第十話 あけましておめでとう
タマさんちの縁側は夜でも温かい。
台所の灯りが障子越しに滲んで、庭に薄く落ちていた。
枯れた草に霜が降りていた。
息が白かった。
(タマさん、いるか)にゃー
障子が開いた。
タマさんが顔を出した。
割烹着を着ていた。
「あら、みいちゃん、今夜は冷えるわねえ」
縁側に上げてもらった。
炬燵の端に座った。
みかんの匂いがした。
しばらく経った頃、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
低く、重く、夜の空気を揺らして。
(……そうか、大晦日だったか)
タマさんがこちらを向いた。
畳の上に正座した。
背筋がまっすぐだった。
「本年もよろしくね、みいちゃん」
深々と、頭を下げた。
(みいちゃんではないのだが)
(まあいいか)にゃー
鐘がまた鳴った。
百八つ、全部は数えなかった。
でも最後まで、二人で聞いた。
去年の大晦日は何してたっけ……。
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翌朝、縁側にピンクと白のかまぼこが並んでいた。
(タマさん、ありがとう)にゃー
「お正月はかまぼこよ」
タマさんが嬉しそうに笑った。
去年も一人で食べたんだろうな、と思った。
言葉にはならなかった。
当然だ。
黙って食べた。
しっかりした弾力だった。
ピンクの方が少し甘かった。
正月に誰かといるなんて、いつ以来だろう。
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昼過ぎ、神社に向かった。
遠くから人の声が聞こえた。
近づくにつれて、声が波になった。
鳥居をくぐったところで足が止まった。
すごい人だった。
参道が人で埋まっていた。
晴れ着の女の子。
家族連れ。
友人同士。
スマホを構えた若者。
みんな同じ方向を向いて、ゆっくり進んでいた。
(……子供の頃以来だな、初詣なんて)
いつからだろう。
一月二日には出社していた気がする。
正月も、年末も、気づいたら消えていた。
人の流れを石段の脇から眺めていた。
ふわっと体が浮いた。
(……)
抱え上げられた。
振り向けない。
でも石鹸の匂いがした。
「ハチちゃんあけましておめでとう」
ユキだった。
(ハチちゃん……)にゃー
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結局そのまま抱っこされた。
ユキの胸から境内を見渡した。
悪くない高さだった。
参拝の列に並んだ。
ユキの心臓の音が聞こえた。
秋に会った時より、少し落ち着いていた。
賽銭を入れた。
鈴を鳴らした。
ユキが目を閉じた。
何をお願いしているのか聞こえなかった。
聞こえなくていい。
でも、去年までとは顔が違った。
眉間のしわがない。
口元が少し緩んでいる。
前を向いていた。
(大丈夫だ)
(君の人事考課は「優」だ)
にゃー
「ハチちゃん何?」
ユキが笑った。
境内に甘酒の匂いが漂っていた。
空が青かった。
風が冷たかった。
いい正月だった。




