ch.5 実験艦と実験体
シェリは油断のない顔でベルタを睨んでいた。
「なにここ?」
「MF室」
ベルタはそれだけ言うと早足でシェリの横を抜け、ドアの脇にある電子機器にカードをかざしてボタンを操作した。
電子機器のランプが青から赤に変わり、ドアがロックされたらしいモーターの音。
ベルタはホッとした顔で中央のコンソールの前に戻った。
「この船は何なの?」
「戦闘の指揮を執るAI。それを単独で稼働させるための原子力船。実験艦だけどね」
「他に出口はないの?」
シェリが説明を聞き流して、質問すると、ベルタは両手を広げた。
「ない」
ドアの脇に掛けてあったクロスでナイフを拭きながら、シェリは質問を続ける。
「戦闘のための機械なら、それで戦えば?」
作業を中断されたベルタは、パタンと両手を膝の上に置くと、呆れたように言った。
「船の『中』は攻撃できないの。それにこのコンソールを動かすキーは、人質になってる艦長が持ってるの。キー無しでできるのは、映像監視と、整備用ハッチの開閉だけ。わかった?」
無表情でそれを聞き終えたシェリは、黙ったまま部屋を見回した。
管制室のように並ぶコンソール、あとは扇風機のような音を立てている壁一面の電子機器。
何かに気付いたベルタが、シェリを呼ぶ。
「ちょっと! 見て!」
コンソールを見ると、艦内各所の映像が映し出されている。
銃を向けられ、おとなしくラッタル(船内の階段)を上っていく海軍士官たち。
武装メンバーは全員、上半身の服装が変わり、真っ黒なワークシャツになっている。
「艦長はCICにいるのね」
艦長が少し広い部屋の中央で椅子に座らされ、銃を突きつけられている。
シェリはそれを見ると、ベルタに聞いた。
「そもそも、なんで襲われてるの?」
ベルタはコンソールの端に肘を置くと、シェリを見上げて話した。
「この船は人工知能を積んだサーバー船。完成すれば、どんな人間よりも速く判断して、決定する。まだ何十年も先の話だけど」
シェリは首を傾げた。
「それが襲われる理由?」
まだわからないの? と言い足そうに首を傾げながら、ベルタはコンソールを指差した。
「世界の戦争を変える発明よ?」
シェリはきょとんとした顔で、コンソールをまじまじと見た。
「そうなの?」
ベルタは手を上げ、茶化すように笑った。
「かわいいね。イメージと違った。旦那さんもそういうところが気に入ったのかな」
シェリは下を向き、少し小さくなった声で尋ねる。
「外に連絡できないの?」
「この部屋はシールドされてて、無線も携帯も使えないの。旦那さんの声聞きたい?」
「旦那旦那ってうるさいな」
シェリは抗議するような目でベルタを睨むと、コンソールの端に浅く腰掛けた。
午前九時四十五分
エザキたちのベランダ会議は続いていた。
「とりあえず、ギゾクをなんとかしないとね。警察に相談すればいいかな?」
「そうだな。警察か公安に相談するしかないだろ」
そのとき、インターホンが鳴った。
エドは二人に静かにするように言うと、足音を立てずに玄関口のカメラを確かめた。
「う……!」
ドアの前に制服姿の米兵が何人も立っている。
エドはエザキたちの方を見て2秒ほど考えた後、諦めた表情でドアを開けた。
開いたドアに体を入れてきたのは、長身で短めの金髪を綺麗に整えた士官だった。
「米海軍のハンターだ。エド・リンジさんだね?」
「海軍? 米軍がいったい――」
「サラ・ナガヤマを引き渡してもらいたい」
ハンターたちはそう言うと、エドを押しのけるようにして次々と入ってきた。
エドは大人しく横にどきながら、険しい表情でただ見守った。
士官達がベランダのエザキとサラを囲むと、二人は立ち上がった。
エザキは少しサラをかばうような体勢で、ハンターに話しかけた。
「あの……もしかして、俺のこと知ってたりしますか?」
心配そうな声で聞くエザキに、ハンターは皮肉っぽく笑った。
「知ってるよ。キュー・エザキ。例の実験の『成功例』だね?」
ハンターはそう言ってエザキに一瞬だけ微笑むと、サラを見て冷たく言った。
「だが今、用があるのはそっちの女だ。サラ・ナガヤマ、なんで来たかわかるな?」
「バレるだろうと思ってやったんで」
サラは悪びれる様子なく答える。
リビングのドア口に寄りかかっていたエドが言った。
「シリウス区の地下に海軍の情報研究施設があるって聞いたことがある。君はそこから情報を盗んだんだな。だからエザキの能力のことも知ってた」
ハンターは面白がるようにうなずいた。
「そうだ。だから、彼女はこちらで引き取る」
「どうぞ、連れてってください」
サラが言うと、ハンター少尉はエドに言った。
「ところが、もっと大きな問題があって困っててね。エド・リンジ、キュー・エザキ、君達と話したいんだ」
「お、俺とエド?」
「もっと大きな問題ってなんだ?」
ハンターは不審がるエドとエザキに、両方の手のひらを向けて頼んだ。
「エド。椅子をもう一個出してくれないか?」
午前10時05分
四人でテーブルを囲むと、ハンターが切り出した。
「今から三十分ほど前、イーシア港に停泊中の米艦艇がギゾクに占拠された」
「え?」
三人が驚くのもかまわず、ハンターは続ける。
「艦長のジョーンズ中佐を人質に取られ、クルーは退去させられたんだが、重要区画におそらく2人が籠城してる。一人はANN研究者、もう一人は民間人のシェリ・エザキ」
ガタッとエザキが条件反射のように腰を浮かせたが、黙ったまま座り直した。
「どういうことだ!?」
エドも驚きを隠さない。
「シェリはハーバーカフェのウエイトレスとして、甲板でアイスティーを振る舞っていて巻き込まれた。甲板でギゾクメンバーと交戦し、後部甲板から重要区画に逃げ込んだらしい」
「シェリが……」
「落ち着け、エザキ。ハンターさん、警察とか沿岸警備隊は動かないのか?」
「軍の上層部がそれを嫌がってるんだ。実験艦の内部を、イーシア政府の人間に見られたくないらしい。だが海兵隊がこっちに来るには、まだ時間が掛かる。だから君たちに頼みたい」
「え?」
「は? 中を見られたくないのに、俺とエザキを?」
エドとエザキが揃ってとまどう。
「そう、エザキとエド。抗争もクーデターも止めた君たちだ。2人で十分だろ? それに中にいるのは、『奥さん』だ」
エドが腑に落ちないといった顔のまま質問する。
「ギゾクの狙いはなんなんだ?」
「リーダーのスギヤマが、イーシア行政府に伝えたことだが、あの船の重要機密を交渉材料に、イーシアを自由同盟から脱退させるのが狙いだ」
「ギゾクは何人いるんだよ? たった2人じゃ無理だろ?」
ハンターは簡単そうに説明する。
「最小限の戦闘で、エンジニアを助け出してもらえればそれでいい。あとはイーシアの警察なり沿岸なりに対処してもらうよ」
エドは腕を組んでため息をつくと、鋭い目でエザキに問いかけた。
「こいつらは、船の秘密さえ守れればいいらしい。どうする、エザキ?」
答えるより先にエザキは立ち上がって、ハンターに言った。
「うちに寄ってもらえますか? 慣れた銃しかうまく使えないんで」




