エピソード3-5
届く寸前で、広間の扉が、蝶番ごと吹き飛んで宙を舞った。
「主はどこだッ!」
砂煙のなかから、レェルが飛び込んできた。兵がふたり、まとめて壁まで転がっていく。
そして、その砂煙よりも速いものが、レギウスの視界を横切った。
伸びた女魔族の白い腕が、金色の光の板に阻まれる。
「――お嬢」
絹糸のような金の髪が、鼻先で揺れていた。レギウスを横抱きに抱えたまま、ブレイジールは軽々と広間の端まで下がっていた。
「遅くなりやした」
「……おそい」
「へえ、面目ねえ」
「すっごく、おそい」
「重ねて、面目ねえ」
目の奥が、熱くなった。レギウスは従者の襟をつかんで、早口で言った。
「魔族の対処は後でいい。地下に、子供が七人と、女の人が三人いる。いますぐ出して」
ほんの一瞬、金色の目が、いやそうに細められた。
「……お嬢。あっしはお嬢を担いで、このまま窓から出るつもりでやしたが」
(言うと思った)
「命令だよ」
「へえ、へえ。承知しやした」
ブレイジールが手のひらを向けると、女魔族の前に、金色の光の壁が立ちはだかった。
「長くはもちやせん。急ぎやしょう」
◇
地下の鉄格子は、レェルの手であっけなくひしゃげた。
「みんな、早くここから出て!」
子供たちが、転がるように廊下へ出てくる。赤い髪の娘が、テオの手を引いて最後に出てきた。すれ違いざま、彼女はレギウスを見て、なにか言おうとして、うまく言えずに、何度も頭を下げた。
「お兄ちゃんの迎え、ほんとに来た……」
(来たけど、すっごく、おそかった)
「主っ!」
牢のなかから、鎖の音がした。
「……レェルか」
「いったいなにをなさっているんですか、こんなところで!」
「飯を食った」
「またですか!? だから、店に入る前におれを呼んでくださいと、あれほど――」
「はぐれたのは、おまえだ」
「主が勝手にどんどん先に歩いていくからでしょう!」
(どっちが主なんだか、わからなくなってきた)
ストークは、面倒くさそうに立ち上がった。腕を、ほんのすこし引く。
太い鎖が、ぱん、と乾いた音を立てて、飴のようにちぎれ飛んだ。
「あらあら」
階段の上から声がした。
ミレーヌが、ゆっくりと石段を降りてくる。地下から外へ出る、たったひとつの階段だ。
人の首の下に、白い蛇の胴体がうねっていた。胴体の側面から伸びたものは腕や脚ではなく、幾本もの細い触手だった。
「わたくしのモノを勝手に持ち出すのは、いただけないわ。……それに、あなたたち」
金色の眼が、廊下に固まった子供たちを、ひとりずつ、値踏みするように眺めた。
「今夜は、まだ、いただいていないの」
レェルが、前へ躍り出た。
「下がってろ、人族! こいつはおれが――」
女の白い触手が、伸びた。
速い、と思ったときには、もう終わっていた。
鋭くとがった先端が、レェルの腹を、まっすぐに貫いていた。
「……あ」
若者の口から、赤いものがこぼれる。
触手が引き抜かれ、大きな身体が、糸を切られた人形のように石の床へ倒れ込んだ。
「レェル!」
ストークが従者のかたわらに膝をつき、血まみれの腹に大きな手を押し当てた。
「レェル。……おい」
返事はなかった。
ミレーヌが、甲高い笑い声を上げた。
しかし、笑い声は、すぐに止まった。
地下の空気が、みしり、と鳴った。
ストークが、重たげに顔を上げた。
琥珀色だった目が、燃える炭のように光っている。
「わしの神は言った。なるべく、人を殺すなと……」
黒い肌の上を、同じ色の鱗が、波のように駆け上がっていく。耳の上の角が、めきめきと音を立てて伸びた。
「なるべくだっ!」
背中が裂けて、黒いものが噴き出した。
(翼!?)
巨体が、ふくれ上がる。天井に頭が届き、それでも止まらない。
「ブ、ブレイジール! 竜人族って、竜になれるの!?」
「聞いたことが、ありやせん!」
ブレイジールの声が、裏返った。
次の瞬間、地下の天井が、上へ向かって消えた。
石壁も、梁も、その上の三階ぶんの床も、まとめて夜空へ押し上げられて――そして、崩れた城のすべてが、雨のように降ってきた。
「――お嬢っ!」
金色の光が、球になって開いた。
レギウスと、ブレイジール。倒れたレェル。廊下で固まっていた子供たちと、女たち。その全員を、淡く光る球が、すっぽりと包み込む。
大きな石壁が、梁が、柱が丸ごと降ってきて、球の上で弾んだ。
光はしなって、たわんだ。それでも、割れなかった。
◇
城が、崩れていく。
崩れた城壁の上で、竜が吠えていた。
「お嬢。逃げやしょう」
ブレイジールの額に、うっすらと汗が浮いている。金色の球は、まだ消えていない。だがその光は、最初よりも、目に見えて薄くなっていた。
「あれが火を吹いたら、あっしの結界なんかじゃあ、とても耐えられやせん」
「……止めないと」
「お嬢」
「あれが街に降りて暴れたら、大勢の人が死ぬ」
そのとき、瓦礫の山が、ひとつ動いた。
石をかき分けて、白いものが這い出してくる。ミレーヌだった。半分に減った触手を引きずって、崩れた城壁の切れ目へ向かって、必死に這っていく。
竜の首が、そちらへ向いた。
女魔族は振り返った。その眼が漆黒の巨竜を捉えると、慌てて速度を上げようとした。
黒い爪が、上から降りてきた。
五本の指がミレーヌの身体をまとめて包み込む。持ち上げられた女魔族が、なにかを叫んだ。
竜は、つかんだものを握りしめた。
ぐしゃり、という音が聞こえ、指が開かれると、黒い灰が、さらさらと瓦礫の上に降った。
竜が、ふたたび天を仰いで吠えた。
レギウスは、球のなかで倒れている若者を振り返った。
「あの人を治す」
「……お嬢。あれは、腹に穴が開いてやす」
「うん。知ってる」
「治せば、お嬢が代わりに穴を開けられるのと同じだ。それにもう死にかけてやす」
「わかってる」
レギウスは、もう若者のかたわらに膝をついていた。
腹の傷は、思っていたよりも小さかった。だが、そこから流れ出た血が、石の床を黒く濡らしている。息は、あるかないかだ。
手のひらを、重ねた。
(お願い。間に合って)
「《超治癒術》」
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」3-5を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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挿絵をChatGPTに描いてもらいました!
※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




