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第4章 長かった智代の葛藤と修行

【幽界の底の業火、智代の告白】


 千夜子に手を握られ、和解の光に包まれた智代は、堰を切ったように自らが辿ってきた「死後の旅路」について語り始めた。その口から漏れる言葉は、天上界ののりがいかに厳格で、寸分の狂いもないものであるかを物語っていた。


「千夜子……。私はね、昭和48年にあの世へ旅立ってから、それはそれは恐ろしく、厳しい学びの時間を過ごしてきたんだよ」


 智代の霊体が、過去の記憶に身震いするように微かに明滅した。

 生前、おのれの虚栄心から伊崎家の財産を食い潰し、家族を裏切り続けた智代が落ちたのは、地球に最も近い、物欲や執着が渦巻く『幽界ゆうかい』の最も暗く冷たい底の領域だった。そこは、生前に犯したエゴの報いを、自らの魂で直に味わわされる文字通りの修行場であった。


「私は現世にいた頃、寂しさと心の弱さから、おかしな新興宗教にのめり込んでいただろう? あの時は、お布施をすれば救われる、信心さえすれば自分の罪は帳消しになると、本気で信じて縋り付いていた。……でもね、霊界へ来てようやく気がついたんだ。あの信仰の仕方は、根本から間違っていたんだよ」


 智代は悲しげに首を振った。

「神仏の本当の愛は、お金や形式で売り買いできるものじゃない。私は『自分が救われたい』『人から立派に見られたい』という身勝手な欲望を満たすために、宗教を道具にしていただけだった。その偽りの信仰心が、かえって私の霊体を重くし、死後に何十年もの間、暗闇のなかで己の醜さと向き合わされる原因になったんだ」


【位牌なき魂の目覚め】


 千夜子は、母の凄まじい告白を息を呑んで聞き入っていた。現世での智代の放蕩や奇行は、本人にとっても魂の迷走の極みだったのだ。さらに、智代は千夜子の目をまっすぐに見つめ、驚くべき事実を口にした。


「あんたと政夫が、私への激しい恨みから、私の位牌をめちゃくちゃに叩き壊した、あの時のことさ……」


 千夜子の脳裏に、怒りと哀しみに震えながら母の位牌を壊した、あの現世の生々しい記憶が蘇る。親不孝の極みとして、心のどこかでずっと罪悪感として残っていた傷だった。しかし、智代は穏やかな笑みさえ浮かべて言った。


「あの時、霊界にいた私には、あん合いたちの怒りのエネルギーが手に取るように伝わってきた。でもね、不思議と、腹はちっとも立たなかったんだよ。それどころか、『当然のことだ、それだけの地獄を私はこの子たちに味わわせたのだから』と、心の底から納得したんだ」


「え……?」

 千夜子はただ、ただ、ただ驚き、言葉を失った。

 あの傲慢で、現世では自分の非を絶対に認めなかった母が、位牌を壊されてなお、それを当然の報いとして受け入れていたというのか。


「位牌という依りよりしろを壊されたことで、私は現世への未練や、子供たちにしがみつこうとする執着の糸を、強制的に断ち切られたんだ。形あるものに縋れなくなったからこそ、私は本当の意味で、自分の魂の罪と一対一で向き合うことができた。あん合いたちが位牌を壊してくれたおかげで、私は幽界の底から、一歩を踏み出す力を得たんだよ」


【第七十四章:天上界の完璧なる采配】


 千夜子の胸に、言いようのない感動と畏怖が突き上げてきた。

 人間側の激しい「恨み」や「破壊」というネガティブな行動さえも、天上界はそれを一つの大きな契機として用い、加害者側の魂を浄化するための完璧なプログラムへと組み替えていたのだ。


(天の計らい……なんと、なんと緻密で、慈悲深い計らいをなさるのですか……)


 人間の浅はかな知恵では、ただの「悲劇」や「確執」としか見えない出来事のすべてが、霊界という大局的な視点から見れば、何一つとして無駄のない、完璧なジグソーパズルのピースのように噛み合っている。政夫が学歴を敵視したのも、進が定時制から這い上がったのも、そして今、母娘がこうして涙を流して向き合っていることも、すべては因縁を解消し、魂を輝かせるための大いなる天の道程であった。


「千夜子、これこそが魂の進化の神秘です」

 二人の様子を静かに見守っていた指導霊が、純白の光を放ちながら告げた。

「地上の破壊は、時に霊界の再生となります。智代が厳しい学びを経ておのれの誤りに気づき、位牌の破壊をも恩寵と受け止めたからこそ、今、あなたの主護霊としての結界に、こうして新しい守護の力が加わったのです。この驚きと感動を、さらに強い光へと変えなさい」


「はい……!」

 千夜子は深く頷き、もう一度智代の手を強く握った。驚きは、やがて全知全能の天上界への深い感謝の念へと変わっていった。


【二重の光、進の教壇を守るもの】


 霊界でのこの歴史的な和解と、完璧なるプログラムの遂行を祝すかのように、神界の神殿全体が、白銀と紫の聖なる輝きで満たされた。


 千夜子は主護霊としての「責任の重み」を改めて噛み締め、智代と共に現世を映す鏡へと向き直った。


 現世では、伊崎進が今日も、自らの血肉となった法律の論理を、熱く、丁寧に受講生たちへ語りかけていた。コロナ禍の空白を経て、本当の自立を果たした進の講義は、もはや一つの芸術のような完成度を誇っている。


「伊崎先生の講義は、本当に分かりやすい」

「先生についていけば、絶対に合格できる気がする」


 講義を終え、学生たちに囲まれて笑顔を見せる進。

 その進の背後には今、エゴを完全に消し去り、天上界の完璧な采配への確信を得た主護霊・千夜子の、揺るぎなき圧倒的な純白の障壁がそびえ立っていた。そしてそのすぐ傍らには、長い幽界の苦行を耐え抜き、偽りの信仰を捨てて本物の無償の愛に目覚めた祖母・智代が、進の足元に漂うわずかな現世の塵を、つつましく、しかし確かな慈愛の光で払い続けている。


 壊された位牌、歪んだ新興宗教、すべての過ちすらも肥やしとして昇華した伊崎家の背後霊団。かつて呪いの言葉に震えていた我が子は、今、現世と霊界のすべての愛の光に守られながら、無数の魂を救う真の天職の道を、堂々と歩み進めていくのであった。

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