ。
「お嬢。まだ無理はいけやせん」
「ブレイジール。なんで僕、今回は意識を失わなかったんだろう?」
「竜人族は、人族より傷の治りが早いと聞きやす。半分がた、あの若造が自分で持ちこたえたんでやしょう」
「……じゃあ、僕がいなくても」
「いいえ」
ブレイジールは、遠ざかる黒い点を目で追ったまま言った。
「あれは、死んでやした。……お嬢がいなけりゃ」
朝の風が、崩れた城の上を吹き抜けていく。
レギウスの鼻が、ふと動いた。街の通りのほうから、香ばしい匂いが流れてくる。この騒ぎのなかでも、パン屋は今日も窯を開けたらしい。
主と従者の首が、まったく同じ角度で、そちらへ向いた。
「ブレイジール」
「へえ。あっしも、いま同じことを考えておりやした」
「僕、蜂蜜のかかったやつがいい」
「お嬢の拾いもんは当たりが出る、と申し上げやしたがね」
ブレイジールは、レギウスの財布をひょいと取り上げて、袖のなかへ落とした。
「……まさか、竜が釣れるとは思いやせんでした」
「僕、竜を釣った覚えはないよ。っていうか、なんで財布持ってくの!?」
「小魚ひと束に金貨を出すお人に、任せておけやせんので」
(それ、いつまで言うつもりなんだろう)
朝日の当たる通りを、ふたりは並んで歩き出した。
のちに勇者レギウスは、七人の従者とともに、爆炎の魔王アノンを討ち滅ぼし、ガリウス王国の王となる。
そして、国内の奴隷取引を厳しく取り締まり、全国に孤児院と職人を目指す若者のための訓練所を建てることになる。
だがそれは、まだ、ずっと先の話である――。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」3-6を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




