第5話 バーナー子爵への復讐
バーナー子爵は息子ビルから聞いたフルーラの情報を信じて、街の外れにあるBARにいた。
しかし、そこには誰もいない。
「これは……どういうことなんだ?」
そう呟いた後、彼は「極秘取引だから人もいないのか」と思い、納得した。
バーナー子爵は店内に入り、声をあげる。
「おい、マスターはいるか? 今夜『招待された』者なのだが……」
薄暗い店内でバーナー子爵は目を凝らす。
バーカウンターはおろか、どこからも返事がないことを不審に思った。
すると、奥にあるソファに誰かが座っているのが見えた。
「なんだ、そこにいたのか。さあ、『真紅のダイヤモンド』を…」
そう言ってソファに手を置いたその時、椅子に座っている人物が振り返った。
「なっ! お前は……!」
その人物は息子ビルの想い人であり、婚約者となったはずのフルーラだった。
「ご無沙汰しておりますわ、バーナー子爵」
「なぜお前がここに……」
「これをお持ちしたのですが……」
彼女は赤い宝石を二本の指でつまむようにして彼に見せた。
「『真紅のダイヤモンド』!!」
「あら、こちらが欲しいんですの? あ……」
そう言ってわざと『真紅のダイヤモンド』を床に落とした。
「なっ!!」
バーナー子爵はフルーラが落とした『真紅のダイヤモンド』を身をなげうって、床に這いつくばりながら床に落ちる寸でのところで取った。
彼は無事に受け取れたことに安堵した時、目の前にはフルーラのハイヒールがあった。
「ふふ、床に這いつくばって……『宝飾富のバーナー』が惨めですこと」
バーナー子爵はその言葉に苛立ちを覚え立ち上がり、フルーラに悪態をつく。
「この価値がわからん小娘が……いい気になるなよ!」
「さあ、その『真紅のダイヤモンド』を持って牢獄に行くといいわ」
「なに?」
「その品は先日隣国の美術館で盗まれた盗品。すでにさっき『このBARに犯人がいる』と衛兵に知らせておいてあげたから。もうまもなくあなたを『犯人』として捕まえにやって来るでしょうね」
その言葉にバーナー子爵は再び言い返す。
「なっ! お前……ふざけるなっ!」
彼がフルーラに手をあげようとしたその瞬間、シリウスがその手を止めた。
氷のように冷たい視線がバーナー子爵に刺さる。
「汚い手でお嬢様に触れるな」
「ひいっ!!」
シリウスの低く怒りの籠った声にバーナー子爵は思わず仰け反って恐れおののいた。
恐怖に襲われながらもバーナー子爵はフルーラに問いかける。
「なぜお前がこんなことを……」
「なぜ」という問いにほくそ笑む気持ちと自分の顔を見ても「正体」に気づかないことへの苛立ちが入り混じる。
感情が渦巻く中、彼女はゆっくりと口を開いた。
「わたくしは一日たりとも忘れたことはありませんでしたわ。あなたの家の紋章が縫われた大きな旗を持って、手柄をあげて爵位を手に入れようともがくあなたのその蒼い瞳を…」
「何のことを……あ……」
その瞬間、彼は気づいた。
彼女の胸で王家の紋章入りの大きな石が埋め込まれたネックレスが光っていることを。
「まさか……メイスティアの王女だと……王女は……」
「死んだはず、ですか? 地獄から戻ってまいりましたわ。あなた方に復讐するために」
「この悪魔め……!」
自分の主人を侮辱されたシリウスがその言葉に反応した。
彼は自らの人智を超えた力を使い、バーナー子爵の周りを円状に燃やす。
「ひいっ!」
「お嬢様の苦しみのひとかけらにもならない。それでも、お前の口から吐かせるには十分だ」
シリウスの放った炎に怯えるバーナー子爵に、フルーラは問いただす。
「さあ、あのクーデターに関わった者は誰?」
「し、知らんっ!」
その言葉を聞いてシリウスは炎の火力を高め、彼のジャケットの裾に火をつける。
「さあ、言わないとあなたが丸焦げになるわよ」
「わしは指示されただけなんだ! この血判状しか持っていない!」
そう言ってクーデターに関わった者の名が連ねられた血判状を差し出した。
それを受け取ったシリウスはフルーラに渡す。
「言った! わしの知っている全てを渡した! だから、命だけは助けてくれ!!」
「…………」
じっと目の前で焼けていく彼を見て、彼女は笑う。
その瞳を見たバーナー子爵は、自分の「死」を悟って絶望した。
「お父様とお母様……そしてみんなが味わった苦しみに比べれば足りないわ……地獄にいくまでせいぜい悔いなさい」
絶望の中で何も言えなくなってしまった彼を置いて、二人はBARを去った。
その晩、月が輝く闇夜に黒い翼を広げた男が少女を抱えている。
「シリウス、もう後戻りできないわ」
「はい、この身はお嬢様のためにあります。どこまでもお供します」
「ありがとう」
二人は夜の闇に消えていった──。




