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「思ったより遅くなっちゃったな」
ランチ休憩の時間帯、教師からの頼まれごとを済ませたヴィヴィアンことアランは、時計を見て呟いた。
リリーが現れて数か月。
預言書のとおり進んでいればリリーは今頃たくさんの友人に囲まれ、ちらほらと告白めいたことをされている時期だ。
けれど現実はまるで違う。相変わらず遠巻きにされ、目が合おうものなら即座に逃げられる。
当初は逆ハーレムを形成しようと躍起になっていたリリーも、あまりに思いどおりにならなさすぎて諦めたようだ。
その分アランへの粘着が酷くなっているが、みかねた教師達に簡単な用事を頼まれるようになり、今のように少しだけリリーから離れる時間も作れるようになった。
(それに今は思ってたより心が平穏なのよね)
なぜならリリーの言動がおかしすぎて、シャルルが恋に落ちる素振りがまるでないから。むしろ本気で嫌がっている。どうなることかと思っていたが、二人の恋愛模様を見なくて済むならその方がありがたい。
(さてと、ここからテラスに行くなら中庭を通ったほうが近いわね)
リリー達と合流するために普段はあまり通らない中庭を横切ることにする。
中庭にはベンチがないので元々人けが少なく、今も5、6人の男子生徒が談笑しているだけだったが、その中の一人がヴィヴィアンに気づき声をかけてきた。
「ヴィヴィアン嬢の親戚の留学生って、お前か?」
声をかけてきたのは上級生のロッド・モンシェールだ。同じ高位貴族なので互いに顔は知っているけれど、特に関わりはない。
ロッドとその取り巻き達は貴族には珍しく悪ぶっているのが格好いいと思っているような集団で、素行もあまりよくないらしく制服も着崩している。見た目がそれなりに整っているので、一部の女子生徒からは人気があるようだ。
ロッドはアランの姿を見て目を丸くした。
「驚くほどヴィヴィアン嬢にそっくりなんだな。それに華奢すぎる。お前本当に男か?」
ロッドの言葉に取り巻き達が楽しそうに笑い声を上げた。
「……あの、」
「俺はロッド・モンシェール、こう見えて侯爵家の三男だ。後継ぎじゃないから気楽なもんだな」
「カーティス子爵家のアランと申します」
「声もかわいいのか。……ヤバいな」
ぼそりと呟いたロッドはなぜかほんのり耳が赤くなっている。
そして突然わけのわからないことを口にした。
「アラン、お前なら俺の隣に置いてやってもいいぜ。その辺の女を連れ歩くよりずっといい」
急になんの話をしだしたんだ。
戸惑うヴィヴィアンに対し、取り巻き達はヒュウっと口笛を吹いて盛り上がっている。
「ちょっとロッド様ぁ、ヴィヴィアン嬢に似てるからって何する気ですかぁ」
「気持ちはわかりますよ!かわいいですからねぇ!」
「俺もイケない扉が開いちゃいそう!」
ギャハハと笑い声が響き渡る。
公爵令嬢のヴィヴィアンに絡んでくることはなかったので知らなかったが、こんなに品位に欠けるのかと呆れた。
(でもこういうヤンチャ?な男性に惹かれる子もいるっていうものね。怖いもの見たさってやつかしら)
そんなことを考えていたらロッドが近づいてくる。
そしてヴィヴィアンの肩を組んでぐいっと引き寄せた。
「え?ちょ、ちょっと!やめてください!」
「男同士なんだから別に構わないだろ」
(そ、そういうものなの?!)
確かに男同士で肩を組んでいるのを見たことがある。それに相手は高位貴族、払いのけるのもよくなさそう。
でもアランの中味はヴィヴィアンで、ヴィヴィアンは男性から肩を組まれるなんて初めてだ。
「なあ、昼飯食ったか?俺が奢ってやろうか。何が食べたい?ん?」
なんか優しいし!どういうこと?!
混乱しているとドンッ!という音があたりに響き、気付けばロッド達全員が尻もちをついている。
「な、なんだ?!何が起こったんだ?!」
「くそ!尻がいてぇ!」
すると後ろから声が聞こえた。
「ああ、痛かったですか?でも仕方ないですよね、先輩方」
振り向くと、両腕を組んだシャルルがものすごく不機嫌機な顔をして立っている。シャルルの周りにはいくつもの氷の破片がバリバリと音を立てており、今にも刺してきそうな勢いにロッド達は顔を青くした。
「シャ、シャルル・マジェスター!」
「モンシェール先輩、アランはヴィヴィアンの親戚って知らなかった?」
「そ、それは……!」
「これ以上の関わりは不要でしょ。それがわからないなら」
「わ、わかった!わかったから!もう近づかないと誓う!」
シャルルの氷が勢いよく弾けるのを見たロッド達は慌てて立ちあがり、そそくさと逃げていった。
その背中を睨みつけていたシャルルにひとまずお礼を伝える。
「あの、ありがとう、シャルル。でもなんでここにいるの?リリー達とテラスにいると思ったんだけど」
「君が中庭に向かったからね。モンシェールとかち合うと思ったんだ」
ロッド・モンシェールとそのとりまき達は普段から中庭にたむろしているらしい。
だとしても彼らと遭遇することになんの問題があるのか。
「幼い頃、あいつに泣かされたことがあるでしょ」
「泣かされた?」
「同世代の子供達が城のお茶会に集められたとき。リボンを取られたの、覚えてない?」
「それは覚えてるけど」
「でもその相手がモンシェールだってことは忘れてるね」
「…………」
図星だった。
あの日は両親に、幼馴染メンバー以外とも交流を持ちなさいと言われて知らない子達とテーブルを囲んだ。そのとき隣にいた男の子に妙に気に入られて、髪を結んでいるリボンが欲しいと勝手に取られてしまったのだ。
あまりの乱暴さに泣き出してしまうとシャルルが飛んできてリボンを取り返し、その男の子を追い払ってくれた。しかもぐちゃぐちゃになった髪が恥ずかしくて涙が止まらないヴィヴィアンを、転移術で部屋まで連れていってくれたのだ。
突然消えた二人にその場は混乱したらしいが、ヴィヴィアンはなにより嬉しかった。
だからあの出来事はロッドにされたことよりも。
(シャルルかっこいい!好き!っていうドキドキの思い出なのよね……)
そんなことは言えないので黙っていると、シャルルが眉間に皺を寄せた。
「ねえ、それよりなんでその格好だとガードが緩くなるの?肩なんか組ませる必要なくない?」
「だって、男同士なら構わないだろって言われて急に」
「だとしても逃げることはできるよね」
「で、でもシャルルだって言ってたじゃない!男同士なんだから過剰反応するなって!」
「僕がいつそんなことを」
「最初にこの恰好をしたときに!僕の髪をさ、触って、頭もその、撫でたりとか……!」
モゴモゴ言っているとシャルルが目を丸くして、天を仰いだ。
「僕が発端か……」
「え?」
「いや。……あのときのことは忘れて。ちょっとからかっただけだから」
「やっぱりからかってたの?!」
「そういうわけでもないんだけど」
「え?なんて言ったの?」
「なんでもない。とにかく男同士だろうと拒否すればいいから。わかった?」
「わ、わかった」
「じゃあいこっか。聖女候補がうるさいし」
そう言ったシャルルはヴィヴィアンの手を掴んで歩き出した。
「ちょ、ちょっとシャルル!男同士でも触るのはやめた方がいいんでしょ!」
「今は急いでるから緊急事態。それとも僕と手を繋ぐのは嫌?」
「そ、そんなことは言ってないじゃない!」
「ならいいよね。でも他の男は駄目だから」
(っ!それって)
まるでやきもちを焼いているみたいじゃないか。
固まったヴィヴィアンに気づいたのか、シャルルは立ち止まって振り返りヴィヴィアンの顔を覗き込んだ。
「ヴィヴィは男装しててもかわいすぎるんだから、もっと気をつけて」
「な、なに言ってるのよ」
「ヴィヴィがかわいいって言ってるの。いつでも、どんな恰好をしてても。昔からずっとね」
そう言ってまた歩きはじめる。
シャルルに手を引かれながら、ヴィヴィアンは顔が真っ赤になっていくのを止められなかった。
(シャルルの馬鹿!そんなこと言わないでよ……!)
浮き立つ気持ちをぐっと抑える。
今も昔も深い意味なんてなくて、ただ褒めてくれただけ。よくある社交辞令。だからまた勘違いするなと自分に言い聞かせる。
でもそれでも。
シャルルにかわいいと言われるのはやっぱり特別で、飛び跳ねた鼓動が音を鳴らし続けた。




