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翌日、ヴィヴィアンはマジェスター侯爵家の馬車で学園に向かっていた。
朝シャルルが邸まで迎えに来たのだ。「恋人なら当然」と言って当たり前のように隣に座り、にこにこしている。
「シャルル、楽しそうね」
「楽しいよ、当たり前じゃん。ヴィヴィは?楽しくない?」
「私は……頭が痛いわ」
「大丈夫?無理しないで。今日は家で休んだほうがいいかな」
本当に帰ろうとするので慌ててストップをかけ、大したことはないと学園に向かってもらう。
今日休んだどころで、明日以降もシャルルと恋人のふりをしなくてはいけないのだから一緒なのだ。
昨夜は両親に本当に大丈夫なのか確認したが問題なしと言われた。むしろこちらが引くぐらいのニコニコ顔で「極秘任務頑張ってね」と背中を押されてしまった。
(恋人のふり……。私にはものすごくハードルが高いのだけど)
相手がシャルルなら余計だ。
不自然に見えないようにするためには、なんて考え出すと逆に意識しすぎてなにが正解かわからなくなってくる。
「ねえ、シャルル。こ、恋人のふりってどうやればいいのかしら」
「そんなに深く考えなくても大丈夫だよ、ヴィヴィ」
「そ、そう?」
「うん。だってイチャイチャするだけでしょ?僕に任せて」
(………なにを?)
そうこうしていると学園に到着する。
エスコートするために先に馬車から降りたシャルルは、ヴィヴィアンに手を差し出してふわりと笑った。
「ヴィヴィ、おいで」
「…………」
いやいやいやいや、ちょっと待ってほしい。なんだその激アマな笑みは。殺しにかかっているのか?
しかも“おいで”て。胸がきゅうっと鳴ったじゃないか!
(気を、気をしっかり持たないと!また心ごと持ってかれるわよ!)
とにかくこれは偽恋人。期間限定、ただのお仕事、今は周りの目もあるから!
ヴィヴィアンは公爵令嬢の皮をかぶり、シャルルの手を取って優雅に馬車から降りた。
すると一斉に注目を浴びる。二人を見た生徒達が一気にざわめいた。
朝同じ馬車で登園する、というのは婚約者もしくは婚約間近の関係にあると暗にいわしめている行為だ。100%絶対というわけではないので言い逃れはできるけれど、名家の二人であれば当然婚約の意向だと思われる。
(こんな注目されちゃって大丈夫なの?実は嘘でした、って通じるの?)
心配するヴィヴィアンの横で堂々としているシャルル。ヴィヴィアンと目が合うとにっこり笑って、周囲に見せつけるようにヴィヴィアンの手にキスを落とした。
「「「「キャーーーッ!!!」」」」
興奮した令嬢達の悲鳴があがるあがる。
『シャルル!やりすぎでしょ!』
『でも見て。おかげで彼女が気づいたよ』
言われて目線を追えば、怒りの形相で駆け寄ってくるリリーが見えた。
「なんなのよこれ!一体どういうことよ!」
周りの目もはばからず大声で叫ぶリリーに生徒達が眉を潜める。
「リリー嬢、おはよう」
「ちょっとシャルル様!どういうことなの?!なんで悪役令嬢がここにいるのよ!」
「悪役令嬢?よくわからないけど、君にも紹介するね。彼女はヴィヴィアン・レッドフォード。レッドフォード公爵家のご令嬢で、僕の大切な人だよ。ヴィヴィ、こちらは聖女候補のリリー・ホワイト嬢」
「初めまして、ヴィヴィア」
「はぁぁああ?!大切な人ですって?!何言ってるのよ!そんなわけないじゃない!」
挨拶の途中でぶったぎったリリーはヴィヴィアンを指差した。
「今さら何の用なのよ!悪役令嬢ヴィヴィアン!あんた留学してたんでしょ!今さらのこのこ出てきたって出番なんかもうないのよ!」
ものすごい勢いで睨みつけられる。
別人を装っていたとはいえ、つい昨日まではあれほどべったりと腕に絡みついていたのに今日から敵認定。怒りのボルテージが高すぎてヴィヴィアンは呆気にとられた。
(悪役令嬢に怒鳴りつけるヒロインって、自分でおかしいと思わないのかしら)
立場が逆になってるじゃないか。
ただ一緒に過ごした半年間、リリーを賢いと思ったことは一度もないので難しいのかもしれないと思い直した。
そこへセレスティンとノアが合流する。
「久しぶりですね、ヴィヴィ。おかえりなさい」
「元気そうだな」
「お久しぶりね、セレス、ノア。手続きをお任せしてしまって申し訳なかったわ」
「かまいませんよ。アランが帰国してしまったのは残念で」
「はあ?アラン君が帰国ってどういうことよ!!」
リリーがまたも叫ぶ。話を遮るなんて非常識、というのはリリーに通じない。そもそもリリーとヴィヴィアンは挨拶すら交わし終えていない。もういいけど。
詰め寄ってくるリリーにセレスティンは冷静に対応する。
「リリー嬢には伝えていなかったですね。アランは隣国に帰りました。元々半年の交換留学でしたので」
「なによそれ!?聞いてないわ!」
「アランが言いたくないって言ったのですよ。あなたに無理に引きとめられても困るからと」
「嘘よ!アラン君がそんなこと言うわけないじゃない!」
「あなたのそういう強引なところ、アランは非常に困っていましたよ」
リリーが怒りに任せて魔力を放出するのを見越して先に抑え込む。慣れたものだ。最近は落ち着いていたので久しぶりだった。この先毎日これが待ち受けているのだろうけど。
「今は時間もありませんし教室に向かいましょう。皆さんも授業に遅れますよ」
セレスティンの言葉を受けて皆散り散りに学舎に入っていく。
ものすごい形相で睨むリリーの視線を感じながらも、ヴィヴィアンはシャルルにエスコートされて教室に向かった。
◇
「ねえヴィヴィ、ヴィヴィのランチ美味しそうだね。その鶏肉のソテー、僕も食べたいな」
学園のテラス席でにっこり微笑むシャルル。空気が甘い。甘すぎて花びらが舞って見える。
朝からずっとこの調子のシャルルに、ヴィヴィアンは平静を装うので必死だ。
「そ、それなら好きなだけ持っていっていいわよ」
「じゃなくて、僕はヴィヴィに食べさせて欲しいな」
「た、食べさせる?」
「そうだよ。だってその方がもっと美味しくなるでしょ」
(私にあーんをやれっていうの?!)
リリーじゃあるまいし人前でそんな恥ずかしいことできるか!
いつものように皆と同じ日替わりランチにすればよかったのにシャルルとの距離の近さに動揺し、スタッフに勧められるがまま別メニューにしたらこんなことに。
周りにはもちろん生徒達がいっぱいいて、皆がヴィヴィアンとシャルルの会話に聞き耳を立てている。
同席しているのはセレスティンとノア、そしてリリー。当たり前だがリリーは怒りの形相でヴィヴィアンを睨んでいるので、まもなく爆発するだろう。
リリーの前でイチャイチャ、確かにそれが作戦だけれど。
『ちょっとシャルル!やりすぎでしょ!他からも注目集めちゃってるじゃない!』
『…………』
『何無視してるのよ!セレス!助けてよ!』
するとセレスティンがナプキンで口元を拭いた。
「シャルル、ここは学園ですよ。そういったことは二人のときにやりなさい」
「ああ、そうだね。じゃあヴィヴィ、また後でね」
シャルルはにっこり笑ってヴィヴィアンの長い青銀色の髪を取り、指をくるくる絡ませてきた。
「シ、シャルル!」
「だってヴィヴィに半年も会えなくて寂しかったんだ」
毎日会ってただろうが!
なんて言えるはずもなく、ヴィヴィアンが黙り込むとシャルルはクスクス笑って覗き込んできた。
「あいかわらず綺麗な髪だね。ずっと触っていたいな」
またもあまーい笑みを向けられた。ヴィヴィアンは耐え切れず顔がカーッと赤くなる。
すると女子生徒達が騒ぎ出した。
「ヴィヴィアン様が照れていらっしゃるわ!」
「いつもきりっとしておいでなのに、なんてかわいらしいの!」
そんな声が聞こえてきて余計に恥ずかしくなる。
イライラしているリリーが爆発しそうになったとき、クラスメートの令嬢達が声を掛けてきた。
「ヴィヴィアン様、お久しぶりでございます」
「お帰りなさいませ。ご無事に戻られてなによりですわ」
「ありがとうございます。皆様、お久しぶりですね」
教室で挨拶できればよかったが、リリーがずっと騒いでうるさかったので話しかけるタイミングがお互いにないままだった。
にこやかに返事していると、彼女達はちらちらとシャルルを伺い見る。
「あのそれで、ヴィヴィアン様、マジェスター様。つかぬ事をお伺いしますが、お二人のご関係はどのような……?」
「幼馴染というのはもちろん存じておりますが」
「もしかしてお二人は、ご婚約されたのではないかと……」
皆興味津々だ。どう答えようか迷っていると、シャルルがにっこり笑った。
「それはまだ秘密。でもヴィヴィは僕の真名をすでに知ってるよ」
「ま、まあ!それは素敵ですね!」
「おめでとうございます!」
止める間もなく令嬢達が祝福を述べ出した。
シャルルが真名を名乗れるようになるのは学園を卒業した成人後。それをすでに知ってるってことはもう婚約確定だよね、な空気になっている。
(真名のことまで言っちゃって大丈夫なの?!)
話し過ぎなのではとオロオロしていると、リリーが突然ガタンと大きな音を立てて立ちあがった。
「なんであんたがシャルル様の真名を知ってるのよ!」




