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第5章 千夜子と智代の守護の協働が始まる

【新たな時空、2023年の主戦場】


 魂の因縁をすべて溶かし合い、進の背後を守る主護霊団として固い誓いを交わした千夜子と智代。

 二人の和解によって、進の周囲を覆う純白の結界はより揺るぎないものとなった。

 しかし、霊界における修行に「上がり」はない。

 位階が上がり、背負う責任が重くなったからこそ、千夜子たちにはまた新たなステージにおける修行の日々が幕を開けていた。


 地上の刻限は流動し、世界はあの未曾有の静寂から完全に息を吹き返した「令和4年」の秋を迎えていた。


 千夜子と智代は、現世を映す大鏡の前に並んで座り、進の日常に深く寄り添っていた。

 それは、我が子の目覚ましい活躍を間近で見られる無上の喜びの時間であると同時に、これまでにない「忍耐」と「客観性」を求められる、密度の高い修行のプログラムでもあった。


 鏡の向こう、近畿各地の大学の講義室。

 伊崎進は、完全に次世代の講師としてのスタイルを確立していた。

 黒板もチョークも使わない。

 すべての教室で【プレゼンター】が起動し、進の手元の操作に合わせて、洗練されたスライド資料がスクリーンに鮮やかに映し出されていく。


 進が担当するのは、民法や行政法、憲法といった主要な法律科目だ。

 数的処理のようなパズル的要素の強い科目は、他の専門講師が担当している。

 そこでは、かつて母が夢見たような「大勢の聴衆を前に高尚な正義の理念をぶち上げる」ような演出は一切存在しなかった。

 公務員試験対策の現場は、どこまでもシビアな現実の戦場だ。

 限られた時間内に、膨大な試験範囲の『科目の理解』を促し、1点でも多く毟り取るための問題解法に100%特化した、徹底的に実利的な講義が展開されていた。


【実利の壁、智代の焦燥】


「…皆さん。この講座は学者になる勉強ではありません。公務員試験で合格点を取るための講座です。難しいことは考えないことです」


 プレゼンターのライトに照らされ、感情を排して淡々と、しかし圧倒的な熱量で解法テクニックを伝授していく進。

 そのドライな講義スタイルを見て、背後で見守る祖母・智代の霊体が、微かに動揺して波打った。


「千夜子……。進は本当に立派にやっているけれど、なんだか少し、寂しいね。あの子の頭脳なら、もっと法律の美しい精神とか、高尚な正義の理念について、格好よく語れるはずなのに。これじゃあ、まるで合格させるための機械のようじゃないか……」


 かつて学問への強い憧れと、虚栄心にも似た「高尚なもの」への執着をこじらせていた智代にとって、進のこの「徹底的な実利主義」の講義は、どこか物足りなく、歯痒いものに映ってしまったのだ。

 自分が命がけで純化させた学への渇望が、ただの「試験のテクニック」として消費されているように見えてしまった。


「お母さん、動いてはダメ。これも私たちの、新しい修行よ」

 千夜子は主護霊としての純白の光を崩さず、智代の手を優しく制した。


「進のやっていることは、学者の真似事ではありません。今、目の前にいる学生たちが求めているのは、来年の合格。みんな高尚な話なんて聞きたくない。問題の解き方を徹底的に教えることが、進の目指すべき正義なのよ。あの子の戦い方を、そのまま信じるのよ」


「確かに、そうだわ……」

 智代はハッと己の未熟さに気づき、光の頭を垂れた。

 そして静かに目を閉じ、進のドライな言葉の裏にある「受講生を絶対に落とさない」という猛烈な執念と愛を、魂のフィルターでそのまま受け止める修行に入った。


【共鳴する朱筆、沈黙の調和】


 講義が終われば、進には自宅での論文添削の時間が待っている。

 2023年の今、添削作業の多くもデータ化されていた。

 進はパソコンに向かって、画面上の原稿一行一行に目を凝らしていた。


 相変わらず、要領の悪い、的外れな記述を繰り返す学生の答案が並ぶ。

「論文のルールを理解していない」「これでは何回読んでも理解できない内容だ」

 一瞬、進の手が止まり、眉間に微かな皺が寄る。

 その進のわずかな思考のブレに呼応するように、千夜子と智代は背後でぴったりと息を合わせた。


 千夜子が主護霊としての強固な障壁で進の脳波を安定させ、智代が自らの純化した「学への情熱」を柔らかな波動に変えて、進の指先へとインスピレーションを注ぎ込む。

 もちろん、不干渉の掟を破るような直接的な手出しはしない。

 ただ、進が「要領の悪い受講生の目線」に、いつでも自分の目線を合わせられるよう、背後から静かな愛の重力をかけるのだ。


 ふっと進の肩の力が抜けた。

 進はパソコンの画面を見返し、Wordで作成された答案の致命的な弱点をズバリと指摘する「解法の鍵」を、極めて丁寧な筆致で書き込んでいった。

 最後には、いつもの通り、

『がんばりましょう』

 と、一言添えて。


「見事です、千夜子、智代」

 背後で二人の修行の進捗を見守っていた指導霊が、深く満足そうに頷いた。

「主護霊となったあなたが大局を見守り、智代が細やかなサポートを行う。二人の光が完全に調和し、進の『実践の場』を支えています。高尚な理念など語らずとも、進の放つプレゼンターの光と、冷徹なまでの解法テクニックのなかに、あなたたちの無償の愛が完璧に宿っていますよ」


【年輪の香る戦場で】


 千夜子と智代は、再び手を握り合い、現世で戦い続ける進の姿を誇らしげに見つめた。


 高尚な法哲学を説くきらびやかな弁護士バッジの道ではなかったかもしれない。

 しかし、令和4年の今、プレゼンターの灯が点る教室の片隅で、複雑な法律の迷宮を「解法」という一本の鋭い矢で切り裂いていく伊崎進の姿は、間違いなく、暗闇で立ち往生する若者たちにとっての、唯一無二の救世主であった。


 無駄時間をすべて削ぎ落とした、科目の理解と問題解法への特化。

 その極めてドライで、泥臭い実利の戦場の背後には、かつて不条理に泣いた母と祖母の、どこまでも深く、洗練された「純白の沈黙」が、二重の強固な盾となって寄り添い続けていた。

 自らの過ちを乗り越えた主護霊団の完璧なサポートを得て、進の放つ「栴檀の香り」は、今日も受験生たちの未来を、確実な合格の光で照らし出していくのである。


 千夜子と智代は、その様子を微笑ましく見つめた。

 しかし、このあと、進には一大試練が訪れるのだった。

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