消えた彼女の行方。
蓮見梓は、期末試験が終わって暫くすると学校から姿を消した。勿論在籍扱いではあるものの、ここ最近全く顔を見ていない。
「てめぇは蓮見さんに興味無かったから知らねぇかもだけど、割と毎年こんなだったぜ?」
藤堂は大して驚いた様子を見せずに言う。
「理由は確か、家の都合……じゃなかったか? 蓮見家ってのはかなり昔からある名家らしくてな、年末に向けて行事が色々と嵩むんだとよ」
「そう、なんだ……」
「やっぱり彼女がいないと寂しいか。……ったく、仕方ねぇな。俺がカラオケにでも付き合ってやるから」
ぼくはずっと上の空だった。まるで心にポッカリと穴が空いたように、ただ時間が流れていく。
期末試験という最大の目標が失せ、今のぼくはさしずめもぬけの殻。やる気も完全に失せていた。
ぼくは間違いなく梓に成績で勝った。
でも、家の事で勉強の時間が取れずに成績を落としたのだとしたら、そんなのは全然フェアじゃない。
ただの不戦勝だ。
心の中で渦巻く感情を上手く処理出来ず暴れている。
「そう落ち込むなよ。だって仕方ねぇだろ、あいつとてめぇじゃ立場が違う。蓮見さんは学校一の美少女である以前に、名家に産まれたご令嬢なんだからな」
カラオケからの帰り道。ぼくはひたすらに考えていた。
どうすればいいのか、ぼくに出来る事は無いのか。
「先輩?」
後ろから聞き覚えのある声がした。ほぼ自動的に振り向くと、制服姿の明日原が何かを口にくわえていた。
「いやー、ここの串カツが超美味いって聞いたんで帰り道に寄ってましてね。先輩と違って情報通なので〜」
ダメだ。絡む元気もない。
想像以上の落ち込みに自分を嘲笑う。
馬鹿みたいだ。なんだよこれ。
ぼくはどうしちゃったんだ。
「あ、あれ……涙が」
「先輩!? ちょちょー、どうしちゃったんですか」
「分からない。なんでかな」
「……ああ、最近蓮見先輩、学校来てないらしいですね。もしかしてそれで落ち込んでいるんですか」
明日原はぼくの背中を優しくさすった。友人も、後輩もぼくを思ってここまで気を遣ってくれる。
なのにぼくは、一人で泣いているだけで。
「情けないよな」
「えっ……?」
「今まで青春を馬鹿にしてた。学生なんだからもっと勉強して、いい大学に受かればそれでいい。恋なんて二の次だって思ってた」
不思議と明日原の前ではぼくの感情が溢れていく。訥々と思い浮かんだ言葉を口に出すだけで悩みが解消されていくような気がした。
「でもさ、こんなに苦しいとは思わなかった。たかが数日会えないだけ、連絡も取れないだけでこれかよ……っ」
「先輩……」
いつもの事だと皆は言う。でも、連絡すら取れないなんてまるでこの世から忽然と消えてしまったようだ。休んでいる事を疑問にも思わず、平然とする。今までのぼくならそうした。
でも。
一瞬、リストカットの跡が脳裏をチラつく。
家の過酷な環境があの傷を生み出しているのなら。
今の梓が平気な訳が無い。
「心配なんだ、梓の事が」
誰も気付かない胸の痛みを分かってあげられるのはぼくだけだ。なのに今のぼくは、一つのテストで一喜一憂し、梓の悩みなんて何一つ考えていなかった。そんなぼくが惨めで、胸が痛んで、消えてしまいたくなる。
明日原はぐっと血が滲む程に唇を噛んだ。ぼくの動揺を他所に、明日原はぼくの背中をバシンと叩く。
「先輩、しっかりして下さい。貴方の頭脳は、貴方の運動神経は、なんの為にあるんですか。蓮見先輩の隣にいる為に必死に努力して得た物なんでしょう!?」
明日原の感情が爆発する。
普段の陽気さが嘘みたいに、心の芯からしっかりと刻み込む為に発せられた言葉はすんなりとぼくの中に通っていく。
「だったら、なんで動かないんですか。なんで何もしないんですか。クラブみたいにサボったらオッケーじゃないでしょ!?」
「でも……もし梓がぼくの事を好きじゃなかったら迷惑だから……」
「好きに決まってるでしょうが!」
明日原は今日一番の声量でぼくの主張を糺した。
「ずっと言えなかった。年末に居なくなる事を先輩に伝えられなかった。それは先輩に……余計な心配をかけたくなかったからじゃないですか。不器用な優しさに甘えているだけの先輩は嫌いです」
「……っ」
明日原は再び、ぼくの背中を叩いた。
「行ってください。きっと会ってあげればすごく喜ぶと思いますよ、蓮見先輩は」
「……! 分かった、ありがとう!」
ぼくは勢いよく駆け出した。
今のぼくに何が出来るのか。確かな答えはまだない。
でも、きっとぼくなら。学年一位をもってすれば、梓に一目会うだけなら適うかもしれない。
生まれながら、彼女にかかった呪縛は彼女自身に死の呪いを振り撒いた。キスをせがむ彼女の顔は、いつもどこか切なげでその全てを噛み締めるように大切にしていた。
走る、息が切れるまで。
冬の夜道はいつになく寒くて、白い息が現れる。
心の内の感情が押さえきれなくて、抱えきれなくて。
ぼくの感情を伝えるまでは、留まる事も出来なくて。
そうだ、ぼくは……蓮見梓に恋をしている。
好きだと伝えるその時まで、ぼくの足は動き続ける。
高校二年生の冬、ぼくは最大限の青春をしていた。
…………
……
「は、あはは……まるで映画の主人公みたいじゃないですか。私には追いかけてくれないって言ったくせに、あの人の元へなら、全力疾走って……あんまりですよ」
こみ上がる嗚咽の塊を、喉で押し潰す。
冬の繁華街は、煌びやかな光に満ちている。
でも、この光は今の私には───眩しすぎる。
瞳から溢れ落ちた雫が、乾いたアスファルトを濡らした。
□
梓が休んでいる理由を突き止める為、ぼくはネットで『蓮見』の苗字を打ち込んだ。有名な家系であればそれなりの情報が得られるはずだ。
「ダメか。それらしい情報はあるけど、いまいちピンと来ない。年末から正月にかけてそれらしい動きは……」
『LANE』や『アンスタ』に並ぶ情報交換ツール『ツイーター』を起動する。案外誰かが呟いているかもしれない。
その時、ぼくはようやく手がかりを掴んだ。
「#蓮見家クリスマス婚約パーティー……?」
妙なハッシュタグと共に、次々と蓮見家に関する情報が閲覧出来た。蓮見家が運営する公式アカウントだ。
舞台はクリスマス、12月25日。蓮見家のご令嬢と皇家のご子息が結婚を前提とした付き合いを始めるという。
件のご令嬢の名前は、下記に記されていた。
「蓮見梓さん……か。これは決定的だな」
梓が結婚。今から僅か一週間後の事だ。
「はは……偽物の恋人と婚約者じゃ分が悪すぎるな」
仕方ない、諦めるしかないんだ。
身分が違えば常識も違う。大人しく、結婚する梓を見送る事が出来ればそれでいい。
『好きに決まってるでしょうが!』
「いや、まだ出来る事はあるよな」
パーティーの一般参加も受け付けている。いや、パーティーの参加が分かれば前日の行動もある程度推測出来るというもの。
これがどういう結果になるにせよ、ぼくの青春は12月25日に決着がつく。その時梓が下す決断に、ぼくの運命は左右される。
□
「お嬢様……寝付けませんか?」
メイド服を着た侍女が寝室のドアを少し開けた。真っ暗な部屋の中に廊下からの明るい光が差し込んでくる。
窓際に佇む一人の少女は虚ろな表情で、降り積もる雪を見ていた。冷えきった外には人影一つ映らない。いや、例えいつであっても広大な敷地を持つ蓮見家の住宅に一般客が映り込むはずがない。
ここは隔離された土地。そして少女は鳥籠の中の雛。
この檻から解き放たれるのは12月25日。
即ち───、彼女が結婚する日だ。
駆け足投稿失礼しました。
明日か明後日くらいには完結させたい。




