第三話 気にすんな
秋の午後というのは眠い。
ブロック塀の上、腹を下にして伸びていた。
日差しが毛並みに染み込んでくる。
遠くで自転車のブレーキ音。
どこかの家から煮物の匂い。
風が一本の線になって耳の縁をなでた。
気ままに生きるとはこういうことだ。
目を閉じた。
(……タイガーなのに日向ぼっことは)
まあいい。
コツコツと足音がした。
重くない。
制服のローファーだ。
片方だけ、引きずるような歩き方。
薄目を開けた。
(最近告白して振られたJCのユキじゃないか、おーいユキ)にゃー
顔を上げると目が合った。 少し赤い目をしていた。
泣いた後か、こらえた後か、どちらかだ。
「ん? あれ、ハチちゃんお昼寝中?」
(いや誰だよハチちゃんって、まあいいか)にゃ
ユキが塀に手を伸ばしてきた。
そっと、確かめるように撫でた。
指先が少し冷たかった。
「ちょっとだけ、来る?」
住宅街の路地を歩いた。
ユキの胸に抱かれて。
石鹸の匂いと、かすかに塩の匂い。
心臓の音が少し速い。
古いマンションの三階。
エレベーターのない階段、踊り場に誰かが植えたプランターがあった。
コスモスが風に揺れていた。
部屋に入った。
カーテンが半分閉まっている。
西日が斜めに差し込んで、床に細長い光の帯を作っていた。
白い壁。
余計なものがない。
勉強机の脇に参考書が積まれている。
背表紙が几帳面に揃っていた。
ぬいぐるみが一つだけ、棚の端に座っていた。
静かな部屋だ。
図書室みたいな匂いがした。
ユキが引き出しからチュールを出した。
(おお)
(いや待て、これで懐柔しようとしてるのか)
受け取った。
甘い。
とろっとした舌触り。
人間だった頃には絶対に食わなかった味だ。
(うまい)
舐めながら何気なく机の上を見た。
写真立てがある。
ユキと、男子が一人。
並んで笑っている。
青空の下、どこかの公園らしい。
先週、膝の上でユキがぼそぼそと話していた。
声が震えていた。
返事はできなかった。
(……これがユキを振った男か)
(見る目がないやつだ)
(社畜の人事考課舐めんなよ)
(正義の執行だ)シャー
ぺしぺし
猫パンチを二発もお見舞いした。
男の顔に肉球の跡が付いていた。
「ちょ、ハチちゃん何するの!」
(当然だ)にゃー
ユキが笑っていた。
さっきより少しだけ、眉が上がっていた。
西日が部屋の奥まで伸びてきた。
秋の夕方の匂いがした。




