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「婚約?私に婚約の話があるの?」
夕食の席で父に言われ、ヴィヴィアンは目を丸くした。
シャルルからはまだ何も言われていなかったけれど、いよいよなんだと自然に頬が緩む。けれどすぐに冷水を浴びせられた。
「相手はサリヴァン伯爵家の次男だ。歳はヴィヴィのふたつ上だな」
「実直な子らしいわ。夫人達の間でも評判がいいのよ」
「真面目な彼ならヴィヴィの補佐役としても」
「ま、待ってお父様!お相手は、シャル……シャルルじゃないの……?」
戸惑いが隠せないヴィヴィアンを見て、両親は困惑顔をした。
「マジェスター家が実力主義なのは知ってるな。シャルル君はあの年ですでに次期当主に確定している。それは覆らないだろう」
「それはわかってるわ!だから私が嫁ぐ形で!」
「それはできない。フランが王家に嫁ぐ以上、お前はこの家を継がなくてはならない」
「でも叔母様が従弟を養子にすれば問題ないって言っていたわ!」
すると父が険しい顔をした。
「あいつはヴィヴィにまでそんなことを……。確かに血縁者を養子にして跡を継がせるというのはままあることだ。お前を嫁に出してマジェスター家と縁を結ぶのは政略的にも悪くない。だが公爵家には後継制度がというものがあって、直系が継ぐのが習わしなんだ」
「それは家庭教師から習ったわ!でも叔母様が抜け道があるって言ったの!跡取りの私が進言したら許可が下りるって!」
「そんなことで許可は下りない。例外としては子がいなかった場合のみだ。直系のお前がいる以上養子は取れないし、お前を嫁に出すことはできない」
恋愛結婚をした叔母だったが、しがない子爵家での生活は思った以上に辛かったらしい。ヴィヴィアン達姉妹を嫁に出して自分の息子を公爵家の後継ぎにと言い出した。それは無理だと何度言っても聞く耳を持たず、最近は疎遠にしているそうだ。
けれどそれまで頻繁に出入していた叔母は、跡取りのヴィヴィアンを懐柔しようとしていたのだろう。
「でも、だって……。それじゃ……」
叔母の話を鵜呑みにしていたヴィヴィアンは呆然自失になった。
「ごめんなさい、ヴィヴィ。お母様は体を壊してもう子供が産めないの。あなたに弟か妹ができればよかったのだけど……」
悲し気に俯いてしまった母を前に、もう何も言えなかった。
翌日、ヴィヴィアンはすぐにシャルルの研究室に向かった。扉の前でノックをすれば、いつものようにシャルルが笑顔で出迎えてくれる。
けれど今日は挨拶もそこそこに、シャルルに話を向ける。
「昨日、私に婚約の話が持ち上がったの。ねえ、シャル、あなたはマジェスター家を継ぐことが確定してるわね。そして私は、必ずレッドフォード家を継がないといけないんだって。知ってた?」
「……」
シャルルは無言でヴィヴィアンを見返す。その顔を見て、ヴィヴィアンはまたもショックを受けた。
「……知ってたのね、シャル」
「だからなに?」
「え?」
「逆に今まで知らなかったことの方が驚きだけど」
「っ!それは……」
「僕達はお互い家を継がなくちゃいけない。でもヴィー、そんなことは大したことじゃないよ」
「た、大したことじゃない……?」
「うん、だってそんなの最初から分かりきってたことだからね」
「…………」
「どんな状況だって僕の気持ちは変わらないよ。僕にとってヴィーは特別」
「特別……」
「そうだよ。僕は一生ヴィーといるって決めてる。それで?婚約を申し込んできたのは誰?」
「……サリヴァン伯爵家の次男って聞いたわ」
「そっか、わかったよ。そっちは大丈夫」
「どういう意味?」
「ヴィーは知らなくていいよ。ねえ、それより見て!この前計測した魔石の数値の結果が出たんだ!思ったより魔力が込められててね!」
嬉しそうに研究内容を話し始めたシャルルに、ヴィヴィアンは言葉を失った。このときになって初めて、自分が思い違いをしていたことに気づいたのだ。
ヴィヴィアンにとってお互いが後継ぎである以上結婚できないというのはショックだった。だってシャルルに恋をしているから。
けれどシャルルは大したことじゃないと言う。どんな状況だって“特別”。
それはお互い別の人と婚約しても変わらないという意味で。だから一生一緒にいられる存在。
(私、一人で勘違いしてたのね……)
二人の間にあるものは恋愛感情だと思っていた。けれど違った。シャルルはずっと、ヴィヴィアンのことを幼馴染の中で特別な存在と言っていたのだ。
それを理解した途端、急激に悲しみが襲ってきて涙が零れそうになる。
シャルルは楽しそうに研究成果を説明しているが、右から左に抜けて相槌を打つことすらできない。彼が望む特別な友人関係なんて、今のヴィヴィアンは到底受け入れられそうにない。
「ほらここなんだけど、数値が前回よりも」
「シャルル」
「ん?なんで呼び方が…って!どうしたの?!顔が真っ青だよヴィー!大丈夫?!」
「大丈夫よ。でも私のことをヴィーって呼ぶのはもうやめて。私もシャルって呼ぶのはやめるわ」
「きゅ、急にどうしたの、ヴィー?!」
「ヴィーって呼ばないで」
困惑しているシャルルに別れを告げて、研究室から出る。それを待っていたかのように涙がポロポロと零れ落ちた。
一緒に過ごす中で、自分だけが恋をした。それが悲しくて涙が止まらない。
けれどシャルルの前では絶対に泣きたくなかった。ヴィヴィアンの恋心を知って狼狽える彼を見たくない。これ以上傷つきたくなかった。
その後、シャルルはヴィヴィアンが一線を引いたことに戸惑い、話がしたいと何度も言われたけれどヴィヴィアンは断り続けた。やがてシャルルも何も言わなくなり、ゆっくりとただの幼馴染になっていった。
婚約話も立ち消えになった。相手方に不祥事が見つかり、それどころではなくなったのだ。
ヴィヴィアンはどこか他人事だった当主教育を真面目に受けるようになり、側近の仕事にも打ち込んだ。
忙しくしていれば恋心なんて忘れていくはず。そうと思っていたのに結局は忘れられず、シャルルに褒めてもらいたくて魔術の腕も磨いた。
そんなふうに燻ってる中フランチェスカが書いた預言書を見て衝撃を受けた。シャルルが別の人を好きになる、そんな現実が待っていると知ってようやく側から離れようと決意したのだ。
(そうよ。この気持ちは胸の奥にしまい込むって決めてたはず。いい加減現実をみなくちゃ)
いくらシャルルが本物の恋人みたいに振る舞っていても、それはあくまでふりをしているだけ。
ヴィヴィアンは将来、シャルルではない人と結婚して家を継ぐのだ。
何度も言い聞かせて目を閉じた。




