さあ、始めよう。ぼくの最期の戦いを。
結婚式の準備は着々と進められている。
ある意味でそれは、彼女にとってのカウントダウンのように思えた。人生を決定づける重要な要素。特に女性にとっては一生を左右する。
高校二年生の冬、蓮見梓は婚約を結ぶ。
相手は皇家という蓮見家に並ぶ名家の跡取りだ。
これまでも何度か面識がある。いずれは結婚相手にしようという親の意向がその時点から浮かび上がっていたのかもしれないが、やはり自分の意思と別の場所で既に人生にレールが敷かれていく気分は決して優れた物じゃない。
そう、それこそ『呪い』が発動してしまうくらいに。
「やあ、梓くん。今日も一段と綺麗だね。やはり私にこそ相応しい人間だよ君は」
煌めく太陽を彷彿とさせる黄金の髪色と共に、彼から振り撒かれるオーラが全て輝いて見えた。親の財力と自身が持つカリスマ性が為せる業か。
「晃さん、ごきげんよう」
「まだ笑顔が固いな。二日後には伴侶となるというのに」
嗚呼、吐き気がする。手首の古傷が痛む。
梓はキュッと眉を顰めた。
「……知っているよ。何やら学園で面白い事をしていたそうじゃないか。学内一とも呼ばれた君が、どこの誰とも知らぬ男と交際をしていたとか。生徒の一人に聞いたら、それはもう嬉々として語ってくれたよ。『学園を代表するカップルだ』とね」
交際を宣言した本当の目的。
それは、生意気な後輩に見せつける為ではなく、学校外にて詮索する輩が現れた時に対する宣戦布告の意味があった。恋人がいるのだから、関わらないで欲しいと。
だがそれも無駄に終わった。恋人がいようとお構いなしだ。将来の繁栄の為にと、愛娘ですら平気で交渉の道具として利用する両親。政略結婚の文化は未だ強固なカビのように張り付いていた。
「彼には……榊君には何もしていないでしょうね」
「当たり前さ。彼はあくまで『部外者』だから」
「……っ、ええそうね」
梓は反論したくなる口を必死に抑えた。
間違っていない。その通りだ。
彼は部外者、否。部外者であるよう仕向けた。
いつかこうなる事は分かっていた。
恋愛の自由など保証されずに、まるで風に吹かれた塵の如くその存在を忘れ去られる。たった一瞬許された掛け替えのない自由な恋愛の為に、彼を巻き込んだ。
だから彼には。
「私の事なんて忘れて……幸せになってほしい」
この双眸から溢れ出す涙もただの仮初。
彼との関係は元から何もなかった。そう頭に刻み込む。
窓の外、すっかり暗くなった空を見上げる。
雪が降っていた。しんしんと降り積もる雪は、徐々に勢いを増していく。まるでこの場所を外界と隔絶させるように、侵入者を拒むように。
音もなく、ただただ雪は降り注ぐ。
「オラぁ、しっかり働け新入り!」
キッチンに怒号が飛ぶ。慌ただしく準備を進める料理人達。本日に控えるパーティーの仕込みは
入念に行われなければならない。ビュッフェ形式で用意される数々の料理。味は一流しか認めず、それ故に些細なミスも許されなかった。
しかし、前日になってウイルスの蔓延により数人の料理人が熱でダウン。
猫の手でも借りたい運営者達は止む無く代理を頼むことになった。
クリスマスが近づく中、唐突にシフトを入れる荒業が可能な存在は限られる。バイトを募り、割と滅茶苦茶な審査を潜り抜けた先にあるのは戦場だ。
勝手が分からない設備、経験にない程に大人数な厨房。
怒号のみを飛ばす料理長。蒸気で視界すら拒まれる。
「おい、どけよのろま」
「こっちの仕上げまだ? それ切り終わったら渡して」
12月25日。主催者が訪れる前の喧騒。
今宵始まるは、一人の少女を救う物語。
「急げ、新入り」
「はいッ!」
ぼく、榊伊織は今。彼女のすぐそばにまで来ていた。
「臨時バイトだぁ?」
時は一週間程前。放課後の教室。ぼくは、自らの心境を吐露した上で藤堂にどうすればいいか相談していた。梓に一目会う為には単独での行動は無理がある。
クラスメイト達が教室から出て行って、少し閑散とした教室でぼく達は語らう。
まずはぼくが昨日の内に考えたプランを簡単に説明した。
クリスマスパーティーにおける臨時バイト募集の事実を偶然ネットで見つけたぼくは、バイトの面接を受けて強引に接触を図るという作戦を立てた。
「先輩って本当に料理出来たんですか?」
意外、と揶揄い半分で聞いてくるのは明日原だ。ぼくが毎日食堂に行っているが故に本当に料理が出来ないものだと考えていたのだろう。
「だから出来るって。だけど、あくまでそれは一品や二品作れるといった話で人様に提供できるような代物じゃない。特にこうしたパーティーの料理なら雑用レベルですらある程度の技量が求められるはずだ。なんとか出来ないかな」
「確かにな。料理が上手っていうのと、料理を提供するってのは全く別の話だ。蓮見家のパーティー自体は割と毎年やってるからな。ネットで写真を確認すればある程度料理の形態は事前に把握できるが……まあ、これは厳しいわな」
素人がいきなり飛び入り参加、ってのは確かにキツい。
だが、この方法以外に梓に接触できるかどうかは微妙だ。
二人は完全に押し黙る。相談したはいいものの、単純に学生身分のぼく達では出来る事は限られている。それが今痛む程に分かってしまって、それが悔しい。
「……なんとかなるかもしれない」
藤堂は、深い覚悟を持った目でぼくを見つめた。
「え?」
「実は俺、ずっと言ってなかったんだが、親は店を構えてて高級料理を毎日振る舞ってんだ。俺は元々不器用で厨房には殆ど立たせて貰った事は無いんだが……親父に頼めば、少しの間は料理の腕を磨く手伝いをしてくれるかもしれねぇ」
「そう、なんだ。初めて知った」
「そりゃ初めて言ったからな。だって、こんな事別に自慢したって意味ねぇだろ。男が家に帰って毎日毎日家事の手伝いって、何を自慢すりゃいいんだ」
藤堂は割と自虐気味にそう口にした。
だがぼくは、釈然とした部分が確かにあった。
「藤堂、お前……だからクラブには何も」
「そうよ、俺が生粋の帰宅部なのは願ってやってる事じゃない。これもまた親の意向ってやつだ。だがまあ、学生身分の俺達は現状、親の庇護下にある。親に養って貰っている以上、その意向に反発するってのは完全なるエゴだ」
だが、と藤堂は力強い目でぼくをみた。
「そのエゴを貫きたいってなら、最後まで責任を持って貫き通せ。てめぇの意思が本気だって事が伝われば大人は誰だって子供を応援したい気持ちに包まれる」
ぼくは親と仲がいい方だ。
なるべく反発しないように、諍いを生まぬように。
平穏に、平凡に。一日を謳歌してきた。
でもそれじゃダメなんだとぼくは気付く。
「そうですね、反抗期ってのは多分自分の意思が初めて生まれる瞬間だと思うんですよ。親が決めたレールから自分が築くレールに移行する。そうやって人は大人になるのかなって思います。先輩は、素直ですからそれが目に見えなかっただけで……」
明日原は何かが吹っ切れたような表情でぼくを見つめた。いつもは揶揄う場面も、今では話を親身になって聞いてくれる頼りがいのある後輩だ。
「先輩は今、大人になろうとしているんですよ」
これが青春、大人への片道切符だ。
「よし、話は纏まったな。今から親父に連絡して、今日にでも特訓を付けて貰おうぜ。ちなみにバイトの面接はいつだ」
「23日って書いてある」
「はは、割とぎりぎりだな。それだけ向こうも切羽詰まってるって事か」
「先輩。頑張って下さい。応援してますんで」
「ああ。分かった。最後まで足掻いてくる」
そこからぼくの地獄の特訓が始まった。
でも、不思議だ。梓の為だと思えばあらゆる苦痛に耐えられる。恋は最大の原動力だと言うけれど、それは強ち間違っていないのかもしれない。
ぼくは、机に皿を置くと丁寧に料理を盛り付ける。
担当の人に最終チェックをお願いした。
「ふん……やるじゃねえか」
「……はい!」
人は適応をする為に進化を重ねて来た人種だ。
ぼくは、凄まじい勢いで全てを吸収し自分の糧としている。決戦の舞台はそろそろ開幕する。ぼくは制服を着替えてフロアへと移動した。
「さあ、始めよう。ぼくの戦いを」
あと2話!




