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5話 14歳、運命の朝

目を開けた瞬間、リュネットは強い違和感を覚えた。

天井が、高い。


見慣れた天蓋。

柔らかなシーツ。

そして、かすかに香る花の匂い。


(……ここ、王宮?)


ぼんやりと胸に手を当てる。

とくん、とくん。

確かに心臓が動いている。


温かい。

ちゃんと、生きている。


そのことに気づいた瞬間。

死ぬ直前の記憶が、一気に頭の中へ押し寄せた。


冷たい石の床。

助けを求めても届かなかった声。

首を落とされた父と母。

そして最後に、自分へ振り下ろされた刃。


「……私、死んだはずじゃ……」


声に出して、自分でも驚いた。

若い。

いや、幼い?


手を見る。

指も細い。

身体も、記憶にあるものよりずっと小さい。


「どうして……?」


慌ててベッドから降り、窓へ駆け寄った。

すると、遠くから音楽が聞こえてくる。


軽やかなマーチ。

正門からは、異国の紋章を掲げた馬車が次々と入ってきていた。


その光景を見た瞬間、リュネットの背筋が凍った。


(……この光景、知ってる)


忘れるはずがない。

今日は――。

「同盟諸国友好法」の制定を祝う、同盟国大使や諸国の貴族達の歓迎会の日だ。



「お目覚めですか、リュネット様」


背後から声がして、リュネットは振り返った。


「本日は歓迎会ですから、いつもより華やかにいたしましょうね」

「きっと皆さま、リュネット様から目を離せませんわ!」


にこにこと笑いながら入ってきたのは、王宮の侍女たちだった。

懐かしい顔。

昔、リュネットが王宮で過ごしていた頃、毎日のように身の回りの世話をしてくれた人たち。


そして。

婚約破棄が決まった翌日から、まるで最初から知らない人間だったかのように、自分から離れていった人たちでもある。


(……やっぱり)


胸の奥が、すうっと冷えていく。


(今日は、あの日なのね)


ラヴェーナがやってくる日。

すべてが変わり始めた日。


「……私、戻ったの?」


誰にも聞こえない声で呟く。

リュネット・シルヴァレン、十四歳。

王太子エリオスの婚約者。

そしてまだ――捨てられていない時点。



今日、王宮では同盟国との友好を祝う宴が開かれる。

その席で、ラベンスカー公国の姫ラヴェーナが舞を披露する。


一度目の人生では、この日を境に、すべてが壊れていった。


エリオスはラヴェーナに恋をした。

リュネットは婚約者ではなくなった。

やがて居場所まで失って。

最後には、父も母も、自分も殺された。


(もし、本当にあの頃へ戻ったのなら)


リュネットは、自分の手をじっと見つめる。

まだ小さな手。

何も失っていない手。


(これから先は……変えられるのかもしれない)


そうであってほしい。

いや。

変えなければならない。


(もう、同じ人生は絶対に嫌……!!)



侍女たちの手で、次々と身支度が整えられていく。

髪を結われ、紅の宝石を飾られ。

最後に頭上に置かれたのは、エリオスと揃いの太陽をかたどったティアラ。


そして身にまとうのは、王族に連なる者だけが許される赤いドレス。


鏡の中にはどこから見ても、未来の王太子妃がいた。

一度目の人生では、この姿が誇らしかった。


これから先もずっと、自分は愛するエリオスの隣にいる。

王太子妃になり、いつかは王妃になる。

そんな未来が、当たり前に続くのだと思っていた。



ーーしかし。


リュネットはもう知っている。

そんな未来は、簡単に壊れることを。


誰かに選ばれているだけの立場なんて、相手の心ひとつで、あっけなくなくなってしまう。

不思議なことにエリオスへの怒りは、もうほとんど残っていなかった。


恨みも。

恋しさも。

何もない。

ただ、静かに理解している。


(あの人の運命の相手は、私じゃなかった。

ーーそして、私も、自分の人生を間違えた)


一度目の人生では婚約者という立場にしがみついた。

王太子妃になること。

王妃になること。


それが自分の役目で、それが自分の価値なのだと、ずっと信じていた。

だからこそ、それを失った時に何をすればいいのか、わからなくなってしまったのだ。

自分にはもう何もないのだと思ってしまった。


エリオスがいつか戻ってきてくれるのではないか。

そんな淡い期待にまで、すがっていた。


(でも、今度は違う)


リュネットは、鏡の中の自分をまっすぐ見つめる。


(誰かに選ばれないと生きていけないなんて、そんなの人生じゃなかったんだわ)


誰かに捨てられて、全部を失う人生ではなく。

自分の足で立って、自分で未来を選べる人間になりたい。


ーーそのためには力が必要だ。

答えなら、もう出ていた。


(――爵位を継ぐしかない)


シルヴァレン家は、王族の遠縁であり、代々武家として王家に仕えてきた名門貴族。

基本的には男子が家督を継ぐことになっているが、絶対ではない。

過去には、十分な功績を積んだ女性が当主になった例もある。


そして、家の当主になった者は、皇后にはなれない。

ーーつまり。


自分が家督を継げば、エリオスとの婚約は続けられなくなるということだ。

誰かに捨てられる前に、自分から、その席を降りる。

それが、二度目の人生で、リュネットが最初に選んだ道だった。


「……大丈夫」


小さく呟く。


「大丈夫よ」


そう言い聞かせるように。

リュネットは、ほんの少しだけ笑った。

鏡の中に映る十四歳の自分は年齢よりもずっと、大人びた顔をしていた。


「できあがりましたわ、リュネット様!」


侍女が嬉しそうに声を上げる。


「まあ、本当にお美しい!」

「さすが未来の王妃さまですわね!」


小鳥のような声で、侍女たちが口々に褒める。

リュネットは、にこりと笑った。


「未来の王妃だなんて。まだ、わかりませんわ」


「まあ! ご冗談を!」


侍女たちは笑う。


「リュネット様よりお美しくて、気品のある方なんて、この王国内にはいらっしゃいませんもの!」


「そうですわ!」


きゃあきゃあと楽しそうに笑う声。

リュネットも同じように微笑んだ。

けれど、心の中は、静かだった。


(王国内には、ね)


そう。

彼女は、王国内の人間ではない。

外からやってくるのだ。

今日、この国へ。


エリオスは、まだリュネットを婚約者として隣に置く。

ラヴェーナは、まだ美しい姫君として迎えられるだけ。

まだ何も始まっていない。


でもリュネットだけは知っている。


この宴が、多くの人の人生を変えるすべての始まりになることを。


ーー決して、同じ結末にはさせない。


(私は、シルヴァレン家を継ぐ)



自分の人生を、自分の手に取り戻すために。


そうして。


リュネットの二度目の人生、その最初の一日が始まった。


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