エピソード3-4
悲鳴が消えてから、牢のなかでは、誰も口をきかなかった。
「……お兄ちゃん。迎え、まだ?」
「もうすぐだよ」
テオの手は、まだレギウスの袖をつかんだまま震えている。ストークのいびきだけが、のんきに続いていた。
牢の廊下に、足音が近づいてきた。
鍵束の鳴る音。松明の火が、鉄格子の影を床へ長く引き伸ばす。
看守は牢のなかを見まわすと、無造作に指をさした。
「おい。そこの、赤い髪の女。出ろ」
壁ぎわで、若い娘がびくりと肩を跳ね上げた。両腕で自分の身体を抱きしめて、首を横に振る。
「い、いや……いやです」
「上から呼ばれてるんだ。来い」
「いや! 上に行った人、誰も帰ってこないじゃない……!」
鉄格子を開け、牢に入ってきた看守から、娘が身をよじって逃げようとした。
その頬を、男の平手が打った。
「姉ちゃんっ!」
乾いた音が、石の壁に跳ね返る。娘は床へ倒れ、口の端から血がこぼれた。テオが姉に駆け寄った。
「待って!」
声を上げたときには、もう娘のかたわらへ走り出していた。
腫れはじめた頬に、手のひらをかざす。
「創造神ソラよ。この者に御身の慈悲を」
暗い牢屋に白い光が灯り、切れた唇が、みるみるうちに元の形へ戻っていく。
看守が、目を丸くした。
「……なんだ、てめえ。神聖術士か」
「そうだよ」
レギウスは立ち上がり、看守を見上げた。
「この人の代わりに、僕が行く」
「あぁ?」
「僕は、女だ。この人より若い。十五だ」
牢が、静まり返った。
看守が、レギウスを上から下まで眺めた。短い金髪。男物の旅装。
「女? 小僧じゃ、ない、のか?」
「そう見えないのは知ってる。でも、女だよ」
(……今日だけは、信じてもらわないと困る)
看守は、床の娘とレギウスを見比べた。
「……ちっ。まあ、いい。おい、こっちだ、出ろ」
腕をつかまれ、牢から出される。
「お兄ちゃん……!」
鉄格子にしがみついたテオに、レギウスは、小さく笑いかけた。
「姉さんのそばにいて」
引きずられていく背中に、赤い髪の娘が、かすれた声を投げた。
「どうして……どうして、あなたが」
(なんでだろう? でも、上にいるやつを確かめないと)
レギウスは、振り返らずに歩いた。
その小さな背中を、寝転がったままの大男が、片目を開けて、じっと見ていた。
◇
「上って、誰がいるの」
「すぐにわかる」
看守は、それきり口をきかなかった。階段を上るたびに、壁の飾りが派手になっていく。
(ブレイジールが来るまで、時間を稼ぐ)
通された広間は、成金趣味の見本のような部屋だった。
金ぴかの調度品。厚すぎるじゅうたん。壁いっぱいにかけられた、趣味の悪い織物。
(この部屋の織物、人形の服にもしたくない)
その奥の椅子に、太った男が座っていた。傍らには、黒髪の美しい女が、寄り添うように立っている。
男の目は、どこも見ていなかった。
「へえ。たしかに、若いわね」
女が、ゆっくりと近づいてきた。きつい香水の匂いに、なにか、鉄に似た匂いがまじっている。
「顔をお上げなさいな。……あら」
女の指が、レギウスの顎を持ち上げた。
「紅い目。めずらしいこと」
「レギウス・ソフィア・トロワール」
女の指を払いのけて、レギウスは名乗った。
「僕は勇者だ」
部屋の空気が、揺れた。壁ぎわの兵たちが顔を見合わせる。椅子の男が、ぴくりと肩を動かした。
「勇者、ですって?」
女は、くすりと笑った。
「勇者さまが、こんなに小さなお嬢さんだなんて。王さまも、ずいぶんお困りなのね」
(困ってるのは、どちらかというと僕のほうだけど……)
「地下の人たちを、全員解放して。それと夜に連れていかれた人たちは、どこにいるの?」
レギウスは、椅子の男に向き直った。
「カナン名誉男爵。答えて」
男の口が、開きかけた。
女が、手にした扇をすっと閉じる。すると、男爵の口も閉じた。
(扇で口を閉じた?)
「あの子たちなら。もう、いないわ」
代わりに女が答えた。
「……男爵は、貴女に操られてるんだね」
女の赤い唇が、ゆっくりと吊り上がった。
「その人に、なにをしたの?」
「なにも。ただ、わたくしのモノにしただけよ」
くすくすと、女は笑った。笑いながら、その黒かった瞳が、じわりと金色に染まっていく。
「賢い子。ほんとうに、賢い子。……ますます、いただきたくなってしまうじゃないの」
薄い唇の間から、鋭い牙が覗いた。
「知っていて? 勇者の血はね、とびきり甘いんですって。わたくし、一度でいいから味わってみたかったの」
(魔族。女の人たちはもう……)
逃げようとした肩を、後ろから兵につかまれた。
女の白い腕が、ぐにゃりと不自然に曲がり、ゆっくりとレギウスに向かって伸びる。
鋭い爪が、白くて細い首へ――。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」3-4を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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※『記憶喪失勇者』のスピンオフです。本編未読でもお読みいただけます。
※ 本編の800年前の物語です。
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




