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12話 メイドの影

王宮に出仕するメイドたちは、基本的に名家の令嬢だ。

行儀見習いを兼ねて働く者も多く、王宮内で知り合った貴族や騎士と、そのまま結婚に至ることも珍しくない。


当然、アステルに本気で恋をしている令嬢だっているだろう。


現時点で、彼に恋人がいるという話は聞かない。



家柄も地位も申し分なく、そのうえあの容姿だ。


玉の輿を狙って、密かに機会をうかがっている令嬢がいたとしても、何ひとつ不思議ではなかった。


(私なんかを、アステル様が相手にするはずないのに)


そう思いかけて、ふと別の顔が浮かぶ。


(……ラヴェーナ様だったら、どうかわからないけどね)




ふと後ろを振り返ると、一人の黒髪のメイドと目が合った。


彼女は一瞬こちらを見つめたあと、にっこりと微笑んだ。


形だけなら、完璧な笑顔だ。




なのに――なぜだろう。


歓迎されているようには、まるで思えなかった。




(これから、いろいろあるのでしょうね。お仕事以外にも……)




人が多く集まる場所では、噂も嫉妬も勝手に生まれる。


まして、自分は王太子の婚約者という立場でありながら、騎士団に入ろうとしているのだ。


目立たないほうが、むしろ無理というものだろう。





けれど、不思議と億劫ではなかった。





怖いとも思わない。


――前の人生に比べれば。


あの頃は、何が起きているのかもわからないまま、周囲に流されるばかりだった。





けれど、今は違う。


何かあるなら、受けて立てばいい。






「どうした?」


いつの間にか数歩先で立ち止まっていたアステルが、こちらを振り返っていた。


「少し考え込んでいたように見えたが」


「あ……」


リュネットは一瞬迷ってから、ほんの少し笑った。


「いえ。ただ、もう一度覚悟を決めただけです」


「覚悟だと?」


「はい」


今度は前を向いたまま、はっきりと言う。


「ここに来た以上、何も起きないなんて思っていませんから。ここから戦うんだって、そう覚悟をしたのです」


その言葉に、アステルがわずかに目を細めた。


どこか面白がっているようにも見える。


「……心配するな」


穏やかな声だった。


「君なら、ここでも強く生きていける」


思っていたよりもずっと優しいその言葉に、リュネットは一瞬だけ返事を忘れた。


それから、自然と頬がゆるむ。



さっきから、聞いていた噂とはまるで違う。


厳しいところはある。

けれど、少なくとも自分に向けられる言葉は、不思議なくらいあたたかさを感じる。


(この人の、いったいどこが冷酷なんだろう……。もしかして、仕事になると鬼なのかな?)


リュネットは答えを探すように、隣を歩くアステルの横顔を見上げた。








一方、その頃――。


メイドたちの控室では、先ほどまでとはまるで違う空気が流れていた。


「ねえ、リュネット様って、婚約破棄の噂がある方よね? あれ、本当なのかしら?」


「案外、本当なんじゃない? 王太子の婚約者が騎士団入りだなんて、聞いたことがないもの」


「しかも、よりによってアステル様の配下になろうとしているのよ?」


一人が苛立たしげに声を上げる。


「あんなに近い距離で毎日一緒にいるつもり? 何様なのかしら」


「それより私、アステル様があんな顔をしているところ、初めて見たんだけど」


その一言で、部屋の空気が変わった。





「……私も」


「いつも必要なことしかお話しにならないのに」


「リュネット様には、随分お優しいのね」


先ほど廊下でリュネットに笑いかけた黒髪のメイドが、静かに口元を歪めた。


「ほんっと、腹立つ女」




そして周囲を見回し、声を潜める。


「ねえ。少しくらい、ここがどういう場所なのか教えて差し上げてもいいんじゃない?」


「それって……」


「騎士団でやっていくなら、多少のことには耐えられるでしょう?」




くすくすと、嫌な笑い声が重なる。


「私たちで、思い知らせてあげましょうよ」


そんな相談が行われていることなど――。


もちろんリュネットは、まだ知る由もなかった。

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