第4話 あの花は忘れない
『あれは、バーナー子爵のものだった』
その言葉にシリウスあの日の追手がフルーラを苦しめたことを思い出して、内心怒りが湧く。
「殺しますか?」
静かな声で彼は物騒な言葉を発するも、微笑みながらフルーラは返事する。
「ふふ、そんなに焦らないで。クーデターに加わった者たちへ繋がる証拠が必ずあるはずよ。その証拠と共に……バーナー子爵を落とす」
フルーラは立ち上がって静かに告げる。
「さあ、復讐の始まりよ」
そんな会話が行なわれた直後に、二人は顔合わせに向かったのだった──。
(バーナー子爵は警備も堅い。なら、息子のビルから落とすまで)
フルーラはビルに笑みを浮かべながら、尋ねる。
「ビル様、もっとあなた様のことを知りたいですわ」
一段声色をあげて品よくそう言ったフルーラの言葉にビルは赤面した。
「ああ、ぜひ! うちにはとっておきの庭があってね。よかったら、この後どうかな?」
「いいのですか!? 嬉しいですわ!」
二人の会話を聞いていたバーナー子爵は、満足そうな笑みを浮かべて呟く。
「本当にビルはお嬢さんに惚れてるようだ。では、あとは若い二人に任せよう」
そう言って、ワインを飲み干した。
(よし、うまくいったわ)
その様子を見たフルーラはシリウスにこっそり耳打ちする。
「あなたは馬車で待機してて」
「ですが……」
「二人きりのほうが油断させられるわ」
そう言って、庭を案内しようと呼んでいるビルのほうへとフルーラは向かって行った。
残されたシリウスは、その場でわずかに表情を曇らせる。
彼の心には「嫉妬」の業が湧き出ており、その業はあまりに強く彼自身をも燃やしてしまいそうなほどだった。
*****
「綺麗~!」
フルーラは辺りを見渡して、手を合わせて喜ぶ。
「うちの花壇は国中の優秀な庭師を集めて作った自慢の庭なんだ。気に入ったかい?」
「ええ! 大胆で華やかで美しくて……わたくし、大好きですわ!」
わざと大袈裟に笑ってみせた。
その笑みにまんまとビルは頬を染め、鼻の下を伸ばす。
その様子を見て、フルーラは自分の作戦がうまく進んでいることを確信した。
(あれ……?)
その時、フルーラはある花を見つける。
「これは……バーナー家の紋章に使われているお花ですわね」
「そうなのか?」
「ええ、ほら、こちらに」
そうして、ビルの袖に優しく触れて袖口を見せると、刺繍されている紋章をビルに見せた。
そのあざとい仕草にも彼はドキリとしてしまう。
「本当だ、なぜ知っているんだ:
「忘れるはずありませんもの……」
「え……?」
彼の問いにフルーラの声色はわずかに低くなった。
フルーラの脳裏に追手から逃げたあの日の光景がよぎる。
追手の手に持たれた旗印にはバーナー子爵の紋章があった。
その悲しい過去の回想に一瞬俯いたフルーラだったが、すぐに立て直して微笑んでみせる。
「いえ、あなた様に関わる全てを知っておきたくて」
その笑みに切なさも苦しさもない。
ただ感情のない「笑み」だった。
そうして、庭を回っている時、フルーラは仕掛ける。
「そういえば、ビル様はお父様と仲良さそうですね」
「ああ、父上は僕の願いをいつも叶えてくれる。だけど……」
「どうしたのですか?」
ビルは不満げに口を尖らせて言葉を続ける。
「うちはそこらの伯爵より富がある。なのに、いまだに子爵のままだ。父上に言っても『いずれは』としか言わないし」
(爵位、ね……)
バーナー子爵親子は「爵位」や「名誉」を欲しがっている。
その検討がついていたフルーラは一瞬にやりと笑った。
そして、彼にある「とっておき」の話をする。
「実は、ここだけのお話なのですが、街である噂を耳にしたのです」
「噂……?」
「はい。街の外れにあるBARで明後日、宝石取引が行なわれるそうなのですが、今回なんと『真紅のダイヤモンド』が出品されるそうなのです」
「なっ!」
(食いついた!)
フルーラの思惑通り、その「噂」に釘付けとなったビルは前のめりで話を聞いている。
「『真紅のダイヤモンド』といえば、グリゴス王が喉から手が出るほど欲しがっていらっしゃるお品。それを手に入れて王に差し出せば……」
「褒賞を賜り、伯爵に……いや! 侯爵にもなれるかもしれない!!」
ビルがまんまと引っかかったところを見て、にやりと笑った。




