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「またここに来ることになるなんてね……」
王太子クリストファーの執務室の前で、ヴィヴィアンはハァっと大きな溜め息をついた。
扉の向こうでは幼馴染達がいつもどおり執務に追われていることだろう。
以前はヴィヴィアンも同じくクリストファーの側近として精を出していたが、フランチェスカが留学に行く際に側近を降りた。
表向きは、いくら妹とはいえ婚約者が不在の中で異性が出入りしてあらぬ噂を立てられないため。けれど実際はヴィヴィアンが彼ら、いや、彼と離れたかったから。
なのに今回はクリストファーからお呼びがかかってしまい、こうして執務室にやってきている。
正直帰りたい。帰りたいが、そんなわけにもいかないので、ノックをしたあと扉を開いた。
「待っていましたよ、ヴィヴィ。久しぶりですね」
最初に声をかけてきたのは宰相子息のセレスティン・ルーズヴェルト。二つ年上の彼はクリストファーと同い年で、学生の身でありながらすでに国政に関わるほど能力に長けており、重鎮達からの信頼も厚い。常に冷静沈着で頼りになる兄のような存在だ。
「久しぶりね、セレス。相変わらず忙しそうだわ」
「ヴィヴィが抜けた穴を埋めるのは大変ですよ。ノアは役にたちませんしね」
剣を片手にうずうずしていたノアがセレスティンの肩をぎゅうっと掴んだ。
「セレス、役に立たないなら俺は訓練場で鍛錬してきてもいいか?」
「駄目ですよ、ノア。殿下に言われたでしょう、ここで待機しておけと。強く掴んでも変わりませんよ」
「ヴィヴィは行ってもいいと思うよな?」
「ヴィヴィが了承しても駄目ですからね」
相変わらずの二人の会話にヴィヴィアンは笑った。
フランチェスカと同い年、一歳上のノア・シンフォニーは騎士団長子息で本人も素晴らしい腕を持っており、同世代で右に出る者はいない。鍛錬が趣味で見てのとおり能筋寄り。いつもは護衛としてクリストファーに張り付いているが、今は極秘会議のため執務室で待機を命じられているらしい。
そしてもう一人。
「ヴィヴィ」
振り返ると、シャルル・マジェスターが嬉しそうに目を細めている。
「僕だって久しぶりなんだから、僕にも挨拶してよ」
「なに言ってるのよシャルル。同じクラスなんだから久しぶりもなにもないじゃない」
「でも僕が話しかけてもヴィヴィは素っ気ないじゃん」
「当たり前でしょ」
なにせシャルルは国が誇る魔術師の総本山、名門マジェスター家の次期当主。幼いうちに才能を開花させた彼は天才の名をほしいままにしている。同じ魔術師達から羨望の眼差しを集め、甘いマスクを持つシャルルを射止めたいと願う女性は多く、面倒事に巻き込まれたくない。
(そもそも学園で仲良くするなら、側近を降りた意味がないじゃない)
そんなことを口に出すつもりはないけれど。
ここにいる三人とヴィヴィアン・フランチェスカ姉妹、そして王太子クリストファーの計六人が幼馴染で、皆気心の知れた関係だ。その流れからヴィヴィアンもクリストファーの側近を勤めていた。
「それにしても会議が長引いていますね。十中八九、先日現れた聖女候補のことでしょうけど」
セレスティンの言葉に、執務室に緊張感が走った。
妄言だと思っていたフランチェスカの話から1年と数か月、本当に聖女候補が現れたことに正直皆がビビっていた。
「フランチェスカ様のアレ、まさか本当だったなんてね。あのときは笑っちゃって悪かったな」
「仕方ありませんよ。聖女候補が現れるなんて眉唾ものでしたし、預言書なんて言われても困惑しかありませんでした」
「聖女候補って今神殿にいるんだよね。うちに派遣要請があったんだ」
「魔術師のですか?なにかあったのは間違いありませんね」
「だね。でも僕達には関係ないよ。聖女候補なんかに関わるつもり無いし」
「それが一番でしょうね」
シャルルとセレスティンの会話を聞いていたヴィヴィアンは遠い目をした。
(私だってこれっぽっちも関わりたくないわ。でも逃げたかったのに殿下がダメっていうから!)
聖女候補が現れたとき、姉の話が現実味を帯びて怖くなったヴィヴィアンは、自分も留学したいと願い出た。
嫉妬に狂って、なんて馬鹿なことをするつもりはないけれど、ヒロインに恋する彼の姿を見たくなかったのだ。
けれどクリストファーに却下されてしまった。
「自分は絶対浮気なんてしないから、それを見届けてフランに報告してくれ!」と。必死の形相で頼み込んでくるクリストファーに頷くしかなく、結局は今に至る。
零れ落ちそうになる溜め息をグッと飲み込んだき、執務室の扉が開きクリストファーが戻ってきた。
「よしよし。ちゃんと来ているな、ヴィヴィ」
「要請がありましたので」
「そんな嫌そうにするな。私だって聖女候補が現れたのは不本意なんだぞ」
そのせいでフランが、とか、フランとのめくるめく学園生活が、とかぶつぶつ言っているが、こんな愚痴は聞き飽きるほど聞いている。
クリストファーが執務机の椅子にどかりと腰かけたので、その周りを四人が囲んだ。
「早速だが本題に移ろう。聖女候補に関して、お前達に極秘任務を与える」
「極秘任務ですか?」
「そうだ。だがその前にヴィヴィ、聖女について知ってることを言ってみろ」
ヴィヴィアンは神妙な顔で口を開いた。
「聖女候補は突如、自然に現れます。きっかけは定かでなく、ある日突然候補者の額に聖印が現れ、数年経つと聖印が金色に輝き聖女に覚醒します。覚醒すれば人智を超える力を有するとか。ですがここ何代も候補者は覚醒していないと歴史書には記録されています」
「そうだ。そこまでが一般的な知識だろう。そしてここからは私も知らなかった機密内容だ」
聖女候補が本物の聖女になるには、実は条件があるらしい。それは候補になった者の「望み」を叶える必要があるそうだ。
例えば読書が好きな候補者にはありったけの本を、穏やかな生活を望むのであればその環境を。そして候補者が幸せに満ち足りた上で他者の幸せを願えば、ようやく聖女として覚醒する。
「候補者の望みを叶え、聖女として覚醒したのち国に貢献してもらうのが通例だ。だが過去、望みが叶えられなかった場合や、自分の幸せだけを願った場合、候補者は聖女に成り得ず脱落する。さらに例外的に、わざと覚醒させない場合もある。バカな望みを口にし、聖女になるには“不適合”と烙印を押された場合だ。だから歴代の候補者でも聖女になれなかった者は多い」
覚醒できないのは力が足りなかったためと世間一般では思われている。それが不適合の烙印まであるとは、まさに国家機密だ。
「なぜ不適合とされるような人物が、聖女候補に選ばれるのですか?」
セレスティンのもっともな疑問に、ヴィヴィアン達も頷く。
「候補となるのはあくまで魔力の資質で、人間性は関係ないらしい。だからこそ聖女候補の“望み”が重要になる。私利私欲が強い者を聖女にするわけにはいかないからな。その理由は知らせず、候補になった者に望みを聞く。なにがしたいか、どうしたら幸せになれるか」
そこでハッと思い出した。
「もしかして、お姉様の預言書にあった神殿での会話って……!」
「そうだ。あれが聖女候補の人となりと試す質問らしい」
フランチェスカの書いた預言書、即ち“私、聖女になります!”という物語の中では、聖女候補となったヒロインと神官長との間にこんなやりとりがある。
『幸せになるために、あなたはなにを望みますか?』
『“この国の平和”です。私は半分貴族の血を引いていますが、市井で育って幸せでした。それってこの国が平和で安全だからです。だからこの先も平和が続きますようにって』
ヒロインの気立ての良さが現れている会話だ。作中でもほっこりしたエピソードになっているとフランチェスカが言っていた。
(そういう意味では、今回の聖女候補はかなり優秀といえるわね)
望みを聞かれて“国の平和”だなんてなかなか言えることじゃない。
フランチェスカが自分の立場を脅かす存在として不安に思うのも無理はないと思ってしまう。他の側近達も同じように思っているのか、沈黙が続く。
そんな中でクリストファーが意味ありげに口の端を上げた。
「預言書はあくまで預言書、事実とは異なる。現にフランも留学してるしな。そして今回の聖女候補だが、間違いなく不適合だ」
「不適合?なぜですか?」
「本人が、自分はヒロインだから聖女になると言い張っている」
「ヒロイン?!それってまさか!」
「聖女候補も預言書の内容を知ってるってこと?!」
驚くヴィヴィアン達に、クリストファーはフンと鼻を鳴らした。
「そのようだな。それで聖女になって王太子の、つまりは私の婚約者になるらしい。ま、ありえんけどな。そんな彼女の望みは“イケメン達にちやほやされたい”だ」
なんだって?




