6
「……え?クリス様?」
「愛称で呼ぶなと言っただろう!立場を弁えろ!」
冷たく言い放つクリストファーにリリーは目を丸くしているが、ヴィヴィアンだって驚いた。
ブチ切れてどうするんだ、と。
『ちょっと殿下!言い方きつすぎっ!ちやほやするんじゃなかったの?!』
『だがこの女、気持ち悪いだろ』
『そんなこと言って!右ならえになっちゃいますよ!』
見ると幼馴染達の口角が上がっている。これはダメだとヴィヴィアンは思った。
「もう、なによ!初期のクリスってこんななの?!結構面倒くさいわね。まあいいわ、セレス様ぁ!」
リリーはぶつぶつ言いながら今度はセレスティンにひっつこうとした。しかしサッと避けられる。
「ホワイト嬢、あなたの距離の取り方はあまりに不適切で許容しかねます。それから私のことも愛称で呼ぶのはやめてください。不愉快です」
無表情ではっきりと拒絶するセレスティンには隙がない。
リリーは困惑しながら、今度はシャルルの腕を掴もうとした。だがその瞬間バリッと音がしてリリーが小さく悲鳴をあげる。
「僕は潔癖症だから常にシールドを張ってるんだ。その証拠にほら、手袋もかかせないんだよね」
「……そんな設定なかったと思うけど」
「だから僕には近づかないでね」
リリーがまたぶつぶつ呟いているが、シャルルはそれを無視して微笑んでいる。
シャルルが潔癖症だなんて聞いたこともないので、最初からこうするつもりだったようだ。らしいといえばらしい。
思ったようにならない男性陣にリリーはムッとしつつも、ノアに近づいていくのだが。
「やめてくれ。なにかあったときに剣が抜けないのは困る」
「なんで?!学園じゃなにも起こらないから大丈夫よ!」
「そういう問題じゃない。騎士として両腕は常にあけておく、基本中の基本だ」
ノアのこれはリリーにだけではない。いつものことだ。
けれどノアにまで拒否されたリリーは怒りを爆発させた。
「なによ!こんなのおかしいじゃない!私は聖女候補、“わた聖”のヒロインなのよ!!」
言った瞬間ゴオッとものすごい風が舞った。
『シャルル!ヴィヴィ!』
『まかせて!』
『大丈夫です!』
突然リリーから魔力が放出されたのだが、シャルルとヴィヴィアンが瞬時に霧散させる。
イラついて魔力を放出するなんて子供かと言いたいが、コントロールがうまくいっていないのは明白だ。聖女候補になったことで跳ね上がった魔力量が凄まじく、ヴィヴィアン達が抑え込まなければ天井に大穴が開くところだった。
けれどそれよりも。
『なにやってるのよ、あなた達!ちやほやはどうなったの?!』
『命令した殿下が気持ち悪いって言ったんだからいいんじゃない?』
『そうですね。冷たく手を払った殿下より、我々の方が幾分良識がありますね』
憤慨するヴィヴィアンにシャルルとセレスティンがしれっと答える。思ったとおりの返答が返ってきてしまい、ヴィヴィアンはクリストファーを睨み付けた。
『殿下!どうするつもり?!』
『……ま、まあ、過ぎたことは仕方ない。ここはやはり、ヴィヴィの出番だな』
『はあ?』
『そうですね。ヴィヴィ、彼女の手をとって差し上げなさい』
『そうそう。女性同士、ヴィヴィが一番適任だね』
言われてしまえばそのとおりだ。
リリーの言動をみるかぎり、下手に近づくと幼馴染達が押し倒されそうだ。すると彼らは容赦なくリリーを突き飛ばす。怒ったリリーが半年経たないうちに聖女候補から脱落……これはありえる。
「……ホワイト嬢。わた、僕がエスコートします」
ヴィヴィアンが手を差し出せば、機嫌のよくなったリリーが手を乗せてくる。さらに指を絡ませぎゅっと握り込んできた。市井の恋人同士達がやる、恋人つなぎというやつだ。
女性であるヴィヴィアンなら問題ないけれど。
捧げられた生贄のようだと思いながら、無言でリリーに従った。
学園から戻ったヴィヴィアンはクリストファーの執務室でぐったりしていた。
あの後学園を案内したのだが、リリーは気に食わないことがあるとすぐ魔力を放出する。何が気に食わないかというと、皆の態度がそっけないからだ。
クリストファーとセレスティンは冷めた態度で常識を説こうとし、シャルルは笑みを作りながらも一切をシャットアウト。ノアは我関せず。そのたびに宥めるのがヴィヴィアンなのだ。
そのせいで、たった一日でリリーはアランにべったりになってしまった。
「ヴィヴィ、よく頑張ったね」
「そうですね、上手でしたよ」
さすがに悪いと思ったのか、シャルルとセレスティンが紅茶とお菓子をヴィヴィアンの前に置く。でもそんなものでは誤魔化されない。
「セレス!ノア!シャルル!あなた達極秘任務はどうなったのよ!なんでちやほやするのも宥めるのも私だけなの?!」
「だって、ねえ?」
「ええ。言いだした張本人が逃げたわけですから」
シャルルとセレスティン二人はクリストファーにチラリと視線を送る。見られたクリストファーは口笛を吹いて誤魔化そうとした。
「殿下!」
「お、怒るなヴィヴィ、さすがに今回は私が悪かった。だが今さら取りやめるわけにはいかないしな。うーん、そうだな、ヴィヴィ。これが終わったら、聖女にちなんで望みをひとつ叶えてやろう」
「望み?」
「そうだ。だが私にできることに限られるぞ?まあ王太子である私なら大体のことは可能だろう。だから半年頑張ってくれ」
それを聞いていた幼馴染達の目がキラリと光った。
「殿下にできることならなんでもいいんだね」
「それは楽しみですね」
「うむ。何がいいだろうか」
三人の言葉にクリストファーが慌てふためく。
「ちょっと待て!お前達には言っていないぞ!」
「何を言っているのですか。私達は同じ任務を請け負っているというのに」
「まさかヴィヴィだけ贔屓するの?フランチェスカ様がなんて言うかな」
「待て!フランに言うのは反則だ!」
ワイワイガヤガヤやっているが三対一。どうせクリストファーが負けるのだ。さっさと受け入れればいいのに。
そんなことを思いながらもヴィヴィアンは考える。
(望み、か。そうね、叶わない望みならひとつだけあるけど……)
ヴィヴィアンはシャルルの背中をチラリと盗み見る。
未練たらしい自分に気づいて、苦笑した。




