第6章 修行の中級編の厳しさ
【第二プログラム、示された難関】
指導霊としての試練を見事に乗り越え、自らの光に純白の輝きを宿した千夜子。
しかし、主護霊への道は、なおも奥深い階梯を隠し持っていた。
神界の白銀の光が微かに揺らぎ、天空の教室に新たな光の文字が刻まれていく。
それは、千夜子が直面すべき第二プログラムの修行内容であった。
その全貌が示された瞬間、千夜子の美しい霊体が、激しい衝撃に小さく震えた。
「千夜子よ。あなたが『不干渉の沈黙』を貫き、進の自立を信じ抜いたことで、あなた自身の波動は極めて高次元へと至りました。しかし、最高責任者である【主護霊】となるためには、光の障壁を築くだけでは足りません。あなたの魂の底に沈む、過去の因縁のすべてを純化せねばならないのです」
指導霊の声は、かつてないほど重厚で、冷徹なまでの厳かさを孕んでいた。
「第二プログラムの修行――それは、【あなたと進の人生を歪め、不条理の地獄へと突き落としたすべての者たちへ、魂の底からの『赦し』を与えること】です」
「赦し……、あの方たちを、ですか……?」
千夜子の声が、悲痛な響きを帯びて揺れた。
鏡の向こうに、かつて自らを裏切り、家庭を崩壊させた元夫・荒川俊郎。
千夜子を追い詰めた木島。
進に「栴檀は双葉より芳し。君は将来ダメになる」という呪いの言葉をかけた鈴木ふさゑ。
交通事故に遭った進を「とろっくさい」と蔑み、その未来を奪おうとした小学校の元担任。
そして、高校への進学に激しく反対し、進の行く手を阻もうとした千夜子自身の兄・政夫――。
彼らの顔が脳裏を過るたび、千夜子の胸には、かつて現世で味わった理不尽な涙と、我が子を守れなかった悔しさが、黒い澱となって蘇りそうになった。
いくら霊格が上がったとはいえ、彼らが犯した罪は、進の人生をどれほど過酷なものにしたか。
「千夜子、これはあなたにとって、これまでのどの修行よりも大変な内容となるでしょう」
指導霊は優しく諭すように続けた。
「しかし、彼らを憎み、呪い続けている限り、あなたの魂は彼らの低い波動と見えない糸で結ばれたままになってしまう。彼らを赦し、その糸を断ち切ることこそが、あなたを真の高級霊へと昇華させ、ひいては進の宿命を完全に浄化することに繋がるのです」
かつての修行で、千夜子はこの人たちを恨むのはやめた。
憐れむ対象として捉えるようになっていた。
「激しく憎むのは、もう終わりにしました。哀れむだけではだめなのですか」
指導霊が諭す。
「それではだめです。あの人たちを許し、そして愛を与える存在にならなければいけません」
千夜子は深くため息をついた。
(そんなことができるだろうか)
しかし、やるしかなかった。
【因縁の現世、堕ちゆく者たちの実相】
千夜子は深く息を吸い込み、青と白の光を奮い立たせて鏡の前に座った。
「……やります。指導霊様、私に彼らの『今』を見せてください」
鏡の表面が激しく波打ち、現世の不条理な因縁たちの姿が次々と映し出された。
千夜子が驚いたのは、進をあれほど苦しめた加害者たちが、一様に現世で激しい「苦悩」の渦中に喘いでいる実相であった。
まず映し出されたのは、元夫の荒川俊郎であった。
彼はすでにかなりの老人となっていた。
風貌は、息子・進に似ているが、かつての面影は見る影もなかった。
孤独な安価なアパートの片隅で、誰からも顧みられないまま、ただ小さくなって日々の衰えに怯えていた。
千夜子を絶望へ追いやった木島は、その後も人間トラブルを繰り返した果てに、信じていた職人の仕事仲間に裏切られ、多額の借金を背負って夜逃げ同然の生活を送っていた。
その顔は常に恐怖と焦燥に歪んでいる。
そして、進の心に消えない刃を突き立てた鈴木ふさゑ。
彼女は現世で、自らの子供や周囲の人間との人間関係をことごとく破壊し、誰からも信頼されないまま、孤独と自己嫌悪の毒のなかで精神を病みかけていた。
「とろっくさい」と進を蔑んだ元担任もまた、定年で教育現場を去ったあとは周囲から孤立していた。
一家も離散し、惨めな老後を迎えつつあった。
最後に映った兄の政夫は、家面や世間体に執着し続けた結果、自らの家庭環境が崩壊し、自慢だったはずの人生の計画がすべて瓦解した。
息子達は家を出ていき、酒に溺れる荒んだ日々を送っていた。
「みな……苦しんでいる……」
千夜子は思わず口元を押さえた。彼らは進を不条理で痛めつけたが、その実、自ら撒いたエゴの種によって、自らの人生を地獄へと変えてしまっていたのだ。




