13話 期待の新人
「シルヴァレン卿、最速で補佐を卒業しましたね! 本当にすごいですよ。才能の塊だなあ」
「ノクス卿に、いろいろ教えていただいたおかげですわ」
リュネットは中央局に入ってから、わずか半月で補佐を抜け、正式な局員になった。
普通なら数か月はかかるらしく、その早さは中央局だけでなく、王宮でも噂になっているという。
「いやいや、僕は少し教えただけですよ。さすが皇后教育を受けてきた方は違いますね」
そう笑うのは、副局長のセオドール・ノクスだった。
明るいオレンジ色の短い髪に、人懐っこい笑顔。
見たところまだ二十代半ばほどで、副局長という肩書きから想像していたよりずっと若い。
けれど彼こそ、以前アステルが話していた人物だ。
平民の生まれでありながら、名門貴族の子息たちを追い抜き、実力だけで副局長まで上りつめたという。
(この方が、噂の平民出身の副局長なのね)
もっと厳しい人を想像していたが、実際のノクスは驚くほど気さくだった。
この半月、仕事を一番多く教えてくれたのも彼だ。
「資料を読むのも早いし、人の話から大事なところを拾うのもうまい。もう普通の局員より仕事ができるんじゃないですか?」
「それはさすがに言いすぎですわ」
「いや、本気ですよ。まあ――」
ノクスは、にっこり笑った。
「ここからが本当の地獄ですけどね!」
「……地獄、ですか?」
「補佐のうちは、最後に誰かが確認してくれますからね。
でも正局員になったら、自分の仕事には自分で責任を持たないといけません」
そう言って、ノクスは明るく拳を握った。
「というわけで、頑張ってください!」
「ずいぶん楽しそうに恐ろしいことをおっしゃいますのね……」
「あはは。すぐ慣れますって!」
そんなふうに送り出されたのが、今朝のことだった。
そして現在。
(……全然、慣れる気がしないんだけど!?)
リュネットは、自分の執務室で大量の書類に囲まれていた。
朝からずっと、読んでは比べ、気になったところを書き出す。その繰り返しだ。
机の右には、読み終えた書類。
左には、それよりずっと高く積まれた、これから読む書類。
(こんなの、みんなどうやって一日で終わらせているの……?)
中央局は少ない人数で重要な仕事をこなしているため、新人のリュネットにも個室が与えられていた。
もちろん、優遇されているわけではない。
一人で仕事を任されるということは、それだけ結果も求められるということだ。
今日任されたのは、王都で起きた盗難事件の調査だった。
ただの盗難事件に見える。
けれど、いくつかの報告書を並べてみると、小さな違和感があった。
「……あれ?」
リュネットは、一枚の紙に目を止めた。
同じ人物の名前が、別々の報告書に書かれている。
しかも。
「この人……同じ時間に、二つの場所にいたことになっているわ」
もう一度確認する。
やはり間違いではない。
(書き間違い? それとも、誰かが嘘をついている?)
リュネットは他の報告書も並べてみた。
一つ一つは小さな違いだ。
けれど、重ねてみると少しずつ不自然なところが見えてくる。
(こういうことなのね)
中央局では、書かれていることだけを読むのではない。
そこから、「何かおかしくないか」を考える。
入団試験でアステルに言われたことを、少しだけ理解できた気がした。
(やっぱり私、こういう仕事は好きかもしれない)
気づけば、書類の多さへの不満も忘れていた。
どうして違うのか。
誰が嘘をついているのか。
その理由を知りたくなる。
リュネットが夢中で書類を見ていた、その時だった。
「失礼しまーす」
やけに明るい声が、静かな執務室に響いた。
リュネットが顔を上げる。
扉から入ってきたのは、補佐メイドのサラ・スナイデルだった。




