第九話 クリスマス商店街
いつもの巡回だった。
夜は静かな場所だ。
シャッターが下りて、猫の足音だけが響く。
知っているつもりでいた。
昼間のアーケードは別の生き物だった。
屋根の下に人の声が満ちていた。
揚げ物の匂い。
魚の匂い。
どこかから音楽が流れていた。
聞いたことのある曲だった。
三十八年間、子供の頃に聞いた曲だ。
足が止まった。
商店街の中央に、大きなツリーがあった。
白と橙の電飾が瞬いていた。
各店のショーウィンドウに、思い思いの飾り付けがしてある。
金色の星。
赤いリボン。
コットンで作った雪。
商工会が作ったらしい、手書きのポスター。
統一感はない。
でも、なんとなくいい。
(……そうか、街はこういうことになってたのか)
にゃー
誰も聞いていない。
まあいい。
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肉屋の前を通りがかった。
ふくよかなおっちゃんが店先に立っていた。
エプロンで手を拭きながら、こちらを見た。
「お、にゃー助来たか」
(誰だよ、にゃー助って)にゃ
奥に引っ込んで、小さな肉の切れ端を持って戻ってきた。
「クリスマスだからな、特別だ」
(サンキューおっちゃん)にゃー
受け取った。
温かかった。
脂の甘い匂いがした。
去年のクリスマスは何してたっけ。
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和菓子屋の前を通りがかった。
若い女の店員がショーウィンドウを拭いていた。
振り返って、目が合った。
「あら、ハチまる」
(誰だよ、ハチまるって)にゃ
小走りで奥に引っ込んで、チュールを持って戻ってきた。
「はい、メリークリスマス」
(おおチュールか、チュールなのか)にゃー
餌付けされた。
美味い。
いつもの味だった。
人間だった頃、こんな風に誰かに『メリークリスマス』って言われたことあったかな。
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魚屋の前を通りがかった。
優しそうなおばちゃんが値札を付け替えていた。
こちらを見て、顔をほころばせた。
「今日も来たの、寒かったでしょ、八助」
(誰だよ、八助って)にゃ
手を洗って、小魚を一掴み持ってきた。
「持ってきな、ご馳走だよ」
(おばちゃんありがとう)にゃー
受け取った。
磯の匂いがした。
冷たくて、新鮮だった。
俺、こんなにたくさんの人に顔を覚えられてる……。
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アーケードを出た。
口に小魚をくわえたまま、来た道とは違う方向へ歩いた。
(クリスマスだしな)
母猫のところへ向かった。
それだけだ。
電飾の光がアーケードの奥で瞬いていた。
ジングルベルがまだ流れていた。
冬の空気の中に、揚げ物の匂いが混じっていた。
元社畜、一条大牙。
タイガーなのに社畜柄猫の日常は続く…。




