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そうはいっても極秘任務はまだまだ続く。シャルルとのイチャイチャ作戦は決行中だ。
「このクッキー美味しいよ。はい、ヴィヴィ、あーんして」
「あ、あーん」
「どう?」
「お、美味しいわ」
「よかった」
嬉しそうに微笑むシャルルに、ヴィヴィアンは表情筋を駆使して微笑む。まるで少し前のリリーとアランのよう。どうして皆食べさせたがるのか。
以前回避したはずなのになぜこうなったかというと、シャルルに言われてしまったのだ。
『リリー嬢とアランがやってたことを、恋人同士の僕達がやらない理由ってなに?』
言い返す言葉がみつからず、今に至る。
向かいには鬼の形相をしたリリーがいる。シャルルの殺気を浴びて以来ヴィヴィアンを怒鳴ることはなかったが、ものすごい表情をするようになった。そのせいかリリーの聖印がどんどん濁っていく。作戦は順調だった。
そんなある日。
リリー含むいつものメンバーでお茶をしているとき、シャルルが唐突にヴィヴィアンにプレゼントを渡してきた。リボンで結ばれた小さなかわいい箱だ。
「ヴィヴィ、開けてみて」
なんだろうと思って開けてみると、そこには美しく輝く石の嵌まった指輪があった。
「これって、もしかして人工魔石?!」
「そう。ようやく完成したんだ」
「すごいわ、シャルル!おめでとう!」
シャルルが人工魔石の開発に力を入れていたのは知っているし、なんなら途中まで手伝っていた。シャルルは人工魔石ができたらプレゼントすると言ってくれていたのだ。
(でも、指輪は……)
恋人からのプレゼントとしてアクセサリーはよくあるが、指輪だけは意味合いが違う。指輪は婚約の証明書代わり、つまり結婚相手がすでにいますよという証になるのだ。
ヴィヴィアンは戸惑った。これは任務、恋人のふりをしているだけ。深い意味を持つ指輪をもらうわけにはいかない。
けれど目の前にはリリーもいる。ここで断ってしまえばこれまでの積み重ねが台無しだ。
迷うヴィヴィアンにシャルルは指輪を箱から取り出して、ヴィヴィアンの指にスッとはめる。
「うん、サイズもちょうどいいね。魔力もいっぱい込めたからお守りにもなるよ」
「シャルル……」
「僕の気持ちだよ。受け取って?」
ヴィヴィアンは泣きそうになった。いろんな気持ちが入り混じる。
そこにバンッという机を叩く音が響いて、ヴィヴィアンもシャルルもビクッとなる。
机に手をついて立ち上がったリリーが叫んだ。
「なにやってんのよ!私は何を見せられてるのよ!そんなのは二人のときにやりなさいよぉおおお!!!」
それはそのとおり。
初めてリリーがまともなことを言ったな、と皆が思った。
◇
放課後。
クリストファーの執務室で、ヴィヴィアンは本棚の前いるシャルルの背中に目を向けた。
側近を降りたはずのヴィヴィアンだったが忙しそうにしている幼馴染達を放っておけず、なし崩し的に仕事を手伝っている。ちなみにクリストファーは会議中のため不在だ。
意を決したヴィヴィアンは指輪を外してケースにしまい、シャルルに差し出した。
「シャルル、これは受け取れないわ」
「……なんで?」
いつもより低いトーンで話すシャルルは表情も無くなっている。
重苦しくなった空気を変えようと、ヴィヴィアンは誤魔化すように笑った。
「だって私達は恋人のふりでしょ?指輪なんて大げさだわ」
「……」
「それにこういうものは本物の婚約者に渡さなくちゃ。でしょ?」
うまく笑えているかわからないけれど、できるだけ明るい口調を心掛ける。
指輪をじっと見ていたシャルルは苦しそうに瞳を伏せた。
「じゃあ、聖女候補の件が終わるまではつけていて。リリー嬢の前で渡したんだから、なくなってたらおかしいでしょ?」
「それは…そうだけど」
「それで、いらなくなったらポイッと捨ててくれればいいから」
「そんなことできないわよ!」
「……そっか。でももう少しだけつけてて」
シャルルは苦しそうに笑みを浮かべながらケースから指輪を取り出し、ヴィヴィアンの指に嵌め直した。
「あ、そうだ。魔石の資料もまとめないといけないんだ。研究室に行ってくるよ」
呼び止める間もなくシャルルは執務室から出ていってしまった。
ヴィヴィアンは再び自分の指に嵌められた指輪を見つめる。
(シャルルがあんな顔するなんて……)
自分は何かを間違えているのだろうか。けれど何が正解なのかわからない。
ぐっと眉間に皺をよせたとき、ノアから声を掛けられた。
「ヴィヴィ、なぜお前は指輪を返そうとする?」
「なぜって……」
「お前の気持ちはどこにあるんだ?お前はどうしたい?」
ノアの直球な質問に口を噤んだ。一方通行の気持ちを口にするのは勇気がいる。ましてヴィヴィアンとシャルルの間には未来がない。
黙り込むヴィヴィアンにノアは困ったように笑った。
「お前達はちゃんと話し合うべきだ。それができるのだから。俺とは違って」
「……どういう意味?」
「俺はお前達のように話し合うことも、もっと言うなら会うことすらままならない。それでも俺は想い続けている。5年前にたった一度しか会ったことがない彼女、ミスリーを」
ヴィヴィアンは目を見開いた。ノアにそんな女性がいるとは知らなかった。いつも剣か鍛錬ばかりだと思っていたのに。
「なぜ会えないの?」
「ミスリーは滅多に表にでられない。いつも王宮の奥深くで大切にされている。だが俺は彼女を忘れることなんてできない」
「王宮の、奥深く……?」
長く王宮に通っているがそんな女性の話を耳にしたことがない。もしかすると何か隠された事情があるのかもしれない。
切なげな顔をしているノアにどう声をかけようか迷っていると、セレスティンがこめかみをぐりぐりと抑えた。
「ノア、なにを余計なことを」
「余計なことではないぞ、セレス。俺の大事な思いだ。それを馬鹿にするな」
「……。別に馬鹿にはしませんけどね」
セレスティンは呆れ混じりに溜め息を吐いた。
「ヴィヴィ、ノアの言うミスリーとは女性ではありません。というか、性別なんて誰にもわかりません。なぜならただの剣ですから」
「え?剣?」
「ミスリル剣ですよ。王宮の奥深くというのは宝物庫のことです」
ヴィヴィアンは一気に脱力した。やっぱりノアはノアだった。勝手に愛称までつけてるし。
そんなノアは「ただの剣というな。彼女は素晴らしい剣だ」とセレスティンに詰め寄っている。擬人化するのはやめてほしい。
呆れていると扉が開き、クリストファーが戻ってきた。
「お前達、待たせたな。大臣の話が長くて疲れ……お?!ヴィヴィ!とうとうやったな!」
「?なんのことです?」
「なにって指輪に決まってるだろう。シャルルから受け取ったんだな」
指輪を目ざとく見つけたクリストファーが訳知り顔でうんうん頷いた。
「いやあ、よかったよかった。一時はどうなるかと思ったがこれで安心できるな。シャルルの長年の苦労も報われるってものだ」
「気が早いですよ、殿下。ヴィヴィはシャルルに指輪を返そうとしてますから」
セレスティンに言われてクリストファーがギョッとする。
「指輪を返す?!え?……あー、まあそうか。遅すぎた春というやつだな。こればかりは仕方がないのかもしれんが。……そうか、シャルルはフラれるのか。お前ら、ちゃんと慰めてやれよ。傷を抉るような真似はしてやるな」
クリストファーがしみじみと言う。セレスティンとノアに視線を向けられたヴィヴィアンは戸惑った。
シャルルがフラれる?長年の苦労?意味がわからない。
「殿下、今の話はなんですか?シャルルの長年の苦労ってなんです?それにシャルルがフラれるって表現はおかしいですよね?私達はお互い跡取りですし指輪を返すのは当たり前だと思うんですけど」
ヴィヴィアンが並べ立てるとクリストファーは目を丸くした。
「ちょっと待て、ヴィヴィ。お前はレッドフォード公爵から後継制度の話は聞いてないのか?」
「後継制度?特に聞いていませんけど」
「嘘だろ!公爵家の跡取りにかかっていた制限が撤廃されたことだぞ?それがシャルルの望んだ褒賞なのも知らないのか?!」
「し、知らない!初めて聞いたわ!」
ヴィヴィアンが目を見張ると、クリストファーは「マジか!」と声を張り上げた。
建国時より王家の血をひく三つの公爵家、ヴィヴィアンのレッドフォード家、セレスティンのルーズヴェルト家、そして嫡男が第二王子の側近をしているアンデルセン家は代々、持ち回りで王妃を輩出しており、血の純度を保つために直系が跡を継ぐことを習わしとしてきた。
けれど迎え入れていた王家側の血が濃すぎることが問題となり、今となっては当たり前のように侯爵家、場合によっては伯爵家からも王妃を選出している。
そうなればもはや公爵家が直系に拘る必要もないのだが、しきたりを重んじる意見もあり改定には及ばずにいた。
「それがここにきてようやく撤廃されたんだ」
「……それが、シャルルの褒賞?」
「そうだ。人工魔石を完成させたからな。侯爵家のシャルルが公爵家の制度に口を出すことに難色を示す者もいたが、三公爵が賛成したことで決定したんだ」
「それならお父様も?」
「もちろんそうだ。それもあってお前達のイチャイチャ作戦に両家も賛成したんだ。なぜ公爵がお前に伝えていないのかわからんが」
クリストファーはヴィヴィアンをまっすぐ見る。
「シャルルが寝る間も惜しんで研究していたのは後継制度をなくすため。次々くる縁談話を断り続けているのも、近寄ってくる女性に見向きもしないのも、全部お前との未来のためだ」
(私との未来のため……?)
人工魔石の研究がヴィヴィアンを後継制度から解放するためのものとは思いもしなかった。だってヴィヴィアンはシャルルからなにも聞いてない。ならこの指輪は?シャルルの想いはもしかして?
気持ちが勝手に高揚していく。
セレスティンが口を開いた。
「私達はヴィヴィがご両親からこの話を聞かされているものと思っていました。当然シャルルもです。ですからあなたが指輪を返すということは、私達からすればシャルルが完全にフラれたとしか」
「そんなつもりないわ!」
ヴィヴィアンが強く否定すると三人はやれやれという顔をした。
「ならヴィヴィ、シャルルの研究室に行ってさっさと誤解を解いてこい」
「そうですね。何年もかけて魔石を開発したのに、指輪を返されそうになったのですからショックも大きいでしょう」
「自棄になってるかもな」
「っ!いってきます!」
ヴィヴィアンが慌てて扉に向かうと、クリストファーが呼び止める。
「勢い余って、なんてことになるんじゃないぞ。貞操は守るんだ」
「急になにを言ってるのよ!」
顔を真っ赤にさせながら執務室を出た。




