19
翌日の放課後。
ヴィヴィアンが学園の中庭に向かうと、そこにはすでにリリーがいた。彼女はヴィヴィアンを見るとフフンと鼻先で笑った。
「私の命令どおり、一人で来たようね」
「……ソウデスネ」
昨日あれほど時間をかけて計画を練ったにもかかわらず、朝来てみれば机の中にリリーからの手紙が入っていた。
“放課後、誰にも内緒で中庭に来なさい”
聖女候補とはいえ公爵令嬢にあんな手紙を書いて来てもらえると思っているところが相変わらずだが、手っ取り早くこの手紙に便乗することにしたのだ。
「それで、なんの御用でしょう」
「すぐにわかるわ」
そのとき後ろからぐいっと手首を掴まれ、ガチャンという音があたりに響く。
その瞬間、自分の魔力が体からすうっと抜けていくのを感じた。
「キャハハハ!やったわ!魔力が高いくせに背後の人影に気づかないなんてバッカじゃない?!」
(気づいてたに決まってるでしょ)
魔力うんぬん関係なく、後ろからカサカサ音がすれば誰だってわかる。むしろ振り向かないようにするので精一杯だった。
「あんたもよくやったじゃない!上出来よ!」
「お、おお。まままま任せろよ」
「はあ?なにどもってんのよ。まさか今さらビビってんの?!」
「し、仕方ないだろ。相手は公爵令嬢なんだか……ふぐぁぁぁあっ!!」
ヴィヴィアンの周りに強い風が巻き起こり、リリーの異母兄が吹っ飛んでいった。気づけばシャルルにギュッと抱きしめられている。
「ヴィー、大丈夫?怪我は?」
「大丈夫よ、シャル。ありがとう」
腕輪をつけられたらシャルルがすぐに助けにくるのは予定どおり。
けれどあの攻撃力ましましな暴風をまとっての登場はやりすぎなのでは。異母兄が遠くで失神しているのがみえる。腕とか折れていないといいけど。
ヴィヴィアンの言いたいことが伝わったはずのシャルルは、ピリピリした空気をまといながら冷笑した。
「ヴィーに危害を加える奴に配慮なんかいらないでしょ」
諭しても無駄だろうなと察した。
物陰から登場したセレスティンがノアとともに衛兵達に指示を出す。
「あの二人を拘束してください」
「「「はっ」」」
魔力封じの腕輪を他人に使った以上、リリーも異母兄も犯罪者確定だ。
あまりにスムーズすぎて拍子抜けしてしまうが、リリーが暴れまくるので衛兵達がたじたじになっている。
「私にこんなことしていいと思ってるの?!あんた達には天罰が下るんだからね!」
聖女候補に天罰が下るなんていわれたら衛兵達の腰がひけるのも無理はない。
セレスティンとノアがヴィヴィアンの元に近寄った。
「ヴィヴィ、大丈夫でしたか?」
「ええ。問題ないわ。セレスとノアもありがとう」
「近くで待機していただけだからな」
「……近くで待機?」
暴れていたリリーがぴたりと止まる。
「どういうことよ!」
「ヴィヴィがあなたに呼び出されたと聞きましたから、当然でしょう」
「当然って……!」
リリーはそこでハッとした。
悪役令嬢のはずのヴィヴィアンの周りにクリストファーの側近達が集まり、リリーは衛兵達に腕を掴まれている。居るメンバーが多少違うが、罪を犯したフランチェスカが拘束されるシーンと瓜二つ。ただし自分の立ち位置が真逆になっている。
リリーは真っ赤になって唇を震わせた。
「なんで、こんな!こんなのおかしいじゃない!なんでこんなことになってんのよ!」
叫ぶリリーに全員が呆れた顔をし、シャルルがうんざりするように口を開く。
「なんでって、君が魔力封じの腕輪なんか使ったからでしょ」
「で、でもあんた達は私に付くはずじゃない!なんでそんな女を助けるのよ!」
「婚約者なんだから僕が助けるのは当たり前だよね」
「そうじゃなくて!そもそも二人が婚約するのがおかしいのよ!」
「おかしくないよ。だって僕はずっとヴィーが好きだったんだから」
「………は?好き?」
「そうだよ」
シャルルはヴィヴィアンを抱きしめていた腕をいったん解き、後ろに回って抱きしめ直す。いわゆるバックハグになった。
「ヴィーってね、初めて会ったときすごく緊張してたんだけど、僕の顔みたらにっこり笑ってすっごくかわいかったんだ。そのときから僕はずっとヴィーが好き。家の都合で引き離されちゃったから時間はかかったけど、ようやく求婚できたんだよ」
嬉しそうに笑ったシャルルは「ヴィーかわいい」「僕のヴィー」なんて言いながら、これ見よがしに頭に頬ずりしたりキスしたりしてくる。惚気ているようでちょっと恥ずかしい。
リリーはあんぐり口を開けた。
“わた聖”の中ではヴィヴィアンとシャルルはただの幼馴染で、引き裂かれた恋人のような描写はまったくない。
「え?え?昔から好き?」
「そうだよ」
「え……、待って。じゃあ私は?私のことはどうなの?好きだったのよね?」
「全然」
「ぜ、全然?!嘘でしょ?!だって口説いたりしてきたじゃない!」
それは小説の中での話。
だけれどリリーの中では現実と物語がごちゃ混ぜになっているようだ。自己投影しすぎたのかもしれない。
「なにを勘違いしているのか知らないけど、僕は一度もリリー嬢を口説いたことはないよね」
「う、うそ」
「嘘なわけないじゃん。よく思い出してよ。セレスとノアはどう?リリー嬢は僕らが彼女に味方すると思ってるみたいだけど」
セレスティンは呆れたように首を横に振り、ノアは肩を竦めた。
「ありえませんね、違法魔道具を使用する方の味方なんて。捕縛対象でしかありません」
「俺もだ。犯罪者を擁護する気はない」
「そ、それは!でもセレス様もノア様も私のことが好きでしょ!」
「それこそありえません。そもそも私が好ましいと思うのは、背が高くスレンダーで落ち着いた女性ですので」
婚約予定のフィオナがまさにそんな感じの女性。リリーとは真逆のタイプだ。
「う、嘘よ!」
「嘘ではありません。もうすぐ婚約しますし」
「こ、婚約?!そんなの知らない!」
「言ってませんから。言う必要もありませんし」
「そ、そんな!で、でもノア様は私が好きでしょ!」
「好きじゃない。俺にはミスリーがいる」
「ミスリー?!誰よそれ!」
宝物庫のミスリル剣だ。
言うとややこしくなるので誰も説明しないけど。
「これでわかった?誰もリリー嬢のことを好きじゃないんだよ。僕達は仕事だから一緒にいただけ」
「う、うそ」
「だから嘘じゃないってば。もし万が一僕達が君のことを好きになるとしたら、それはもうまったくの別人だね」
「べ、別人?!」
「そうだよ、別人。それによく考えなよ。君って聖女候補っていう割には我儘だしすぐキレるし、努力も嫌いで横柄だし。そんな女性がモテるわけないじゃん」
暗に、お前だって別人だろと言われたリリーは納得できないのかワナワナと震えた。
「こ、こんなの、全然違う。こんなはずじゃないわ。だって私は選ばれて転生したはずだもん!絶対そうよ!………わかったわ。あんた達は別人じゃなくて、全員偽物なのよ!」
「何をいって」
「うるさい喋るな偽物のくせに!あんた達なんて全員消えればいいのよ!そうしたら本当の“わた聖”が始まるんだわ!偽物のあんた達なんて用はないのよ!さっさと消えちゃって!!」
叫ぶのと同時に、今までとは比にならないほどの魔力がリリーの中で触れ上がる。これはさすがにまずいとシャルルと抑えつけようとしたのだが――
「え?」
膨れ上がった巨大な魔力がシュルシュルと霧散した。全員が唖然としていると、セレスティンがあることに気づく。
「ああ、ようやく聖印が消えましたね」
言われてみると、リリーの額にあった聖印が跡形もなく消滅している。だから魔力も消えたのだとわかった。
セレスティンはすぐさま衛兵達に指示を出し、彼らはリリーを拘束する。
「なにすんのよ!私は聖女候補なのよ!こんなことしていいと思ってるの?!」
「いえ、リリー嬢はもう聖女候補ではありません」
「なに言って」
「額の聖印が消滅しました。その証拠に先ほど魔力が暴発しませんでしたね。聖印と同時に高濃度の魔力もなくなりましたから」
セレスティンに言われてリリーは茫然とした。理解が追いついていないようだ。鏡があれば見せてあげられるけどそんなものは手元にない。
「聖女候補でもないあなたはただの罪人です。彼女を地下牢に収監してください」
「「「はっ!」」」
「ち、地下牢?!なに言ってるのよセレス!ちょっとあんた達、離しなさいよ!私を誰だと思ってるのよ!私はもうすぐ聖女になるのよ!未来の王妃……ちょっと引っ張らないでよ!こんなことしてただで済むと思って、イタッ!痛いって言ってるでしょ!引きずらないでよ!早く手を放して!放しなさいってばぁぁぁあああ!!」
ぎゃあぎゃあと元気に騒ぐリリーは衛兵達に引きずられていった。
呆気にとられていると、シャルルが顔を覗き込んでくる。
「どうしたの?ヴィー。ぼんやりしてるね」
「……ねえシャル、これでもう本当に終わったのよね?」
「えー、終わってもらわなくちゃ困るよ。もう相手するの無理」
「そうね、そうよね。私ももう無理だわ」
セクハラされながらちやほやするのも、暴言を吐かれながらイチャイチャするのももう限界。
本当によく頑張ったと思う。
「お疲れ様、ヴィー」
「うん。シャルもお疲れ様」
ようやく肩の力が抜け、顔を見合わせてフフっと笑った。




