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突然割り込んできたリリーに令嬢達が目を丸くしていると、シャルルが冷静に答えた。
「もちろん僕が教えたからだよ」
「なんでよ!なんでこの女なのよ!本当だったら私に教えるはずでしょ!」
預言書のとおりであればそうだ。
リリーの気持ちがクリストファーに傾いているのに気づいたシャルルが、自分の真名をリリーの耳元で囁き呼んでほしいと願う。けれどリリーは一度も口にすることはなく、シャルルの真名は作中でも伏せられたままだ。
リリーはそれを引き合いに出しているのだが、それを知らない生徒達からすれば意味がわからない。なぜお前如きが真名を教えてもらえるんだと怪訝な表情になっている。
当然シャルルもそれに倣い、なにを言ってるのと首を傾げた。
「逆に聞くけど、なぜ僕がリリー嬢に真名を教えないといけないの?」
「決まってるじゃない!私は聖女候補でヒロインなのよ!」
「そのヒロインっていうのはよくわかんないけど、でもそれ関係ないよね」
「か、関係ないってどういうことよ!」
「真名を誰に教えるかは僕が決めることだからだよ」
「だから私に」
「僕が知っておいてほしいと思う相手はヴィヴィだけ。だからヴィヴィに教えたんだ。君に教えるつもりはまったくないよ、リリー嬢」
完全に否定されたリリーは理解が及ばずぽかんとしていたが、突然カッと目を見開いた。
「なによそれ!なんで悪役令嬢に教えてヒロインの私が拒否されるのよ!意味わかんないわ!だいたい悪役令嬢がここにいること自体おかしいでしょ!ちょっとあんた、さっさとどっかいきなさいよ!」
「なに勝手なこと言ってんの?嫌なら君が席を外せば」
シャルルの冷たい一言にセレスティンとノアも便乗する。
「そうですね。毎回騒がしいのも疲れますし。リリー嬢、ご自由にしてください」
「そうだな。いなくなっても構わない」
「はあ?!何言ってんのよ!私が離れるっておかしいでしょ!それにシャルル様、手袋はどうしたのよ!潔癖って言ってたじゃない!」
「ヴィヴィに直接触れたいからだよ。当たり前じゃないか」
「なによそれ!私が触ろうとすると逃げるくせに!」
「そりゃそうだよ。君とヴィヴィを一緒にしないでくれる」
宥めてくれるアランもおらず、いつも以上に思いどおりにならないリリーは怒りで顔を真っ赤にさせた。
「どういうことよ!なんなのよこれ!なんでこんな!こんな女なんかに!」
「こんな女って言い方やめてくれない?ヴィヴィに失礼だよ」
「失礼なわけないじゃない!こいつは悪役令嬢なのよ!ただの幼馴染のくせに我が物顔で居座って!本当だったら誰にも相手にされない惨めな女なのよ!!」
リリーの魔力が膨れ上がり、苛立ちをぶつけるようにヴィヴィアンに向かって魔力を放った。
けれどそれ以上の魔力がリリーを抑え込む。さらにはその魔力に乗じてシャルルからぶわっと殺気が放たれた。
「ねえ、今誰に向かって魔力を放った?!」
「………う……あ……」
「誰に向かって魔力を放ったかって聞いてんの」
シャルルの周りを渦巻いている不穏な魔力が空気をひりつかせる。
野次馬をしていた周囲の生徒達は目を逸らし、直撃したリリーは真っ青な顔でガタガタと震えている。とてもじゃないが口をきけるはずがない。
さすがにまずいとヴィヴィアンが止めに入った。
「シャルル、私は大丈夫だから抑えて」
視線を移したシャルルはヴィヴィアンの困惑顔を見てはぁっと溜め息をつき、殺気を霧散させた。
「リリー嬢、ヴィヴィは僕の大切な人って言ったよね?いい加減その失礼な態度を改めてくれないと。次はないよ」
底冷えするようなシャルルの冷笑にリリーはかろうじて頷くも、立っていられず椅子にへたりと座り込む。
そんな姿を見ると少しだけ同情してしまう。女性にあの殺気はきつい。いや、男性でもか。
『……シャルル、ちょっとやりすぎじゃない?』
『全然。だってヴィヴィを傷つけるなんて僕が許すはずないでしょ』
『…………』
こんなときだというのに、ヴィヴィアンは思わず頬が緩みそうになった。
その昔、幼馴染達と仲がよすぎるからと嫉妬され嫌がらせをされたときも、シャルルは殺気を向けて周囲を恐怖に陥れていた。
懐かしくて温かい思い出だ。
『……シャルル』
『ん?』
『……ありがと』
『…うん』
少し間が空き、セレスティンのわざとらしい咳ばらいが聞こえた。
見るとセレスティンがピアスを触っている。そこでヴィヴィアンは思い出した。この念話はピアスを通じているわけで、そうなるとシャルルとの会話はセレスティンとノア、ここにはいないクリストファーにも聞こえている。
(お礼を言っただけだから!別におかしくないから!)
これ以上余計なことは言うまいと口を噤んでいると、セレスティンが空気を変えるようにもう一度咳払いをした。
『リリー嬢の額を見てください。聖印が濁り始めましたよ』
『……本当だ』
候補者の聖印は聖女に近づくにつれて眩い金色に輝いていく。逆に聖女から遠ざかれば色は濁り始め、やがて聖印は消滅する。それが候補からも脱落した証となり、魔力も消え失せる。
『今日一日でこれなら、思った以上に早くカタがつきそうですね』
その言葉はヴィヴィアンの心を揺らがせた。
深夜、ヴィヴィアンはベッドの中で何度も寝返りを打った。
頭の中をぐるぐるしているのは今日一日の出来事だ。
近すぎる距離、完璧なエスコート、ヴィヴィアンだけに見せる甘い微笑み。イチャイチャ作戦決行中とはいえもう本当に心臓に悪すぎる。これが明日以降も続くなんて耐えられるのだろうか。
そしてもうひとつ。
昼間、真名を教えてもらえなかったリリーがブチ切れていたが、預言書の中ではヴィヴィアンが人目も憚らず泣き喚く。
『なぜなのシャルル!なぜこんな女に真名を教えたの?!そんなの間違ってる!!』
そこから加速度的にヴィヴィアンは嫉妬狂いになっていく。
でもそれも仕方がないと思ってしまう。実際、預言書を初めて読んだヴィヴィアンも少なからずショックを受けた。
真名を教えたのはヴィヴィアンが特別だから。そう言っていたのに、結局シャルルはリリーにも教えてしまった。
ヴィヴィアンは特別でもなんでもなかったのだ。
(違うわ。特別ではあったのよ。私が望んでいた形ではなかっただけで……)
ヴィヴィアンがシャルルに初めて会ったのはもうずっと昔、姉のフランチェスカと初めて王城に出向いたときだった。
シャルルはびっくりするぐらいかわいい顔をしていて、ヴィヴィアンはお人形がいると思って目をキラキラさせた。シャルルもヴィヴィアンを見てにっこり笑い、二人はすぐに仲良くなった。
一番年下の二人は何をするときでも一緒で、成長してからは王城内にあるシャルルの研究室で仕事を手伝ったりもした。
忙しくも二人で過ごす充実した日々、この幸せがずっと続くと思っていた。
ヴィヴィアンに婚約の話が舞い込んでくるまでは。




