エピソード3-1
城が、崩れていく。
石壁が内側から押し割られ、屋根がまるごと滑り落ちた。舞い上がった土煙のなかで、黒い異形が身をよじっている。
竜だった――。
塔よりも高い胴。夜を切り取ったような黒い鱗。背の翼がひと打ちするたび、中庭の敷石が木の葉のようにめくれ上がる。
その真下。崩れた石の海のなかに、金色に光る球体が見えた。
球体のなかには、数人の子供たちと若い女たち。腹を血で染めた若者が、ひとり倒れている。
そして、レギウスとブレイジール。
「お嬢。逃げやしょう」
ブレイジールの額に、うっすらと汗が浮いている。この男が汗をかくのを、レギウスは初めて見た。
「あれが火を吹いたら、あっしの結界なんかじゃあ、とても耐えられやせん」
「……止めないと」
「お嬢」
「あれが街に降りて暴れたら、大勢の人が死ぬ」
膝が、震えていた。
(どうして、こんなことになったんだろう)
すべては今朝、この街に着いたところから始まっていた……。
◇
ドワンテロ大公国の南西のはずれに、ラウゼという街がある。
「本当にこの街なの?」
「へえ。強いのをお探しなら、ここが一番の近道でさ」
「近道って、どういうこと?」
「見りゃあ、わかりやす」
石造りの門の向こうは、にぎわっていた。商人の荷車が行き交い、露店にはよそでは見ない果物が並んでいる。
中央の広場を通り過ぎた街はずれに、木の柵で囲まれた場所があった。
柵のなかには、日よけの布を張った台がいくつも並んでいる。台の上に座らされているのは、品物ではなかった。
人間だった。
手首をそろえて縄でくくられ、うつむいたまま、番号を書いた板を首から下げている。
「ガリウス王国では、奴隷の売買は禁止のはずだよ……」
「へえ。でやすから、ここのは奴隷じゃありやせん」
「どう見ても奴隷だけど」
「“年季奉公の契約”でさ。紙のうえじゃ、誰も売られちゃおりやせん」
「そんな話、誰が信じるの」
「信じなくても、そういうことになっとりやす」
レギウスは、通りの奥にそびえる城を見上げた。街の大きさに不釣り合いな、真新しくて立派な城だった。
「この街の領主は、カナン名誉男爵。もとは香辛料で当てた商人でやしてね。金で爵位を買って、この一帯ごと手に入れた男でさ。でも、そんだけの金をかき集めるんだ。香辛料だけじゃあ、足りなかったんでやしょうねえ」
レギウスは柵のなかに目を戻した。台の一番端に、まだ十かそこらの赤毛の男の子が座っていた。
(こんなの、間違ってる)
「……おまえは、なんとも思わないの」
「思いやすよ。ろくでもねえ」
「じゃあ」
「じゃあ、なにができやす?」
あっさりと切り返されて、レギウスは言葉に詰まった。
「畑が枯れりゃあ、子供を売るしかねえ親も出やす。売られた子は、今日の飯にはありつける。売られなけりゃあ盗みを覚えて、そのうち首を吊られる。あっしはそういうのを、さんざん見てきやした」
「だから、仕方ないって?」
「いいえ。ろくでもねえ、と申し上げやした」
ブレイジールは、自分の主をまじまじと見つめた。
「ただ、それをなくすかどうか決めるのは、あっしでもお嬢でもねえ。王さまの仕事でさ」
レギウスは答えずに、台の端の男の子を、もう一度見た。
「……それで、僕はここで従者を探すわけだ」
「ああいう場所にゃ、たまに掘り出しもんが混じるんでさ。腕っぷしの立つのは値が張りやすが、お嬢の財布なら心配いりやせん」
(買って奴隷にするんじゃない。買って、自由にする。それなら……)
そのとき、ふたりの前を、甘い香りが横切った。
「ちょいと、見ないお顔じゃないの」
「ほんと。旅の方?」
「あらまあ、綺麗な顔してるじゃないか」
通りの奥から出てきたのは、露出の多い、派手な色の服を着た女たちだった。客引きらしい。三人が三人とも、レギウスには目もくれず、まっすぐにブレイジールの前へ回り込んだ。
「ねえ、そこのお兄さん。うちで一杯どう?」
「こんな、真っ昼間からでやすか?」
「昼間っからよ。夜まで待ってたら、あんたみたいないい男、よそに取られちゃうもの」
「へえ、へえ。逃げも隠れもしやせんから、押さないでくだせえ」
(あれは、しばらく戻ってこないな)
レギウスは肩をすくめ、ひとりで柵のほうへ歩き出した。
◇
柵のそばまで来て、足が止まった。
台の一番端。あの赤毛の男の子が、こちらを見ていた。
「……お兄ちゃん」
声が、かすれていた。
「あっちの路地に、妹がいるんだ。……足を怪我して、動けなくて。おれ、ここから出られないから」
子供が縛られた手を上げて、柵の向こうの細い路地を指した。
レギウスは背後を振り返った。従者はまだ、女たちに囲まれている。
「わかった。見てくる」
路地へ一歩入ったところで、後ろから布をかぶせられた。
声を上げる間もなく、薬の匂いが鼻を刺した。腕をつかまれ、足が地面から離れる。
「暴れんじゃねえぞ。おとなしくしてりゃ、痛くはしねえ」
(しまった! ブレイジール……っ!)
布ごしでも、荷車に乗せられたのがわかった。薄れていく意識のなかで、話し声だけが遠くから降ってくる。
「上玉だぜ、こいつ。金の髪だ」
「なんだ小僧じゃねえか。ちっ、女なら五倍はもらえたのにな」
(小僧、じゃ、ない……)
言い返す前に、意識が途切れた。
「勇者レギウス ~最弱勇者と最強従者~」3-1を読んでいただき、本当にありがとうございます!!
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ブレイジールの猫の姿のイメージ画像をChatGPTに描いてもらいました!
※本編へのリンクはあとがきの下にあります!
※この小説は執筆に一部、AIを使用しています。
・自身で執筆した文章をAIに改変させているが、再度全て自分で編集・改稿
・自身で執筆した文章の誤字・脱字チェック




