12.シャルル視点
クリストファー達にあれこれ言われたヴィヴィアンは、シャルルが腕を緩めた隙にそこから逃げ出してしまった。
「もう帰るから!」
出ていこうとしたのをクリストファーに呼び止められる。
「待て、ヴィヴィ。明日からイチャイチャ作戦決行だからな。頼んだぞ」
ヴィヴィアンは真っ赤な顔で口をパクパクさせていたが、シャルルと目が合うとふいっと顔を背けて執務室から出ていってしまった。
そんな姿を見せられたシャルルはハァっと溜め息まじりに呟く。
「なにあれヤバい。照れながら怒るってかわいすぎでしょ」
数年前からヴィヴィアンは公爵令嬢然とした姿しか見せなくなっていたが、リリーが現れてからはそれどころじゃないせいで素が出ている。それが嬉しいしとにかくかわいい。笑顔はもちろん恥ずかしがってるところも怒ってる姿もすべてがかわいい。
閉じこめておけたらいいのに、なんて思っているとクリストファーがジト目を向けてきた。
「お前、またヴィヴィを閉じ込めたいとか考えてるんじゃないだろうな」
「思うだけなら別にいいでしょ 」
「本当にやりそうで怖いんだよ!」
仕方がないじゃないか。ヴィヴィアンから距離をあけられてずっと切羽詰まっているのだから。
しかもフランチェスカが留学したことでヴィヴィアンは側近から外れてしまい顔を見ることさえままならず、学園で会っても他人行儀な振る舞いしかしてもらえない。
じりじりしていたところに聖女候補が現れたのだ。
(それならそれで、好都合って思ったんだけどね)
預言書のとおりになんかならず、聖女候補に靡かない自分を見てもらおうと思ったのだ。けれど現れたのは理解不能なイタイ女。あんなでは靡く方がどうかしている。
ただそのおかげでヴィヴィアンと一緒に過ごせる時間が増えたし、さらには願ってもない恋人役。
なにより気になっていることがある。
「ねえ、殿下。僕とヴィヴィが恋人役ってことは、あの話が通ったってこと?」
「ああ、ようやくな。お前が望んだとおり、人工魔石完成の褒賞として公爵家の後継制度を撤廃した。各当主にも通達がいっているから、夜にでも公爵からヴィヴィに話がいくだろう。待たせたな、シャルル」
労うように言われ、シャルルはぐっと噛みしめる。
初めて会ったときからヴィヴィアンとの将来しか考えていなかった。
けれどシャルルはマジェスター侯爵家の跡取りで、ヴィヴィアンに嫁いできてもらうには国の古い制度が邪魔をする。
その制度を撤廃させるために、シャルルは人工魔石の開発に乗りだした。
魔石はさまざまな動力源として広く活用されているが鉱山からしか産出できないため、人工魔石は画期的な発明となり国から褒賞が得られる。その褒賞を目指して、天才といわれる自分が寝る間も惜しんでひたすら魔石の研究に明け暮れてきた。
それがようやく実を結んだのだ。
ちょっとだけ涙目になったシャルルの肩をセレスティンとノアが優しく撫でてくれる。
「ですがなぜ二人を偽の恋人に?聖女候補を脱落させたいのはわかりますが、他にも方法はありますよね?」
「偽恋人の提案をしてきたのはフランだ」
「フランチェスカ様が?」
留学中のフランチェスカはヴィヴィアンのことをずっと心配しており、男装して聖女候補に侍ると知ったときは怒髪天ものだった。
リリーの映像も送っており、預言書とはまったく違う現実になっていることも知っているが「強制力が働くかもしれないから!」と戻ってこない。
「“強制力”というのはいつどのような形で発動するのかまったく不明らしい。だからヴィヴィのそばにいて命懸けで守れと言っている。少しでも揺らぐようなら、ヴィヴィとの将来はないと思えともな」
「僕を試すつもり?望むところだよ」
「それもあるだろうが、フランもずっとお前達のことを気にかけているんだ。お前、ヴィヴィとの確執の原因をわかってるのか?」
「…………」
「おい、シャルル」
「……僕の言葉が足りなかったかなって。……たぶん」
「たぶんってなんだ。そこがクリアしないとどのみち先はないぞ」
「……わかってる」
シャルルが初めてヴィヴィアンに会ったのは、お互いがまだ三歳のとき。
クリストファーの側近候補に選ばれたセレスティンとノアとシャルル、婚約者候補のフランチェスカとその妹ヴィヴィアン、初めて全員で顔を合わせたときだった。
ヴィヴィアンは最初フランチェスカの陰に隠れていたが、シャルルと目が合った途端にっこり笑った。それがあまりにかわいくて、シャルルはその日からヴィヴィアンにべったりになった。
何をするにもどこに行くにも二人は一緒、手を繋ぐのも当たり前。というよりシャルルがヴィヴィアンの隣を譲らなかった。
特別感を出すため二人だけの愛称で呼び合うようにしたし、外堀を埋めてしまおうと魔術師にとって重要な真名まで教えたりもした。
けれど四年前、ヴィヴィアンに婚約話が持ち上がってしまった。
そのころはまだ人口魔石完成の目途が立っておらず、当時はどうしようもなかったシャルルはとにかく想いを伝えた。誰よりも特別だから離れる気はないと。
けれどヴィヴィアンは泣きそうな顔で言った。
『もうヴィーって呼ばないで。私もシャルって呼ぶのはやめるから』
そこからはずっと距離を置かれている。
言葉が足りなくて伝わらなかったのか、将来の約束ができなくて見限られたのか。もしかしたら婚約を潰す気でいたシャルルの執着心が怖かったのかもしれない。
本当のところはわかっておらず、同じ失敗をしたくなくて一歩を踏みだせずにいる。下手したらもう手遅れかもしれなくて、拒絶されるのが怖いのだ。
(自分でも不甲斐ないとは思うけどね……)
黙り込んでいたら三人に心配顔を向けられてしまい、シャルルは苦笑する。
「そんな顔しないでよ。せっかくヴィヴィの恋人役になれるんだから。イチャイチャ作戦中は逃げられることもないだろうし、しっかりと意識してもらわないとね」
そういうとクリストファーは何とも言えない顔をした。
「逃げられはしないだろうが、ほどほどにしておけよ」
「わかってるよ」
「しつこい男は嫌がられるぞ」
「わかってるってば」
「しかもそれは殿下のことですよね」
「やめろセレス。私は別にフランに嫌がられてはいない。しつこいと言われるだけで!」
「でもやっぱり言われてるんだね」
ワイワイしていたらそれまで黙っていたノアがシャルルの肩に手を置いた。
「シャルル、俺はこういうときにかける言葉を知っている」
恋愛事にまったく関心を示さないノアが会話に混ざってくるのは珍しい。嬉しくなったシャルルは少々茶化してみた。
「なになに?激励の言葉でもくれるの?」
するとノアが神妙な顔でうむと頷く。
「こういうときはダメ元なのだろう。シャルル、当たって砕けろ」
「砕けてどうするんだよ」




