第八話 ボールと帰る場所
冬の昼間だけが、野良猫の時間だ。
朝晩は堪える。
風が刃みたいに耳を切る。
アスファルトが骨まで冷えた感触を返してくる。
でも昼間だけは違う。
日差しが毛並みに染み込んでくる。
石塀の上は特にいい。
石が熱を溜めていて、腹に伝わってくる。
目を閉じた。
これからもっと寒くなる。
分かっている。
でも今だけは、いい。
ぽん、という音がした。
続いて、コロコロと転がる音。
目を開けると、ボールが塀の下に来ていた。
男の子が二人、こちらへ走ってきていた。
白い息を吐きながら。 一人は見覚えのある顔だった。
「あれ?こないだの猫?」
(そうだよ、久しぶりだな)にゃー
塀から飛び降りた。
冬の地面は硬い。
肉球に冷たさが走った。
ボールに肉球を乗せた。
一瞬だけ溜めて。
ぺし
ボールが男の子の方へ転がった。
「うわ返してくれた!」
「猫がボール蹴った!」
二人が笑った。
白い息が弾けた。
男の子が走ってきた。
しゃがんで、こちらの頭を撫でた。
あの時より少し力強くなった手だった。
冷えていた。
それでも温かかった。
「帰るとこないの?うちくる?」
(……)
温かい部屋を思った。
ご飯の匂い。
誰かの声。
夜に風の音を聞かなくていい場所。
これからもっと寒くなる。
揺らいだ。
本当に、少し揺らいだ。
でも。
タマさんの縁側と嬉しそうな顔が浮かんだ。
ユキの泣き顔と部屋の西日が浮かんだ。
ハヤトの不器用な缶詰が浮かんだ。
鈴木のおでこの肉球跡が浮かんだ。
トメさんのスリッパの音が浮かんだ。
(いけないよな)
ここに収まったら、あいつらが心配だ。
男の子に、しっぽを一度だけ振った。
「あ、だめ?」
友達が笑った。
男の子も笑った。
くるりと背を向けた。
「また会おうね」
男の子の声が後ろから聞こえた。
しっぽをピンと立てたまま、公園を出た。
風が来た。
冷たかった。
なわばりの見回りがある。
空が闇を連れてきていた。




