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11話 試験の後で

「試験はどうだった? 緊張したか?」


面接室を出ると、アステルがそう尋ねた。


二人は並んで、中央局の廊下を歩いていく。


「いいえ。むしろ、面白かったです」


「面白かっただって?」


「はい。与えられた情報から何が起こるのかを考えて、自分で答えを出すのが楽しくて」


試験が終わった安心感もあって、リュネットは自然と笑っていた。


すると、アステルも小さく笑う。


その顔を見て、リュネットは思わず目を瞬いた。


(……また笑った)


噂では、冷血で無愛想な第一王子。


けれど、実際に話してみると、思っていたよりずっと表情がある。


そして何より。


(……女神みたいに綺麗な人ね)


普段の冷たい顔との違いもあって、つい見入ってしまう。


気づかれないうちに、リュネットは慌てて前を向いた。


「それを面白いと思えるなら、君は中央局に向いている」


「そうでしょうか?」


「ああ。私はここにいると、毎日のように頭が痛くなるよ」


真顔で言われて、リュネットは思わず笑った。


「殿下でも、そうなのですか?」


「私を何だと思っている」


「何でも簡単にこなしてしまう方なのかと」


「ずいぶん高く買われているな」


そう言いながらも、アステルの口元にはまだ少し笑みが残っていた。


(……やっぱり、思っていた人と全然違うわ)


一度目の人生では、ほとんど話したこともなかった。


死ぬ直前に助けようとしてくれた、ただそれだけの人。


それなのに今は、こうして隣を歩きながら普通に話している。


それがなんだか不思議だった。


中央局の建物は、王宮の敷地内にあるとは思えないほど質素だった。


王宮では当たり前のように置かれている彫像も、花も、美しい絵画もない。


壁に掛かっているのは王都や各国の地図ばかりで、その横には同じような扉がいくつも並んでいる。


「知っていると思うが、中央局では諜報や情報分析、それから下の部署だけでは処理できない事件を扱う」


アステルは歩きながら説明を続ける。


「王家や他国が関わる問題も多い。表には出せない事件を扱うこともある」


「はい」


リュネットは頷いた。


だからこそ、王族であるアステルが局長を務めているのだろう。


王家と騎士団の両方に話を通す必要がある事件も多い。




そして。




(私も、ここなら役に立てるはず)


王妃になるために学んできたこと。


政治や外交。


人の表情を読むこと。


噂と事実を分けること。


多くの情報から、大切なものだけを拾うこと。


剣の腕では敵わなくても。


頭を使う仕事なら、自分にもできるかもしれない。





「最初の君の立場は補佐だ」


「はい」


「記録の整理や、局員同士の調整が中心になる。いきなり大きな事件を任せるつもりはない」


少し残念ではある。


けれど、それが普通だ。


「ただ、能力があると判断すれば、仕事はすぐに増える」


リュネットの顔がぱっと明るくなった。


「では、たくさん仕事をください」


アステルが足を少し緩める。


「……普通は、逆のことを言うものだが」


「早く実績を作りたいので」


「そうか」


アステルは小さく笑った。


「やはり変わった令嬢だな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「ああ。それでいい」


その声はどこか優しげだった。






しばらく歩いたところで、アステルの声が少しだけ真剣になる。


「一つだけ、改めて言っておく」


「はい」


「ここでは、“王太子の婚約者”という肩書きも、“シルヴァレン伯爵家の娘”という立場も意味を持たない」


「承知しています」


「今の副局長も平民の出身だ。名門貴族の子息を何人も追い抜いて、今の地位まで上がった」


「実力だけで、ですか?」


「ああ」


リュネットは少し考える。


「もしかすると、名門の生まれというのは、ここでは不利になることもあるのかもしれませんね」


アステルが横目でリュネットを見る。


「どういう意味だ?」


「生まれた時から周りが言うことを聞いてくれる環境にいると、それを自分の力だと思ってしまう人もいるでしょうから」





一瞬。


アステルが驚いたように目を見開いた。


それから、少しだけ楽しそうに目を細める。


「……その通りだ」


「やはり?」


「ああ。だから私も、ここでは自分を第一王子だとは思っていない」


「え?」


リュネットは思わず顔を上げた。


「仕事をする時まで殿下と呼ばれていては面倒だ。

ここの者は私を殿下とは呼ばないよ」


「では……アステル様、と」


「ああ。それでいい」


アステルはそれ以上何も言わず、また前を向いた。


本当に、ただ呼び方を変えただけ。


それなのに。


(……なんだか、急に距離が近くなったみたい)


リュネットは少しだけ落ち着かなくなった。


一度目の人生では、ずっと「第一王子殿下」だった人。




その名前を自分が口にする日が来るなんて、考えたこともなかった。




「どうした?」


いつの間にか、リュネットの歩みが遅くなっていたらしい。


アステルが少し先で足を止めている。


「あ、すみません」


駆けてきたリュネットが横に来てから、アステルは歩き出した。




それから執務室や図書室、資料の保管庫などを見せてもらいながら、さらに奥へ進んでいく。


「ここが資料室だ。過去の事件記録も保管されている」


「全部、読んでもいいのですか?」


「機密指定されていないものならな」


「では、時間がある時に読んでみたいです」


「……君は本当に仕事が好きなんだな」


「まだ働いてすらいませんけれど」


また、アステルが小さく笑う。


その表情を見ると、なんだか懐かしいような、胸の奥が締め付けられるような不思議な感覚になる。



(なんだか、見たことがあるようなーーずっとずっと前にーー)



そんなことを考えていると、ふわりと甘い香水の匂いがした。


角を曲がった先に、数人の若い侍女が立っている。


彼女らはこちらに気づくと、一斉に頭を下げた。


「彼女たちは我々の補佐メイドだ」


アステルが説明する。


「給仕だけではなく、簡単な資料整理や局員の仕事も手伝っている」


「そうなのですね」


二人でその前を通り過ぎる。


その瞬間。


リュネットは、侍女たちの視線が自分に集まったことに気づいた。


(……あら?)



少しして。


背後から小さな声が聞こえてくる。


「……あの方が、今日の?」


「局長が自分で案内してるわ」


「さっき、局長が笑ってなかった?」


「私も見た……」


本人たちは、小声で話しているつもりなのだろう。


けれど、社交界で長く過ごしてきたリュネットには、ほとんど全部聞こえてしまった。


ちらりと横を見る。


アステルはいつも通りだ。


気づいていないようにも見える。


けれど。


「リュネット」


突然名前を呼ばれた。


「はい?」


「こっちだ」


気づけば、リュネットだけ少し後ろに遅れていた。


アステルは曲がり角の前で立ち止まり、こちらを待っている。


「あ……すみません」


リュネットが急いで追いつくと、アステルは再び歩き出す。


背後からは、まだ侍女たちの視線を感じる。


(……なるほど)


局長本人にそんなつもりがなくても。


これは、目立つ。


(完全に、目をつけられたわね)


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