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「シャルル様ぁ、アランくーん、こっちよ、こっちぃ!」
テラスに着いたヴィヴィアン達にリリーが手を振った。
声が大きすぎて周囲の生徒達から避難の目を向けられたが、リリーはこれをイケメンを侍らす自分への嫉妬だと思ってるのでドヤ顔で周囲を見返す。同じ席についているセレスティンは無表情、ノアは呆れ顔をした。
定位置となったリリーの隣にヴィヴィアンが腰かけると、リリーがいつものように話し出した。
「聞いてよ!あのムカつく教師が酷いのよぉ!」
リリーの話は盛るどころか捏造レベルなので、適当に相槌を打っていると食事が運ばれてくる。ヴィヴィアンとシャルル、セレスティンとノアはいつもと同じ日替わりランチ。そしてリリーの前には数量限定サンドウィッチプレートが置かれた。
うわ、コレは例のヤバいやつ。
全員がそう思ったとおり、リリーは手で掴んだサンドウィッチをパクンと頬張り、その食べかけをセレスティンに差し出した。
「今日のサンドウィッチはチキンが入ってて美味しいわ!セレス様も食べてみて!はい、あーん」
最初にリリーがこれを言い出したとき、その場にいる全員が固まった。カラトリーを使うならともかく、なぜ赤の他人がいったん口に入れたものを差し出すのかと。平民だって食べかけを渡すのは家族や恋人などよほど親しい間柄だけだ。
預言書にも似たようなエピソードはある。リリーが手作りクッキーを持ってきたのだが、甘い物が苦手なセレスティンは断るのだ。
『セレスティン様も食べられるように甘さ控えめにしたんです。一度だけ食べてみてください!はい、あーん』
笑顔のリリーを拒否できず、あーんをさせられたセレスティンは照れながらも「美味しいです」と言ってリリーを喜ばせる。それを見ていたシャルルが「僕にも食べさせて」と強請り、ノアが無言で口を開ける。クリストファーが「お前達、行儀悪いぞ!」と言いながら物欲しそうにチラチラして、リリーを笑わせるシーン。
でもそれはあくまでクッキーであって、リリーの歯形がついたサンドウィッチではない。ましてリリーが握りしめたせいでパンは潰れ、中味がデロンと飛び出してしまっている。
セレスティンは即座に拒否した。
「いえ、結構です」
バッサリ切ったセレスティンはリリーと目も合わさない。
「なによ!セレス様ってツンばっかじゃない!じゃあシャルル様、はい、あーん」
「何度も言っているけど僕は潔癖なんだよね。食べ物をシェアなんてとんでもないよ」
「もう!細かいわね!じゃあノア様、あーん」
「騎士たる者、そのような食べ方はしない」
「食べる人だっているわよ!アラン君!あーんして!」
さすがのヴィヴィアンも無理だった。
「……申し訳ないけど、僕はチキンのサンドウィッチが苦手なんです」
「はあ?!アラン君、この前は卵のサンドウィッチも苦手って言ってなかった?!好き嫌い多すぎじゃない?!」
「……すみません」
「もう!みんなしてなんなのよ!だいたいなんでクリス様はいないの!全然会ってないわよ!」
「クリストファー殿下はお忙しくて」
「この前もそう言ってたじゃない!」
ゴオッと風が巻き起こり、ヴィヴィアンとシャルルが瞬時に抑えた。またかとうんざりだ。
それでも収まりきらないリリーが魔力を放出させるので、ヴィヴィアンはふぅっと息を吐いて笑いかける。顔が引きつっているのは許してほしい。
「リリー嬢、サンドウィッチは駄目だけど、フルーツは食べたいなぁ、なんて」
プレートにあるデザートのイチゴに目を向けると、途端にリリーの機嫌がよくなった。
「もしかしてあーんしてほしいの?」
「う、ううん、そう、かな……?」
「キャハ!もーう、アラン君てば見かけによらず積極的なんだからぁ!かわいい顔して実は肉食系なのね!うふふ」
リリーがイチゴをフォークで差してヴィヴィアンに向ける。
「はい、アラン君、あーん」
「あ、あーん」
「どう?美味しい?」
「う、うん。美味しい、かな?」
「アラン君てば照れちゃって!でもダメよ、リリーはみんなのリリーなんだから」
そう言いつつもヴィヴィアンの腕に絡みついて至近距離で微笑んでくる。機嫌がよくなってなによりだけれど、こちらは神経がごっそり削られた。
ノアが首を傾げる。
『みんなのリリー?誰がいるんだ?』
『気にしないでください。誰もいませんから』
『そうそう。僕達もあくまで仕事だし』
『仕事って言うならもうちょっと頑張りなさいよ!』
『『『…………』』』
黙り込んだ三人はそっと目を逸らしたが、セレスティンが思い直したようにフムと頷いた。
『……そうですね。予定より早いですがやってみましょうか。シャルル、例の準備はできていますか?』
『昨日で動作確認も終わったし、いつでもいけるよ』
『では進めましょう』
シャルルは自身の付けているタイピンをそっと擦り、セレスティンに頷く。それを確認したセレスティンがリリーに向けて優しく微笑んだ。
「ところでリリー嬢、そろそろ貴族のマナーを身に着けませんか?僭越ながら私がご教授しますよ」
「うわっ!!まってまってセレスの微笑み!なんで急にデレたの?!ヤバい直撃したわ!」
「落ち着いてください、リリー嬢。そろそろ貴族のマナーを覚えましょうか」
セレスティンの笑顔に見惚れているリリーに、シャルルも声をかける。
「そうだね。元は市井育ちでも男爵令嬢になったんだし。どうせなら魔力コントロールも覚えない?」
「いいですね。私がマナーを、シャルルからは魔術を習いましょう」
「それなら俺は剣を教えよう」
「「「それはいらない」」」
能筋ノアはともかく、セレスティンとシャルルはリリーの更生を試みる。
これにはれっきとした理由があるのだけれど、リリーは取り付く島もなかった。
「聖女にマナーなんていらないわ。それに私は将来王妃になるんだし。魔力コントロールだってシャルル様とアラン君がいてくれれば問題ないでしょ。ねー、アラン君」
お前なんかに王妃は無理、なんて常識はおいておき。
にっこり笑ってくるリリーにアランも微笑み返す。
「僕もマナーやコントロールを身に着けた方がいいと思います」
「アラン君までそんなこと言うの?リリーを困らせるなんてダメよ」
そう言ってぷーと頬を膨らませるリリー。最近のお気に入りの仕草だ。
当然だが貴族令嬢からは程遠い。
『マナーを覚える気ゼロだな』
『それもですが、王妃発言は問題視されるでしょうね。シャルル、映像はとれていますか?』
『バッチリだよ。あとは勝手に自滅してくれるでしょ』
シャルルのタイピンは起こった出来事を映像として記録できる魔道具になっている。その内容を元に、リリーを聖女に覚醒させるのか、はたまた不適合の烙印を押すのかが決定する。
ヴィヴィアン達にしてみれば不適合一択だけれど、上層部の中にはせっかく現れた聖女候補なのだから、と惜しむ声もあり、リリーの言動を記録することになったのだ。
さきほどの会話からリリーに向上心がないことは丸わかり、どころか妄言まで吐いた。
あとはいつもどおり魔力暴発でも起こせば……なんて思っていたら突然両頬を掴まれる。
『ヴィヴィ!』
シャルルの念話とともにバリッという音が聞こえてリリーが悲鳴を上げた。
びっくりして見ると、リリーが涙目になって口を抑えている。
「いったーい!なんでアラン君までシールド張ってるのよ!せっかく私がキスしてあげようとしたのに!」
ハァァ?!
ちょっと待って!キスって言った?!
恐る恐る幼馴染を見ると、彼らは顔を青くして頷いた。
『今のは本当に間一髪でしたよ。シャルル、よく間に合いましたね』
『さすがに焦ったよ。ちょっと加減を間違えちゃった』
『それぐらいいいだろ。勝手にキスしようとしたんだから。しかも口に』
ぞわっと鳥肌が立った。
胸を押し付けてくる時点で貞操観念が緩すぎるとは思っていたけれど、まさかキスまでされそうになるとは思わなかった。シャルルがいなかったらどうなっていたことか。
(信じられない!私のファーストキスなのに!!)
こわい、こわすぎる。もう理解不能。
「リリー嬢、そういうことは冗談でもやめてください」
震える声でそう言うと、リリーはにやにやと笑った。
「やだぁ、アラン君たら照れちゃってぇ。リリーとキスできるの嬉しいくせにぃ。キャハ!」
ダメだこいつ!やっぱり無理!!
ヴィヴィアンは人生で初めて、人の頬を力いっぱい張り倒したいと思った。
それからも毎日リリーに胸を押し付けられ、フルーツを食べさせられるという苦行に耐えた。ときには唇を狙われそうになるものの、シャルルの鉄壁のシールドによって回避できている。
それでも痴女相手に何をされるかわからないというおかしな緊張感が付きまとう。
(もうすぐだから。あと少しで終わるから……!)
げっそりしながらも、ヴィヴィアンは極秘任務である“聖女候補をちやほやする”を頑張った。
そうしてようやく。
待ちに待った日がやってきた。




