13話 月白朔と湖山澪の話2
絡めた指先はほどかれず、朔は逃げなかった。
その代わり、真っ直ぐ私を見てくる。その目があまりにも熱くて、優しいのに揺れていて。
今まで隠してきたものが、もう隠しきれていない。
(私のこと……好きなの?)
胸がどくんと大きく鳴る。
そんなに?こんなに?
こんな顔で誰かから見られたことってない。
まるでずっと前から大事にしてきたみたいな目。
(でも……私は?)
朔のこと、どう思ってる?
最初はただ落ち着く場所だった。
コーヒーが好きで、この空間が好きで、笑顔が優しいオーナーがいて。
でも今は、閉店前のこの時間が特別になってて、私の話で朔が笑うと嬉しくて。
彼を呼び捨てにしたら、顔が熱くなって。
触れている指先が、まだじんわりしている。
(朔といると……)
息がしやすくて、変に気を張らなくていいの。
無理しなくていい、この空間が好き。
静かなのに、寂しくなくってむしろ、満たされる。
(ああ、そうか……私は)
絡めた指に、少しだけ力を込めた。
その小さな圧に、朔の呼吸がわずかに乱れた。
目が、少し細められて瞳の奥の色が深くなっていく。
「……好きです……ずっと前から……」
「名前も知らなかった頃から……」
「ここに来て、貴女が笑ってくれるだけで嬉しかった」
また、胸が苦しいぐらいの音を立てた。
ふと朔の指先が少し震えているのに気づく。
「でも、今は……隣にいてほしいと思ってる」
「澪が、好きです」
押しつけじゃなくてただ、真っ直ぐ伝えられる愛情で満ちた目。
私の心拍数が今までにないくらい跳ねていた。
こんな風に想われたこと、ない。
こんなに丁寧に、大事に思ってくれているなんて……
なんだか胸がいっぱいになる。
絡めた右手の指先に、左手を重ねて包んだ。
逃げない。こんな風に思ってくれる彼の気持ちから逃げたくないと強く思った。
私はちゃんと朔に向き合った。
「……朔」
さっきよりも柔らかく名前を呼ぶ。
「私ね、朔といると、すごく楽。……息がしやすいの」
静かな店内に、自分の鼓動の音だけ響いているような気がする。
「だから……私も」
鼓動に合わせるように声が少しだけ震える。
「朔が好き、……みたい」
照れ隠しでぼやけたような言い方になってしまう。それでも、彼の真っ直ぐな気持ちに、ちゃんと応えたいと思ったから。
「気づいたら、朔のことばっかり考えてた」
正直に、彼みたいに真っ直ぐに伝えた。
朔の瞳が揺れている。なんだか泣きそうな、でも幸せそうな色が浮かんでる。
「……どうしよう、澪……」
震え声だった。本気で情緒が崩れている声。
「どうしようって?」
朔は、繋いだ手はそのままに、もう片方の手をゆっくり伸ばし、指先が私の頬に触れる。
そっと、壊れ物を扱うみたいに触れたその手が、わずかに震えている。
朔の目が、熱を帯びていた。
「今……あなたに、すごくキスがしたい」
私の心臓が一段と大きく跳ねた。
こんなに真剣な顔で、こんなに大事そうな仕草で触れられて。
戸惑いながらも、逃げる理由はどこにもない。
だって、自分も同じくらい、朔に近づきたい。
「……いいよ」
朔の指先が、さらに震えた。
少し近づく気配に、私は目を閉じる。
唇に触れる直前、一瞬朔が止まる。
まるで確認するみたいに。
そして本当にそっと、宝物に触れるみたいに。
唇が重なる。
優しくて熱いのに、静かな、押しつけないただ触れるだけのキス。
それなのに、胸がいっぱいになる。
私はそっと目を開けるとすぐ近くに朔のまつ毛が見えた。
そのまつ毛まで震えている。
余裕なんて、どこにもない。想いが溢れた人の顔だった。
(……可愛い)
大人で、落ち着いてて、ずっと余裕だった人が、今はこんなに必死だなんて。
(可愛い人)
唇が離れると、私はそっと額を寄せた。
「……朔」
名前を呼ぶ。今度は、恋人の距離。
朔と視線が交差した。そこには、もう隠してない愛情が見える。静かだけど、揺るがないものがそこにはあった。
「……大事にします」
ほとんど誓いみたいに聞こえるその声に、胸がまた温かくなる。
閉店後の静かな店内、いつもの席のカウンター越しだけど、私と朔の距離はもう無かった。




