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「おねえさまぁ、シャルぅ、どこにいるのぉ?」
みんなと一緒に散歩していたはずなのに、小鳥に気を取られている間に気づけば誰もいなくなっていた。
しんと静まり返った広い庭園に一人ぼっち。怖くなってぐずぐずと鼻を鳴らしているとがさりと音が聞こえた。
「ヴィー!やっと見つけた!」
「シャル!うわあああん!」
「ごめん、ごめんね。すぐに見つけられなくて」
そう言いながらシャルルがよしよしと頭を撫でてくれる。同い年なのに、今はちょっとだけお兄さんになったみたいだ。
「ほら、泣いたらかわいい顔が台無しだよ」
「だってぇ」
「じゃあヴィー、僕の秘密の名前を教えてあげる。アリスティードだよ」
「アリスティード?秘密の名前があるの?」
「そう、真名っていうんだ。本当は大人になるまで使っちゃダメだからみんなには内緒ね」
「内緒なの?私に言っちゃってよかったの?」
「うん。だってヴィーは特別」
“特別”
その言葉がなんだか温かく感じて、頭を撫でながらにっこり笑うシャルルの笑顔がいつもより輝いてみえる。
気づいたら涙は止まっていて、かわりに胸の奥からトクトクと音が聞こえた。
恥ずかしいのにうれしい、そんな気持ちは初めてで――
ゆっくりと意識が浮上したヴィヴィアンは、窓から差し込む日差しに目を細めた。
どうやら昔の記憶を夢に見ていたようだ。
幼馴染の中でも同い年のシャルルとはとりわけ仲が良く、いつもセット扱いされていた。互いを「シャル」と「ヴィー」と呼び合い、気づけば隣にいるのが当たり前だった。
そんなシャルルに“特別”と言われて、シャルルも同じ気持ちなんだと嬉しくなって。
「それで私、シャルルのこと好きになっちゃったのよね……」
自覚した、の方が正しいのかもしれない。
後から知ったことだが、マジェスター家では膨大な魔力を制御するための措置として真名を持つそうだが、成人までは魔力が不安定になるので使用を禁じられているらしい。
名乗ったことがバレてしまったシャルルはこっぴどく叱られたが「ヴィーには知っておいてほしかったから」と言ってくれたのがとても嬉しかった。
けれど初恋は実らないとはよくいったものだ。
なんてことはない。シャルルにとってヴィヴィアンは幼馴染の中で特別枠。恋愛うんぬんではなかったのだ。
そもそも二人とも互いの家を継ぐ立場なので発展しようもないのに、育ててしまった恋心はあまりに大きくなりすぎて今でもくすぶり続けている。
ヴィヴィアンははぁっと大きく息を吐いた。
今日はいよいよヒロインとの面会がある。それが不安であんな夢を見てしまったのかもしれない。
「見ていて痛々しいのよね。預言書の中の私」
預言書のヴィヴィアンは完全に片思いを拗らせており、シャルルがリリーに構うのが許せず距離が近いだの会話するなだのとギャアギャア騒ぎ立て、物を隠したり足を引っかけたりと幼稚な嫌がらせに必死になっている。
しかも引きずっている想いを隠そうとしているのか、セレスティンとノアまで嫉妬の対象にしているので、何がしたいのかわけがわからず周囲をドン引きさせるだけ。
もう本当やめてほしい、預言書の私。
ベッドから降りたヴィヴィアンは鏡の前に立った。
腰まで届く青銀色の髪と淡い紫の瞳。フランチェスカ曰く、冷たさを感じさせる寒色系は悪役令嬢の定番らしい。ちなみに姉も似たような色合いできつめな美人、ヒロインは当然魅力溢れた可愛さを持っている。
預言書のとおりであればシャルルはヒロインに恋をするのだ。
(それを間近で見ていないといけないなんて、どんな苦行なのよ……!)
しかも男装した姿で。虚しすぎる。
それを課したクリストファーに怒りを覚えるけれど、シャルルの恋路を邪魔するつもりはないしヒロインを虐めるなんて絶対したくない。
(でもあんな怪しい発言をする女性と恋に落ちるかしら?)
それならそれで逆に諦めがつくかも。
少しだけ前向きになれたヴィヴィアンは準備のために侍女達を呼んだ。
◇
午後の学園。
指定された空き部屋にヴィヴィアン達は集まった。いよいよここに聖女候補がやってくる。
男装の準備もばっちりだ。
長かった髪を顎のラインまでばっさりと切り、瞳と同じ淡い紫色にした。貴族令嬢が肩より上に髪を切ることは出家とみなされるので、短いだけでも男の子に見える。さらしを巻いて胸を潰し細いウエストを補強、制服であるシャツにネクタイ、ジャケットを羽織れば小柄な男子生徒の出来上がりだ。
そんなヴィヴィアンを見たシャルルが目を見開き、なぜか困った顔をした。
「なに?どうしたの、シャルル」
「髪。切っちゃったんだね」
「魔力ですぐ伸ばせるもの。少しでも男の子に見える方が大事でしょ。似合わない?」
「似合ってるよ。ただちょっとびっくりしただけ」
シャルルが名残惜しそうにヴィヴィアンの髪をさらっと撫でた。その感触で今朝の夢を思い出し、必要以上に動揺してしまう。
「な、なに勝手に触ってるのよ!」
「ヴィヴィ、言葉使いに気を付けないとおかしいことになるよ」
「わかってるわ……わかってるよ!」
言い直してぐぬぬとなったヴィヴィアンにシャルルがクスクスと笑った。
「練習した方がいいかもね」
「練習?」
「そう。言葉使いと、あと男同士ってところもね」
そう言ってシャルルが再び手を伸ばしてくる。
「ちょっとシャルル!」
「ほらまた過剰反応。男同士なんだから、ね?」
いたずら心か本気なのか、シャルルが屈託なくにこりと笑うので反論もしにくくなり、ヴィヴィアンはされるがままになった。サラサラと髪を優しくすかれ頭を撫でられ、くすぐったさと緊張にドキドキしてくる。
(男装してるからって、そんなふうに触らないでよ……)
男同士なら髪に指を通すのもアリなのか。いや待て、それもおかしくない?!
そもそもなぜこんなことになったのか。勝手に熱が上がり、顔が赤くなるのがわかった。
「ねえヴィヴィ、顔が赤いよ?」
いちいち言わなくていいから!
恥ずかしくて俯いたヴィヴィアンの耳に、セレスティンとノアの会話が聞こえてくる。
「おやおや。危険な香りがしてきますねぇ」
「危険な香りってなんだ?」
ちょうどそのときクリストファーが入室してきた。シャルルの手が離れたので、ヴィヴィアンはようやくホッと息をつく。
クリストファーはヴィヴィアンを見て満足げに頷いた。
「ちゃんとかわいい年下枠におさまったな。えらいぞ、ヴィヴィ」
頭を撫でようと手を伸ばしてきたのでサッと避ける。もう十分シャルルに撫でられた。
「おい、なぜ逃げる?未来のお義兄様だぞ?」
「だからなんですか。今回のこと、私はまだ納得していませんからね」
「そう言うな。今日は私も同行するから。それによく見ろ、お前の幼馴染達を。あれで本当に大丈夫といえるか?」
そんなふうに言われて、ヴィヴィアンは改めて三人を見た。
セレスティンは肩下まであるアイスグリーンの髪を後ろで緩く結び、切れ長の瞳は鋭く常に冷静、表情もあまり動かない。確かにクールなお兄様枠だ。
ヴィヴィアンにとっては頼りになる存在だが、性格はなかなか厳しく容赦ない。相手を正論でやり込め精神的に追い詰め、心を折ることを得意としている。時々クリストファーがやられて暗い影を背負っており、フランチェスカに慰められていた。
シャルルは淡いカフェオレ色の柔らかそうな髪に、前髪の隙間から覗くたれ目がちな瞳が色気を感じさせる甘い顔だち。お色気枠にも納得だ。
けれどシャルルは好き嫌いが激しく、こちらも容赦がない。物理的に。
気に食わない人物には魔法をかけて半径十メートル圏内に入らせない。以前しつこく言い寄っていた女子生徒は、同じクラスだというのにシャルルの席から真逆の場所にしかいられなくなった。おかまいなしにシャルルが動くので、彼女は時々壁にめり込むように押し付けられている。
ノアは意志の強そうな黒い瞳が印象的だ。短く整えられた同色の髪、凛々しい顔立ちと逞しい体、護衛という立場上帯剣を許されており、精悍な騎士枠とはなるほどといえる。
彼は先ほどの二人とは違ってきつさはない。だが能筋寄りで話題の9割は剣か鍛錬ばかり。一緒にいたいなどと言おうものなら、深層の令嬢だろうと一緒に校庭を走らされる。
(よくよく考えれば、この面子でちやほやなんてできるの?)
ヴィヴィアンが無言でいると、クリストファーがぼそっと呟く。
「な、わかるだろ?見た目は極上だが、性格に難がある奴ばかりだ。その点お前なら適度な距離を保ちつつ、なんとかやり過ごせるだろ?」
「それなら一番まともな殿下が加わるのがいいと思います。キラキラ王子様枠、空いてますから」
「そんな枠は存在しないぞ!とにかくお前だけが頼りだ、アラン・カーティス!」
今回の男装にあたり、ヴィヴィアンはアラン・カーティスと名乗ることになった。ヴィヴィアンの遠縁で他国からの留学生という設定だ。
「ヴィヴィ、今日からはアランですね。男装もよく似合っていますよ」
セレスティンはヴィヴィアンには笑みを見せたが、クリストファーには無言の圧力をかけて彼を震え上がらせている。極秘任務は他言無用なので、恋人のフィオナに説明なく聖女候補をちやほやしなくてはならないのを怒っているのだ。今回の件を引き受ける変わりにと、クリストファーになにやら一筆書かせていた。
その横ではノアがそわそわとしている。
「ノア、どうしたの?」
「この集まりのせいで鍛錬が足りなかった。だから落ち着かない」
いつものことだった。
「お前達、ピアスはつけてきたな?」
クリストファーが確認してくるので全員がピアスを見せた。このピアスは今回のためにシャルルが作ったもので、五人全員で念話ができるようになっている。
「よしよし。極秘任務らしくていいじゃないか」
クリストファーが満足そうに言うので四人で睨みつけていると、教師からお呼びがかかった。
するとシャルルが急に手袋をはめ出す。
「どうしたの?それ」
「ん?コレ?念のためだよ」
手袋をはめた手をひらひらしてきたシャルルに意味が分からず、ヴィヴィアンは首を傾げたがそれ以上突っ込まなかった。
さあ、いよいよ聖女候補とご対面だ。




