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呪いの真実。

「……なんだよこれ」


 ぼくが見たのは、梓の手首。

 くっきりと何かを刻んだ様な跡が残っている。


 所謂、躊躇い傷。リストカットを試みた痕跡だ。

 彼女は何度となく自殺を試みていた。


「最初からおかしいと思ったんだ」


 全ての辻褄が繋がっていく感覚。時に辛く、胸糞が悪くなる事実にまで気付き始める。


「そもそも、なんでぼくが特別なのか」

「それは……」

「梓がどうなろうと迷惑をかけない、好きじゃない人間を彼氏にした方が都合が良かったからだ」


 問一解決。続いて問二。


「1日1回キスをしないと死ぬ呪いをかけたのは誰だ?」

「……」

「そうだ、()()()()だ。呪いが発動すればお前は今度こそ手首を切り落としたかもしれない」


『……呪いの効果は明日から有効で───』

『そ、それは……その。心の準備が』


 まるで自分に呪いの主導権があるような言い方だった。

 初めて聞いた時、心の準備とはきっとキスをする事だろうと考えていたが、今では別の意味に聞こえてくる。


「お前はなんで今一人暮らしをしてるんだ?」

「ひ、一人暮らしをしてみたくて……」

「お前の家は大層お金持ちだそうだな。本当に別居する必要があったのか?」


 自殺未遂をした子供と別居する親にも問題がありそうだが。その点についてはまだまだ分からない。


「ごめ、ん……もう会わないようにする」

「待て。何でそうなる」

「だって、伊織を利用して……」


 梓は酷く心が傷付いていた。いつもの完璧超人みたいな振る舞いは跡形もなくて、寄る辺ない子供の如く縮こまっている。まるで割れ物のように簡単に壊れてしまいそうだ。


 何て言葉をかけるべきか少し迷った。だがやがてぼくは彼女に必要なのは仮初の言葉ではない事を理解した。


「大丈夫だ」


 羞恥心をかなぐり捨てて、ぼくは震える梓の身体に抱きついた。風が吹けば今にも飛んでしまいそうな軽くて脆い華奢な身体に最大限の熱を与える。


「ぼくは梓の彼氏だ、一応……。だから悩みがあればぼくを頼って欲しい、寂しかったら傍にいるから」


「うん……うんっ」


 梓の瞳が微かに揺れた。一条の光が服にポタリと落ちる。

 留めがきかなくなった彼女は、まるで堤防が壊れた川の如く一気に感情が押し寄せて吐き出した。


 ぼくは梓の背中を優しく撫でる。

 人生最大の羞恥で身体を火照らせながらも、ぼくは必死に梓の彼氏であり続けた。



 □



 結局、梓が自殺を図った原因は分からなかった。また、付き合う事が自殺への抑止力となり得るのか、両親との確執も全て聞いた訳では無い。ただ、その疑問はいずれ解消するだろう。


 気持ちを整理し、心に余裕が出来た時にぼくは改めて梓に問う事にした。


 元々あの傷は恐らく今よりも随分前の物。今すぐ自殺を試みるような心配は無いはずだ。


「もう帰るの?」

「まあ、明日も予定あるし」

「そっか。あの……伊織、次の定期試験なんだけどさ」



 去り際、玄関でのやり取り。

 梓が試験の話題を持ち出した。


「私以外には誰にも負けないで」

「……つまり、ぼくに2位になれって言ってるの?」

「そ。1位はどうせ無理だろうからね」


 ドヤァ……と先程の乱れを感じさせない自慢顔で誇る。


「言ってろ。今度こそ勝つ」


 といいつつ、どうせ今回も梓には勝てないんだろうなと思う。しかし、2位……2位か。


 ぼくは更に先、ぼくの一個上に居座る2位の座を狙う。蓮見梓と釣り合うなら、3位じゃダメだ。2位を目指そう。


「じゃ。また連絡したければいつでも言ってくれ」

「うん……ありがとう」


 今日の分のキス。梓からぼくの頬に触れる。


「またね」


 梓に見送られて帰路に着く。随分ぼくも梓の彼氏として板に付いてきたのではなかろうか?



 □



「怖いわー」

「何がですか?」


 日曜日。ぼくは平気で明日原と映画に来ていた。


「いや、当然のように今日遊んでる自分が怖いんだよ」

「先輩最初から乗り気だったじゃないですか〜、なんか別の予定でもすっぽかして来たんですか?」

「そういう訳じゃないけど、うーん……いいのかな」


 世の中の男子は彼女が出来たら、別の女子と遊びになんて行かない。まして二人きりなど言語道断と言うだろう。

 ただ、待って欲しい。仮にその恋人関係があくまで事務的なもので互いに恋愛感情が無ければ問題ないのではないか。


 明日原はニットセーターにミニスカートを着ていて、肩から小さいポシェットを提げている。何気に普段着も見慣れたもので、特にドキドキといった感情は湧かなかった。


 そう。これはデートではない、単なる遊びだ。


「何言ってんすか、先輩と私の仲でしょ、これくらい普通ですって。ほら、行きますよ先輩」


 ぼくの脇腹を肘で突く明日原。明日原も特にぼくを意識する様子もなく学校にいる時と同じく自然体だ。


 明日原に腕を引っ張られながらぼくは映画館へと入った。


 映画は、青春を題材にした恋愛物だ。自分の本当の気持ちに気が付いて、息が切れるまで全力で走る描写には心惹かれた。


「でも本当にあるんですかね、こういう事。今時なら『LANE』でなんでも済ませられそうなのに」

「夢がないなあ、明日原は。胸の中で感情が暴れて、じっとしてられないからこうして走り出すんだよ。それくらい気持ちが昂ってるって表現さ」


 明日原が小悪魔的な微笑を浮かべる。


「へぇ……先輩意外とロマンチストなんですね。なら先輩も私を追いかけてくれますか?」

「無理」

「えー、なんで……」

「だってお前足速いもん」


 多分どうやっても追いつけない。



 映画の後は、近くのファミレスに寄った。なんでも明日原が勉強を教えてくれとせがむのだ。これが初めてならまだしも、過去に数回は時間を取らされてしまっている。


「先輩にはまだ見せてなかったですよね。ほら、前回の順位。私14位なんて初めて取りましたよ!」

「ふむ……まあ、そんなもんか」

「なんか反応薄い。そりゃ先輩からすればまだまだ良くないかも知れませんけどねえ」

「そうだ。せめて一桁に乗せてから自慢してくれ」


 ぼくはドリンクバーのジュースを机に置いた。ストローを刺してぼんやりと吸う。やる気のないぼくに不満を持ったのか、明日原は低く唸った。


「ちぇ。ま、今度も先輩に教えて貰えれば余裕ですかね」

「悪いけど今回はそんなに教えられないから」


 ピタリと明日原の動きが止まる。まるで、電気が行き届いていない機械みたいだ。


「そ、そんな。前はめっちゃ親切に教えてくれたのに!」

「ぼくも次の試験は本気でやる事に決めたんだ」

「へえ……遂に三位から脱却ですか」


 そう。ぼくは自分の殻を破り、次なるステージに移行する。


 蓮見梓という究極のブランドに対抗するには、こちらもある程度の付加価値が必要になる。いずれ、ぼくと梓が付き合っている事実を周囲に公表できる時が来るまでに。


「ん、なら映画なんて来てよかったんですか?」

「それを言うな」



 □



 次の日になっても梓は元気に学校へ来ていた。

 胸の隅で微かに抱いていた不安が解消してぼくは隠れて安堵する。秘密を知ってからいきなり態度が変わる、なんて事を想像しているかもと思ったが、無論ぼくはそんな事しない。


 梓は梓だしぼくはぼくだ。


「万年三位〜、なあ聞いてくれよ。この土日も酷いもんでさ、実家の手伝いやら法事やらで全く休めてないんだよ」


 藤堂がいつものようにぼくの肩にもたれかかってくる。

 要件は同じだし面倒なので今日はスルーしておく。


「あぁ、うん。そうか」

「なんで空返事。いつもなら、『ぼくも明日原としか会えてなかったし』とか変な事抜かして露骨に俺をからかって来てたのによ」

「だからぼくと明日原はそういう関係じゃ───」


 ガタンっと誰かがいきなり席を立つ音がした。

 なんだろう、とぼくが顔を上げた瞬間───、目の前には梓がいた。普段周囲に振り撒く笑顔はそこになく、寧ろ曇った表情でぼくを睨み付けている。


「おい、てめえなんかしたか」

「うん。心当たりはあるけど」

「あんのかよ」


 ガシッと手首が掴まれる。ざわざわ、と教室にどよめきが走る。学校だと不用意な接触は極力していなかったのに。


 こんな公衆の面前で……一体なんだ。


「用があるのだけど」

「あ、ああ……分かった」


『えっ、なに……告白?』

『ないだろ、こんな朝っぱらから』


 なんてヒソヒソ話が聞こえてくる。朝礼が始まるまでの数分、ぼくは梓に連れられて屋上へと誘導された。


「えっと、何かな」


 ぼくは最後の望みを信じてそう口にする。

 梓はというと───。




()()()()()()?」


 うん、詰んだ。





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