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ch.2 『人』の攻撃動作は読めるが・・・

 2007年12月22日

 午前6時30分


 群青の一色で繋がった空と海に挟まれたオレンジの光。

 その光を背に、一隻の米艦艇が航行していた。


 後部甲板に立ったジョーンズ中佐が朝日を眺めていると、長身金髪の士官が報告に来た。

「艦長、あと二時間ほどでイーシア港に入港できそうです」


 艦長は振り返らずに尋ねる。

「西の空が、ちょっと怪しい感じじゃないか?」

「ええ。イーシアはこの後、雨の予報ですが、軽い通り雨で済みそうです」


 艦長は振り返ってハンターに問いかけた。

「『こいつ』の操船技術をどう評価する? ハンター少尉」

「ほぼ完璧です。少し雑ですが」

「操舵手も要らないこの船を、君は信じるか? マイク」


 ハンターは両手を腰に当て、姿勢を崩した。

「30、いや20年後には俺もクビかなぁ」

 独り言のように漏らすハンターを、艦長は肩越しに振り返って笑った。



 午前7時00分

 エザキはサーッと降り始めた雨の音で目を覚ました。

 ソファで横になっていただけのつもりが、毛布が掛けられている。

 シェリが掛けてくれたのだろう。


 忍び足で寝室に入ると自分の着替えを取り、ベッドの前にしゃがみこむ。

 赤みがかった黒髪を枕の周りに投げ出したシェリ。

 その寝顔に涙を流した痕を見つけ、思わずついた溜め息でシェリを起こしてしまった。


「ご、ごめん」

 目を開け、自分を認識したシェリの表情が強張る。


 それを見たエザキは、立ち上がって後ずさった。

「えっと……パンだけ食べたら仕事行くね」

 言いながら、急いでリビングのテーブルにパンとバターを置いて、簡単な朝食を取った。


 食べながら今日が何の日か思い出していた。

 今日は勤務先の企業で講演会のリハーサルがある。

 警備の段取りも色々聞かれる。

 珍しく忙しくなるな。


 食べ終えると音を立てないように注意しながら皿をシンクに置き、静かに外に出た。


「ねえ。エザキ、聞こえてる?」

 シェリはベッドに寝たまま、リビングに向かって話しかけた。

 だが、返事は聞こえない。


「あたし、怒ってるわけじゃないの。ただ、その……今までケンカとか……」

 言葉を探しながら、体を起こすと違和感に気が付いた。


 雨の音しか聞こえない。


「ねえ、エザキ?」


 ベッドから出てリビングに行くと、エザキは既にいなかった。


 今まで友達らしい友達もいなかったし、仲直りっていうのもしたことない。

 そう言いたかった。



 午前8時30分


 黒いレインコートを着たエザキは、研究センターの敷地内を巡回していた。

 この世界有数の大手製薬会社で、エザキは6年ぐらい警備員を続けている。

 かつては襲撃を受けたりもしたが、今はすっかり平和になった。


 今のエザキの仕事は、巡回と言う名の清掃作業。

 火箸、ホウキ、チリトリの使い方もかなり上達した。


 センター内は富裕層の集まる都市部の研究施設とあって、よく手入れされた芝が広がっている。

 今日みたいな雨の日でも景観は良い。

 ただ雨が降ると歩道の高級そうなタイルで、足を滑らせる人がよくいるのが玉にキズだ。


「おはようございます」

「おはようございます」


 エザキは通りがかる研究員や来客に丁寧に頭を下げつつ広い敷地を一周し、警備員室のある裏口まで戻ってきた。


 用具室に道具を入れ、レインコートのフードを上げて空を見渡すと、スラム街の方からの風で雲が西へと流れている。


 そして雨はいつの間にか止んでいた。


「あ、止んだ……」


 レインコートを脱ぎ、素早くモップとバケツを持って主要施設のエントランスに向かった。

 そしてエントランス前の石調タイルにモップをかけ始める。


 来客が足を滑らせないようにと、エザキなりの配慮だ。

 この性格から、センターの人たちに『銃を下げた清掃員』と親しまれていた。


 せかせかとモップ掛けをしていると、後ろにいた人物とぶつかった。


「あ! すみません!」

「いえ……」


 振り返ると、二十代半ばぐらいの日系人ぽい女がいた。

 グレーのパンツスーツで黒髪のセミロング。

 一度、モップ掛けを再開しようと思ったエザキだったが、視線を感じて手を止めた。


「えっと……何か、お探しですか?」


 女は困ったような顔で、エザキに聞いた。

「あの、警備員さんですか?」

「ん? まあ、そのつもりですけど……」


 眉間にシワを寄せつつ、一応の笑顔を作る。

「あれ? どっかで会ったことありましたっけ?」

 少し癖のある髪をバサッとさせているその雰囲気。ふと気になった。


「あっ!」

 何かに気付いた女が突然、手にしていた折りたたみ傘を足下に落として走り出した。


「あれ? 傘、落とし――」

 そのとき、ハチが何匹も飛んでいるような音が聞こえた。

 エザキが音の方をゆっくりと振り向くと、それがいた。


 どこかで見たような4ローターのドローン、高度は50メートルぐらいだろうか。

 まだ遠そうに見えたそれは、あっという間に接近し、小さな黒い箱を投下すると頭上を越えて飛び去った。


 黒い箱が自分の20メートルほど前方に落ちていくのを見たエザキは、エントランスの方に走っていた女に叫んだ。


「伏せて!」

 そう言いながら、エザキ自身もその場に伏せた。


 直後に、意識が一瞬飛ぶほどの音と衝撃。

 砂利や砂が舞う中、エザキが目を開けると、さっきの箱が落ちた付近の頑丈そうなタイルが割れて陥没していた。


 エザキは立ち上がって走り出すと、付近にいた社員たちに片っ端から呼びかけた。

 さっきの爆発でやられたエザキの耳は、彼自身の声も少し遠く聞こえさせていた。


「みんな、中に入って!」


 エントランス周りの人間があらかた中に入ったかというタイミングで、またも微かなハチの音。


「うそだろ?」

 背後の空を確かめると、また一機がすぐそこに迫っていた。

 周りを見回すと、さっきの女がエントランスの前でへたり込んでいる。


「おい! 中に入れって!」

 だが女は動かない。

 エザキは全力で駆け寄ると、女に覆いかぶさった。


 直後にまた後方で爆発が起き、背中が熱くなった。

 エントランスの窓が一部割れ飛び、背中に石か何かが当たったような感触がした。


 二度目の爆発をしのいだエザキは、立ち上がると空に目を凝らした。

 まだ来るのか?


 だが次の瞬間、背後に『加害意思による動作』を感じた。

 人による自分への攻撃だ。


 とっさに横に飛びのくと、控えめな銃声とともに弾丸が脇をかすめた。

 女はエザキの肩めがけて立て続けに発砲するが、振り返ったエザキは上半身を捌いて全てをかわし切る。


 女は撃ち尽くし、銃のスライドが止まる。先端にサプレッサーの着いたM9。

 エザキは驚きこそしていたものの、慌ててはいなかった。


「さっきのドローンは君が仕掛けたの?」

 答えない女に、話しかけながらゆっくりと歩み寄るエザキ。


 困惑こそしていたが、銃を抜くこともなく穏やかに尋ねる。

「本気で殺すつもりじゃないんでしょ?」


 そしてサプレッサーを掴もうとした。しかし、それはとてつもなく熱かった。

「あっちぃ!」

 エザキが手をパタパタさせると、女が思わぬことを言った。

「今から走るから、追ってるふりして」

「え?」


 エザキが聞き間違いかという顔で聞き返すと、女は少し焦った様子で言った。


「いいからついて来て!」

「え? えっ!?」

 そう言うと女はセンターの出口に向かって猛然と走り出し、エザキも後を追って走り出した。


 遠くから複数のサイレンが聞こえ始める中、二人はセンターの向かい側にある公園を突っ切って市街地へ。


 空はすっかり晴れていた。

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